115.背負うべきもの
「……。くっ、ヘマをしたか」
ローベは腕の傷を抑えつけた。ナイフで刺されたその傷は致命傷とまではいかないが、早めに止血処置をした方が良いだろう。しかし、今は目の前の人物の治療が大優先だと、自身の存在を後回しにする。
「女王様……」
意識を失い、倒れ込んでいる女王をローベは抱え込んだ。体からはかなり出血している。このままでは命に関わるだろう。早急に回復魔法士に診せる必要があった。
ローベは天井から流れ込む砂を眺めていた。ローベたちがいるのは地下の牢屋だ。女王を傷つけた犯人にここに幽閉されたのだ。犯人とはもちろん、ラーデンのことだ。幽閉と言っても、どれだけ舐められているのか鍵すらかけられてはいない。ラーデンはローベのことなど眼中にないのだ。
女王は自ら移動することはできない。今はローベが立ち上がるしかない。腕の痛みを堪え、ローベは重たい足取りで暗い地下を歩き出した。
今、頭の中にあるのはラーデンのことだけだ。ラーデンとローベはそれほど仲が良かったわけでもない。
子供が少ないとはいえ、必ずしも仲良くするわけでもないし、年も離れていた。なにより幼い頃のラーデンは女王になる前のナラとよく遊んでいたのだ。
しかし、あの事件はローベにも深い闇を落としていた。あの日、ラーデンの両親が亡くなったことは、死ぬまで忘れないだろう。あの時、ラーデンを追いかけて目にした光景は忘れられない。
ラーデンをあの場所に呼んだのは自分なのだ。ローベが呼んだりしなければ、ラーデンがあそこまで大きなショックを受けることなかっただろう。ショックは受けるだろうが、刑の執行を目にするよりはマシなはずだった。
ローベは何も分からない幼子だった。だからこそ、何か良くないことが起きている。ラーデンを呼ばなければと、勝手に行動してしまった。全て自分が悪いのだ。ラーデンがこんなことになったのも、ナラが大怪我をしているのも全て自分のせいだ。
そんな自分が許せなかった。許せないからこそ、兵士になったのだ。親からは――特に母親からはかなり反対されたが、それすら気にしなかった。ローベは、少しでも二人の傍にいられる環境を選び、償わなければいけないと思ったのだ。
思い込みでも何でもなく、ローベはそう信じて疑わなかった。ゆえに、償わなければならない。ラーデンを救わなければという思いが先行してしまう。
「ローベ……?」
「ナラ!」
背後から聞こえたか細い声に、つい昔の呼び方で応答してしまった。しかし、女王はそれを気にした様子もない。そもそも、大怪我をしているのだからそんなことは耳に入らないという方が正解かもしれない。
「目覚めましたか? 今、回復魔法士のところに連れてきますので! 今しばらく、ご辛抱を!」
ローベは勇気付けようとしたが、女王はずっと虚ろな様子だった。無理もない。身体的にも精神的にも、かなり辛い状況のはずだ。永遠とも思われる沈黙が続き、やがて彼女は口を開いた。
「無駄だ……。ラーデンは妾を死んだことにしたいはず」
「そ、そんなことないですよ! 女王様、あまり喋らず! ジッとしててください!」
彼女が話す度に、床に垂れる血の量が増えている気がする。事実、歩いていた道を振り返ると、血の跡が点々と続いていた。
「聞け、ローベ。妾を置いて、この国から離れるのだ。この国は変わる」
「女王様……」
恐らくローベが何を言っても、女王は口を開くのを止めないだろう。それを知ってるからこそ、話を中断させるのは、酷なことに思えた。
「これは妾の罪なのだ。お前に背負わせるべきではなかった」
「……!」
彼女の言葉にローベは息を詰めた。いつだったか――。兵士になりたての頃だっただろうか――。
テラス席で女王から昔話を聞いた。あの時のことを鮮明に記憶しているのは、ローベも同じだからこそ、話の内容には胸が痛んだ。
何も気にすることはないのだ。昔話を聞こうが聞くまいが、ローベが過去に囚われていることは言うまでもない。そして、女王である彼女だって昔の忌まわしい記憶を吐き出したいときもあるはずだ。
「女王様……、俺は――」
そこまで言葉を紡いだところで、突然体に衝撃を喰らった。いつの間にか、ローベは地下と地上を結びつける階段に足を踏み入れていた。階段の上から誰かが落ちてきたのだ。突然のことに反応できず、ローベは下へと落ちていく。
咄嗟に女王を抱き寄せてかばう。彼女に何かあったら砂漠の一大事だ。
「全くもう……! 誰だよ、こんなときに」
ローベが悪態をつきながら、前方を見やると特徴的な金髪が目に入った。
◆
「ラーデンだよな?」
ロロが訝しげに、ラーデンをジロジロと眺めた。踊り場の上から現れたラーデンはどこか普段とは違う雰囲気を身に纏っていた。そして、彼は突然大声で叫んだ。
「皆の者!! 女王様を殺した勇者の一行だ! 殺せー!!」
「!」
ソラがその言葉の意味を理解する前に、柱の陰から十数人の兵士が飛び出してきた。皆、口々にこちらに悪態をついている。目は殺気立っており、握られている刃はこちらに向いていた。中には兵士ではなく、雇われとも思われる野蛮な見た目の人間までいた。
「どうなってんだ!」
飛びかかってくる大男をロロは剣で押さえ込んでいた。アーチェがブーメランを一つだけ、取り出したのが見える。右手を庇っているのが分かった。
「銀髪? シルバーブラットじゃないのか? これは幸運!」
醜い笑みを浮かべる野蛮な男がこちらに刃を走らせる。見た目は大剣だが、その刀身は人の首を刈り取る形をしていた。ソラの剣が届く前に、飛来した物体が彼の首を切断した。男の首が地面に音を立てて、落ちる。
物体はそのまま持ち主の方向に帰っていく。アーチェはそれを左手で受け止めると、向かってくる存在から距離を取った。
「数が多過ぎる……!」
アーチェの言う通りだった。こんなに狭い場所ではすぐに大人数に追い詰められてしまう。しかも、中には手練も多い。不意を突かなければいけないが、ソラとアーチェは手に負傷を負っているし、ロロは何も言わないが疲れているのが分かる。このままでは、ジリジリと負けることになるだろう。
「どけ!!」
アーチェの体がもう一人の大男に投げ出された。アーチェの体が遠くに吹っ飛び、踊り場に設置されていた下階段へ転げ落ちた。そのままトドメを差しに行こうとする男をソラは取り押さえる。そのまま彼の体を蹴り上げ、剣先を真っ直ぐに向けると魔法を発動させた。
風の刃が彼の体を斬り刻んだが、余程丈夫な体をしているのか、男は笑みを浮かべながら立ち上がった。
ロロの姿は見えない。ソラは焦りを感じていた。




