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空白のアデア―空を継ぐ者たち―  作者: 月夜 ダイヤ
3章 勇者の目覚め
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114.ラーデンの軌跡 後半

 朝が来た。目を焦がすほどの熱さを放つ太陽にラーデンは目を細める。両親は城仕えに行ったようだ。あれからいつもと変わらない日常が何度も流れていた。


 ラーデンが牛乳をコップに注ごうとすると、突然ドアを蹴り破るように入ってきたローベによって中身が溢れてしまう。乳白色の液体が机を染め上げていく。ラーデンは口を広げ、文句を言おうとする。


「ローベ、何の用――」


「大変だよ!! ラーデンのお父さんとお母さんが!」

  

 ラーデンは続きを聞くまでもなく、外に走り出していた。ローベが何かを言っているのが聞こえたが、気にせず走り続ける。街の奥に行くにつれ、人々が何かに集まっているのが分かった。城だ。ラーデンは誰に言われるのでもなく、そう直感していた。


「通して! 通してよ!」

 

 人並みを掻き分け、ラーデンが城の前に飛び出ると縄に巻かれた両親の姿があった。その傍には女王の姿があった。ナラの優しい黒い瞳とは違い、それは冷たい光を放っていた。いつも機嫌が悪い彼女だったが、今日は手が付けられないほど怒りを表わにしていた。


 何より、彼女は右手に死神のような鎌を持っていた。ラーデンは知っている。その鎌に何人もの首が跳ね飛ばされたのだ。彼女は何度も何度も同じ言葉を繰り返した。


「小奴らが妾の食事に毒を盛った! 信じられん! こんなことが起きていいはずがない!」


「えぇ、えぇ。そうでしょう。そうでしょう」


 彼女の横にいた大臣は女王の言葉に、何度も頷くばかりだった。怖いのだ。それ以前に彼女は自身の周りには自分を肯定する存在しか置かない。


「父さん! 母さん!」


「ラーデン、止めなさい!」


 ラーデンは両親に駆け寄ろうとした。それを止めたのは祖父だった。近くに暮らす祖父はこの騒動にやって来ていたのだ。彼はラーデンを取り押さえると、騒動の中心から引き剥がそうとした。祖父の力に、ラーデンは逆らった。


「離せよ! この野郎!」


「なんだ、騒がしい! 妾の邪魔をする奴は誰だ!」


 女王が猛禽類のように光る瞳で民衆の中から、ラーデンを探そうとしていた。何人かが息を飲むのが聞こえる。怯えた人々がラーデンと祖父から離れていき、ラーデンの姿は簡単に女王に見つかった。


「ほぉ、そなたか。妾に何か文句があるのか?」


 両親が首を振るのが見えた。しかし、ラーデンは祖父を振り払い、言葉を吐き出した。


「文句大ありだよ! うちの父さんと母さんが毒なんて盛るわけないだろ!」


 その声に周りが騒然となる。何人かは巻き込まれないように退散していたが、興味本位でその場に留まる者が殆どだった。その言葉を聞いた女王の目が見開かれる。彼女の捕獲の対象は両親から、ラーデンに移りつつあった。


「ほぉ、この者たちの子というわけか。ならば、その責任は貴様にもあるな。連帯責任というやつだ」


 女王の鎌がラーデンに向けられる。怖くないと言えば嘘になる。しかし、ここで目を逸らしたり、逃げたりしてはいけない。両親は親としてはどうかと思ったが、自分たちの仕事に誇りを持っていた。そんな二人を馬鹿にされ、ラーデンは心底腹が立っていたのだ。


「違います! この子は俺たちの子供ではありません!」

  

 父親が咄嗟に叫んだ言葉にラーデンは耳を疑った。どうしてそんなことを言うのか。ラーデンだって、彼等の家族だ。ラーデンが困惑していると、母親までそれに同調した。


「その子は俺たちが面倒見てた孤児でして。ゆえに、慕ってくれているだけなのです!」


「何言ってるんだ。そんなわけ――」


 ラーデンは異を唱えようとするが、祖父に物凄い力で口を塞がれる。高齢の祖父にこんな力があるとは、この時までは知らなかった。チラリと祖父の方を見ると、祖父はラーデンの両親から目を逸らしていた。母親が実の父親のその姿を見て、安堵したように顔をほころばせた。


「実の親ではないのか。実に喜劇だな。少年、しかと見ておけ。小奴らの首を今、ここで跳ねてやろう」


 女王は嬉しそうに微笑んだ。それはまるで舞台に立つ人の姿だった。


 彼女は喜んでいる。喜劇を自分の手で起こすことができることを――。そして、実の親を殺される少年よりも、孤児の少年がやっと得た家族を奪われる方が彼女にとっての、喜劇だったのだ。


「お母様! おやめください!」


 ナラが女王に飛びついた。彼女もどこからか様子を見ていたのだ。お忍びの姿とは違い、質素ながら豪華な衣装を身に纏っていた。その姿は当たり前だが、王女そのものだった。


「おぉ、ナラではないか。」

  

 女王は我が子の姿を見て嬉しそうに微笑んだ。夫を三年前に亡くした彼女にとって、唯一の家族とも呼べる存在だ。彼女の冷たい瞳に、少しだけ温かい光が宿った。


「その者たちの意見を、もっとしっかり聞くべきではないでしょうか? まだ、証拠が揃っていないのです。刑を執行するのは、それからでも遅くないはずです!」


 ナラは感情に流されることなく、淡々とそう言ってのけた。この場で口が回る彼女にラーデンは驚かされる。しかし、その言葉を聞いた瞬間、女王の目が大きく見開かれた。その瞳は、ラーデンを見つけたときと全く同じだった。女王は鎌を反対向きに構えると、棒の部分でナラを遠くへ投げ飛ばした。


「うぅ……」


 ナラが地面に突っ伏しながらも、呻いた。ラーデンはすぐさま駆け寄りたい衝動から、祖父を引き剥がそうとしたが拘束からは逃れられなかった。とっくに現役を引退した祖父の小柄な身体にこんな力があるなど、思いもしなかった。


「ナラ様! 大丈夫ですか?!」


 乳母と思わしき女性が心配したように、ナラに駆け寄ろうとする。しかし、それは叶わなかった。女王が投げ飛ばした鎌が彼女の命を一瞬にして奪ったのだ。周りから悲鳴が湧き上がる。彼女の首から溢れる鮮血が砂を湿らせていく。何人かの親が子供の目を塞ぎ、その場から退散した。


「妾の意に反するな!」


 女王は怒り狂っていた。その様子は人間ではなく、獰猛な獅子のようだった。腹が減っているわけでもない彼女はそれよりも余程恐ろしいのかもしれない。


 目をギラギラとさせる女王が鎌を拾い上げ、握りしめたのが分かった。ナラは気を失っている。


「や、やめろー!!」


 祖父の拘束から逃れ、女王の魔の手を止めようとする。しかし、見て見ぬ振りをしようとしていた街の人々に頭を抑えつけられ、両親の傍に行くことは叶わなかった。


 ラーデンの抵抗も虚しく、両親の命はこの日に散った。



「ラーデン……」


 ナラは頭に巻かれた包帯を気にしながら、墓場に訪れていた。城を抜け出すのにはだいぶ苦労した。母親が殺気立っており、目を偲ぶのには大変な苦労がいった。


 ナラが声をかけても、ラーデンはぼんやりと空を眺めているだけだった。墓には白い花が添えられている。彼の魂が抜け落ちた姿を見て、ナラは恐怖を覚えた。どうして母親を止めることができなかったのだろう。そればかりが、ナラの頭の中を駆け巡った。


「ラーデン、その……」


 こんなときになんという言葉を投げかけたらいいのか、ナラには分からない。それはきっとこの世の誰にも分からないのだ。正解などない。しかし、何かを言わなければという思いばかりが、ナラの気持ちを急かしている。


「ナラ」

  

 その時、初めてラーデンはナラをその目に映した。彼の赤い目は血のように光っていた。普段は生命力を感じるその色も、今日は違って見える。


「頭、大丈夫か」


「……!」

  

 その言葉にナラは猛烈な恥ずかしさを覚えた。自分はなんて情けない人間なのだ。こんなときまで、ラーデンに自分の心配をさせている。追い詰められ、何も考えられないであろう彼がいの一番に、発した言葉がそれだった。


「だ、大丈夫。ラーデン、その私言いたいことがあって!」


 向けられる顔も上げられる言葉もない。しかし、ナラは彼に言わなければいけない。


「その――」


「俺は大丈夫っすよ。本当に大丈夫っすから!」


 ラーデンはナラの言葉を遮った。彼の顔は今までとは違って、親を失った後とは思えないほどにこやかだった。その瞬間、ナラは悟った。彼は生き残った。しかし、そうではなかった。彼は既に死んでいた。彼の心はナラの母親が殺した。


 その事実にナラは動けなくなる。


 今でも思う。この時に、何かを言えば彼の人生を変えられたのではないかと――。


 なあ、ローベ。

 そう思わないか。




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