112.豹変する君
ソラたちがサハルディアに帰る頃には、もう時刻は夜を刻んでいた。砂漠の夜は寒く、とてもではないが立っていられない。そんな状態だったため、街に迷うことなく着けたことは幸いだった。案内役のラーデンがいなくなってしまったため、道にかなり迷ったのだ。
「なんか、静かだな」
ロロが街に足を踏み入れると、キョロキョロと辺りを見渡した。確かに街の中は、不気味なほど静まり返っている。しかし、砂漠の夜というのはこういうものだと、ソラは解釈した。
「どうして、俺までついて来なくちゃいけないんだ?」
「ハク様! そんなことを仰らずに!」
「あの、二人はどうするか……」
「放っておこうよ。まずは、女王への報告をした方がいいよ。回復魔法の使い手もいるはずだから」
ソラは二人に絡もうとするロロをとどめた。ハクはともかく、アユリアはかなり自分の世界に入ってしまっている。あの二人に関わっても、何も意味がない。
今は怪我人を治療することが大切だ。ロロはそれを聞いて、納得したように頷いた。
「あぁ、そうだな。ソラの腕も治療してもらわないと。あんまり無茶するなよ」
「うん、それとアーチェもね」
「え、僕?!」
二人の会話に、関係ないというように関わっていなかったアーチェに視線を移した。彼が右手を隠していることは、歩いている最中に分かった。ロロが怪我の具合を確認するように、アーチェを上から下まで眺めた。
「なんだよ、アーチェも怪我してるのか? 言ってくれたらいいのに」
「うん、ちょっと右手が痛くて」
アーチェはなおも、ポケットに右手を突っ込んだままだ。
「きっと、穴に転がり落ちたときに痛めたんだな。それも治療してもらわないとな。俺とアユリアは大して何ともないから、エドワードを含めた三人が優先だ」
ロロが背中に背負っているエドワードを背負い直した。同じ体格とは言え、長時間背負うのはかなりの重労働だろう。しかし、ロロ以外に背負える人はいなかった。ソラは左手を骨折しているし、アーチェとラーフラは論外だ。ハクは頼れそうにないし、何よりアユリアがくっついている。
「エドワード、大丈夫かな?」
ラーフラは砂漠の街を観察していたが、やがて口を開いた。ラーフラは目に映ったもの全てに気を取られてしまうらしい。しかし、飽きるのもとても早いのだ。
「ラーフラ、お前の心配する言葉を聞いたの初めてだぞ」
掠れた声が聞こえた。その声がロロの背後から聞こえることにソラは遅れて気が付く。
「エドワード! 良かった。目が覚めてたんだ」
ラーフラが駆け寄って、エドワードの肩を叩いた。当のエドワードは痛みを堪えるように、顔を顰めた。
「この寒さじゃ、覚めたくもなる。降ろせ!」
「いた!」
エドワードは乱暴にロロの背中を蹴り上げて、地面に足をつけた。立っていることもかなり辛いはずだが、そんな様子はおくびにも出さない。ラーフラはそんなエドワードをヒョイッと支えていた。
「いきなり何すんだよ。せっかく、運んでやってのに」
ロロはエドワードの方を見ずに、目を背けた。ロロの瞳は特徴的なので、エドワードに顔を見られたらすぐにバレてしまうと考えたのだ。ソラ自身としては、別に知られてもいいとは思うが、他ならぬロロの意に反することならば協力しなければならない。
自然とソラはロロを隠すように、前に出ていた。
「話は聞いた。私はここで待っている。王家とは必要以上に関わりたくない」
エドワードは壁に腰を掛けると、その場に座り込んだ。ラーフラが彼から慌てて離れる。エドワードのオレンジ色の髪と赤い瞳は、砂漠と同調していて不覚にも綺麗だと思ってしまう。
見た目はロロと全く似ていないどころか、兄弟だと言われなければ意識することもないだろう。しかし、こういった性格は所々でロロに似ている。
「君がそれでいいのなら、いいけど」
アーチェは渋々とそれを受け入れた。医者として彼は、怪我をしている者を置いていくことに抵抗があるのだろう。だが、エドワードのてこでも動かないその姿を見て、諦めたようだった。
「あ、じゃあ! 私たちもここで待ってるわ!」
長い時間、自分だけの世界に浸っていたアユリアが唐突に会話に入ってくる。そもそも、ソラたちの会話をあの状況で、ちゃっかりと聞いていたことに驚きを覚える。
「どうして俺が留まらなければ、いけないんだ。おい、離せ! 力、強いな!」
ハクはアユリアを引き離そうとしているが、かなり強い力で拘束されているのか、腕を離せずにいた。
「あの二人は放っておくことにしよう」
ソラの言葉に他二人が頷いたのは、言うまでもない。
◆
「門兵にもあっさりと通してもらえて、良かったな。夜だと駄目かと思ったぜ」
ソラたちはあっさりと城の中に入ることができた。驚くこと、城の中も人の気配は感じなかった。
「夜だと、通してもらえないものなの?」
早足のロロを追いかけながら、アーチェが疑問をぶつけた。ロロはその問いに当然だというばかりに、頷いた。
「俺の国だとそうだった」
「ロロって、城のことに詳しいんだね」
ロロの返答にアーチェが不思議そうな顔をした。確かに一般の市民ならば、城のことについて詳しいのは不自然だ。アーチェが疑問を感じるのも無理はないことだった。
「ロロはローテリヴァの王子だからね」
ソラは何食わぬ顔で口にした。
「な?! ソラ、言うなって!」
「え、そうなの? 僕、知らないんだけど」
慌ててロロが前言撤回しようとしたが、それでは否定になっていない。逆に肯定したようなものだ。それを聞いたアーチェがおもむろに驚いた顔をする。
「ロロ、アーチェは大丈夫だよ。知ってもらった方がいい」
この先も、エドワードや他の人に正体を隠すのであれば、アーチェが知らないことのほうがデメリットなのだ。知ってもらえれば、色々と協力をしてもらえるとソラは考えている。
そして、それは恐らく誤った判断ではない。アーチェの人柄はソラもロロもよく知っている。そのことを悪い方面で利用するようなことは絶対にない。
「まぁ、別に俺もアーチェが信用できないって言ってるわけじゃないけど」
ロロは観念したように腕を組んだ。ロロもソラと同じことを考えていたはずだ。だが、自分からなかなか言い出せなかったのだろう。
「ふーん、二人だけの秘密なんてずるいな」
彼は目を細めて、顔を逸らした。アーチェにしては珍しくいじけるような表情を見せていた。彼からすれば、疎外感を感じる話であることは容易に想像がつく。そんなアーチェをなだめるように、ロロが親指を立てる。
「言うなよ、アーチェ。あとでソフトクリームを奢ってやるから」
アーチェは甘いものが大好物だ。ソフトクリームともなれば、好きに違いない。
「僕、君より二つも年上なんだけど」
「あれ、ほんとの年いったけか?」
ロロは頭の裏に手を伸ばした。ソラはその会話に少しだけ驚いていた。
「なんだ、そこまでは話してたんだ」
「あぁ、それはロロが持ってるほ――」
「だぁー! ストップ! りんご飴もつけてやる!」
アーチェが何かを言おうとすると、ロロが凄まじい速度で吹っ飛んできて、アーチェの口を塞いだ。三日振りに、食事にありつけた時よりずっと速い動きだった。
「ほ?」
ソラは最初の文字だけを繰り返した。アーチェは続きを言おうとしていたが、ロロが邪魔をする。
「随分と騒々しいな。お陰で、いい迷惑だ」
「!」
突如として聞こえたその声に、ソラは上を見上げた。声は上から響いていた。天井が高いこの部屋は声がよく響く。暗い踊り場の階段に彼が現れた。
「もっと上品に来れないものかな? 勇者様一行ならさ」
見上げた先にはラーデンが立っていた。




