110.その告白は想定外
「わぁー、凄い! 一発だ!」
穴から飛び出たラーフラが黒鎧のスコーピオンに向かって行く。彼はそのままソラの横を通り過ぎていき、スコーピオンの硬い肌を観察し始めた。突いたりして、強度を確認している。彼の好奇心は真っすぐにスコーピオンに向けられていた。
「いったいな! 僕の頭を踏み台にしないで!」
アーチェが続けて出てくる。彼は頭の上の汚れを払っていた。姿を見失ったので、心配していたが大きな怪我はしていないように見える。
「アーチェ、大丈夫?」
「うん、平気」
彼ははにかむと、右手をポケットに突っ込んだ。
「あのスコーピオンを一撃か……。ハクめ! 一番いい見せ場を持っていきやがって」
ロロは悪態をついた。ソラも彼の登場は想定していなかった。ラーフラが後をつけてきているのは分かっていたが、まさかもう一人いるとは――。
ラーフラのすぐ後に、突然現れたハクはそのまま弓矢を投げ飛ばしたのだった。弓矢とは言わずもがな、弦を使って飛ばすものだ。手で投げて飛ばすなど、本来の用途ではない。
しかし、その方法でハクはスコーピオンの体を両断してみせた。彼のとてつもない実力を改めて見せつけさせられる。魔法を習得したソラならと思っていたが、まだ彼の実力には及んでいない。
「ああいう奴、俺嫌いなんだよね」
ロロはそう言いながらも、地面に倒れているエドワードに駆け寄った。心配してない振りをしながらも、気にかけているのが分かる。
エドワードの様子は医療に精通していないソラでも、重症なことが分かった。呼吸が弱く、出血もしている。アーチェが心配そうに、エドワードの顔を覗き込んだ。
「怪我人? エドワード・ヴァン・ローテリヴァだったっけ?」
「正解! よくフルネームを覚えてたな。よし、アーチェ。回復魔法を使うんだ。物を介さなくてもできるんだろ?」
「まだ使えたことないけど、やってみるよ」
アーチェは膝まずくと、両手を構えた。ソラはここに来るまでに学んだ知識を総動員させる。昨晩、ケーキを食べながらアユリアが魔法の知識を口にしていた。流石、魔法の街レトリエの出身というだけあって、詳しく話を聞くことができた。
魔法の属性は風、炎、氷、土、水、雷、闇、光の八つだ。この順番は使う人の多い順となっている。そして、使える魔法属性は一つの人もいれば、全て使える人、二つや三つ使える人がいる。複数あるのは稀なことだ。
水魔法は回復魔法になるため、アーチェが雷と水魔法を使えるのならば、これほどありがたいことはない。
「……」
「「……」」
「駄目だ。使えない」
「まぁ、気にすんなよ。そう上手くはいかないさ」
ロロがアーチェを励ますと、エドワードを背負った。
「おい、ラーデン! お前、いつまで隠れてるんだ?」
ロロが岩陰の方を振り返ったが、そこにラーデンの姿はなかった。彼の荷物もまとめてなくなっているので、トラブルがあったわけではなさそうだ。ラーフラはスコーピオンを観察するのはすっかり飽きたようで、こちらに戻ってきていた。
「兵士の人なら、とっくにいなくなったよ」
彼は赤い髪についた砂を首を振って振り払いながら、口にした。
「なんだよ。あいつ、何も言わずに帰ったのか」
ロロが顔を顰める。
「または報告とか?」
アーチェが考えるように口にした。
「どっちにしたって、同じことだろ」
「何か用事があったんじゃないの? 俺も、砂漠の街に一緒に行く!」
ラーフラはその場で飛び跳ねると、アーチェに飛びついた。
「仕方ないな。急いで、戻ろう!」
「証拠にスコーピオンの一部でも剥ぎ取っていこうか」
アーチェは料理に使う果物ナイフを取り出した。スコーピオンの体はかなり硬かったが、両断されて今では剥ぎ取りやすいのかもしれない。そんなアーチェの様子を見て、ラーフラが首を横に振った。
「やめた方がいいよ。なんか変な液体出てたから、毒かも」
ソラはラーフラの言葉に釣られるように、スコーピオンを見た。確かにスコーピオンの体からは、毒々しい紫色の液体が絶え間なく流れている。あれが人体に対して無害であると思う方が難しい。
「それにしても、あいつらは何をしてるんだ?」
「あぁ、アユリアとハク。確かにずっとあそこから動かないね。ハクが何かを話しているようだけど。あれ、アユリアの方から抱きついてない?」
アーチェがわけが分からないというように、二人を見やった。
◆
「おい、いつまでボーッとしてるんだ?」
ハクは一向に話さない彼女を見て、ため息をついた。助けたのはいいが、ずっとこちらを見つめているばかりで何も言わない。ハクはそういった雰囲気が苦手なので、何かを言ってほしいところだ。
「わ」
「わ?」
一文字だけ聞こえた言葉をハクは反復した。目の前の彼女は一呼吸置いた後に、こちらに手を伸ばしながら続きの言葉を口にする。
「私と結婚を前提に、お付き合いしてください!」
何を言うかと思えばそんなことを口にされ、ハクは戸惑う。一瞬、この地では別の意味がある言葉なのかもしれないと考えてみた。だが、彼女が頬を赤らめてることからハクの知っている意味であっているようだ。
「……。頭を打ったみたいだな。俺の見ていないところで」
目の前にいる女性のことはよく知らない。しかし、こんなことを言う人間を正常な状態だとはとても思えない。あんなことが起きたあとなのだ。スコーピオンに頭でも打たれたのだろうと、ハクは考える。だが、彼女は首を大きく横に振った。
「違います! 私は至って冷静です!」
「なら、余計に気味が悪い」
自分は他人と関わることを避けてきた人間だ。だからこそ、こんな風に距離を詰めてくる相手は逆に警戒する。敵意を剥き出しにしている人間の方が、分かりやすくて良い。
「あの、お名前をお聞かせ願えないでしょうか?」
「……。ハク」
無視などしたら余計に面倒なことになりそうだ。ハクは素直に自身の名を口にした。その名前を聞いて、彼女は蔓延の笑みを浮かべる。うつむきがちで気付かなかったが、なかなかに顔立ちの整っている女性であることに気付いた。
「ハク様! 私はアユリアと申します! 貴方の将来の嫁です!」
「重症みたいだな」
やはりどこか打ったのだろう。医者に連れて行くのは止むを得ないかもしれない。彼女との距離を測りかねていると、アユリアはハクの許可なく、いきなり腕に抱きついてきた。あまりに予想外の動きだったため、振り払うことができなかった。
「これから、よろしくお願いします! ハク様!」
「勘弁してくれ」
これから面倒事に巻き込まれるのだと思うと、ハクはため息をついた。
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