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空白のアデア―空を継ぐ者たち―  作者: 月夜 ダイヤ
3章 勇者の目覚め
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109.そして幼き少女は願った

「誰?」


 それが最初に出た言葉だった。自分たちの頭上に誰かが、いるなどとは考えてもいなかった。アーチェは落ちてくる人物を避けようと、雷を収めてスコーピオンから降りようとする。空中を飛んだと思ったら、いつまで経っても地上へと足がつかない。浮いているのだ。


「キャッチ!」


 この状況にそぐわない陽気な声が聞こえ、アーチェは自身を持ち上げている存在を見つめた。頭上の相手は足でアーチェを摑んでいるらしい。鳥人特有の猛禽類のような足が目に入る。それはアーチェにはないものだ。どこまでも自分は中途半端な存在なのだと、再認識させられる。爪が食い込んで少し痛い。


「ラーフラ?」


「割と重い!」


 ラーフラはそう言うと、アーチェを乱暴に地面に放り投げた。そんなことなら、自分で落ちたほうがマシだった。乱暴な投げ方をされたばかりに、少しだけ腕を痛める。


「どうしてこんなところに?」


「まぁまぁ。上だよ〜」


 ラーフラは幼子をなだめるようにそう言うと、横へと低空飛行した。そして上から振り落とされるスコーピオンの鎌が露わになる。アーチェは避けることに集中するあまりに、地面にポッカリと穴を空けていた場所に転がり落ちる。

  

 細長い穴で何かの通路のようにも思えた。上との高さは三メートルほどなので、上がれないこともない。  


 アーチェは低い崖の出張った部分に足をかけて、登り始める。壁は比較的登りやすく、簡単に地上に手をかけることができた。


 そこから這い上がろうとすると、ラーフラが目の前に立っているのが分かった。このままでは上がれない。


「ラーフラ、ちょっとそこをどいてくれない?」


「やだ!」


 彼に思いっ切り、右手を踏まれた。その衝撃にまたもや先ほどの場所に戻ってしまう。指は折れてはいなかったが、折れてもおかしくはなかった。それぐらい、手加減なしで踏まれたのだ。折れてはいなくても、ヒビぐらいは入っているかもしれない。

 

 ラーフラはどう考えても、アーチェを落とそうとしていた。これが、単にいたずらだとしたら笑えない。

 

 いきなりの所業にアーチェは困惑していた。こんなことをされるいわれはない。アーチェは彼に何も悪いことをしていないのだ。


 アーチェとは対照的に、ラーフラはいつも通り笑みを浮かべている。


「君の出番はもう終わりだよー」


「お前の出番もな。背後にはいい加減気を付けたほうがいいぞ。これで二回目だ」

  

 ラーフラの背後に影が現れたと思ったら、彼がアーチェの体の上に落ちてくる。誰かに突き落とされたのだ。アーチェは体重を支えきれず、地面にうつ伏せになった。ラーフラはキョロキョロとしていたが、あっけらかんとしている。


「受け止めてくれて、ありがと!」


「いや、受け止めたわけじゃないけど」


 落とされたというのに、咄嗟に受け止められるわけがない。彼が勝手にアーチェの体の上に落ちてきたのだ。第一、落とされた手前でなぜ受け止めてもらえたと思うのか。一種の皮肉だろうか――。

 まぁ、受け止めはしただろうが、相変わらず能天気だ。怒る気力も失せてしまう。


 アーチェがラーフラを雑にどかし、影が誰かを確認しようとした。しかし、もうその人物はそこから消えていた。



「もう! 情けないんだから!」


 強制的に戦線離脱となったアーチェを目の端に入れて、アユリアが言葉を放つ。


「お前だって、そんなに役に立ってないだろ!」


 鎌を受け止めるロロがそう返す。穴の中に落ちたアーチェを狙われたら一巻の終わりだ。それを防ぐためによくやく、ここまで引きつけたのだ。無駄口をたたいている場合ではない。


「何ですって?! ていうか、あの鳥人誰!」


「ラーフラ!」


 ロロはそう答えた。それは恐らく答えにはなっていないが、こんな状況でラーフラのことを説明するのは不可能だ。ロロは言葉を振り絞るのが精一杯なのだ。

 黒い鎧を身に纏ったスコーピオンには一瞬の隙もない。少しでも攻撃の手を緩めれば、お陀仏だ。ロロはアーチェが穴に転がり落ちたところしか見ていない。

 

 ロロの考え通り、アユリアはわけが分からないというように首を振った。


「知らないわよ!」


 アユリアと違い、ロロには視線を彷徨わせる余裕がない。後方支援のアユリアはまだ余裕があるように見えるのだ。

 

「じゃあ、聞くな!」

  

 そう吠える。


「話は止めようよ」


 隣にソラが現れた。鎌を片方引き受けてくれる。お陰でだいぶ体の負担が減った。ソラは少し疲弊しているように見えたが、目立った外傷は見られない。いつもと違う点は、服が少し濡れていたことと、剣を片方しか持っていないことのみだ。


「ソラ、大丈夫か?」


「うん、片腕が折れただけ」


「それは大丈夫とは言わないだろ。下ってろ!」


 ソラはそう言われて、下がる性格ではないと分かりつつもロロは叫んだ。ソラのことは絶対に自分が守らなければならない。彼女はいつだってロロを守ってくれたのだから――。

  

「くそ!」


 ロロは足に力を入れると、思いっ切り鎌を押し上げた。火事場の馬鹿力というやつだ。スコーピオンを初めて跳ね返すことに成功する。その瞳に微かな感情が宿ったのを感じた。


「ゴゴゴ」


 スコーピオンは何を考えたのか、アユリアの方に前進していく。その速度は早く、ロロでは追いつけない。


「アユリア! 逃げろー!」



 アユリアの幼い頃の夢はお姫様になることだった。今だってそうかも知れない。もちろん、その夢が恥ずかしいものであるということは、認識している。少なくとも、大人が願うべき夢ではない。しかし、いつか白馬に乗った王子が現れてアユリアは幸せになるのだと信じていた。  

 

 白馬の王子に恋心を抱き、幼いアユリアを置いていった母親のことを、肯定したいのかもしれない。そう思った。しかし、そんな人は現れない。


 現実は、スコーピオンがアユリアに向けて鎌を振り上げる。


(あぁ、ここで終わるのか。でも、お祖父様に会えるかもしれない)


 厳しいところもあったが、彼だけはアユリアを捨てずに傍にいてくれたのだ。彼は人間として間違ったことをするときもあったが、アユリアにとっては家族であり、魔法の師匠だった。そんな人と会えるのだ。これはあながち悪いことでもないのかもしれない。

  

 アユリアは目を瞑った。死を覚悟した。彼女に逃げられるほどの俊敏さも、鎌を受け止められる腕力もないのだ。


 体が誰かに抱きかかえられたのが分かる。もしかしたら、ここは天国で小さな容姿になったアユリアが、祖父に抱きかかえられているのではないかと錯覚した。恐る恐る目を開ける。


 目前、スコーピオンが左右に割れて倒れるのが見えた。凄まじい音と共に、砂が舞い散る。アユリアは自身を抱きかかえる、人物と目が合った。


「ボサッとすんな」


 そこには銀髪に翡翠色の瞳をした青年が立っていた。


 その光景も容姿も、夢にまで見た王子の姿そのものだった。


「ハク……?」


 ソラがそう呟いた。


************************




ここまで読んでくださってありがとうございます!

面白かったと思ってもらえたら、ブックマークやポイントを入れていただけると嬉しいです。

次回もよろしくお願いします!



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