108.予想外の展開
それは、砂の中から這い出すように現れた。黒い塊だと思ったのは一瞬で、すぐにそれが生き物だと分かる。ギラギラとした目をこちらに向けていた。
全身は黒い鎧に覆われている。光を反射しない色で、砂漠の中ではやけに浮いて見えた。体には多くの傷跡があり、歴戦の戦士を思わせる。その冷たい瞳から、目の前の獲物を躊躇なく刈り取るハンターだと認識できた。
それは生き物というより、着込んだまま動いている鎧のようにも見える。
胴体は低く、地面すれすれに構えられている。節の一つ一つには無駄な隙間がない。触れたら、そのまま弾かれることは容易に想像がつく。
前に伸びた二本の手は、正確には腕ではなかった。鎌だ。カマキリのような形をしている。
感情は一切読み取れなかった。 ただ、こちらを敵として認識している。それだけは、はっきりしていた。
両者、睨み合ったまま動かない。いや動けないのだ。なぜなら、スコーピオンの口には人がくわえられていたからだ。その人物は、意識を失っているようだった。体には傷を負っている。そして、その人物にソラは見覚えがあった。
「……エド!」
ロロが咄嗟にそう呟くのが聞こえた。かつて、そう呼んでいたのだろう。その呼び方はとても優しく自然だった。ソラには兄弟はいない。しかし、その存在が人によっては大事な存在だというのは分かる。そして、ロロにとってはそれが正解だということもはっきりと分かるのだ。
「ソラ! 危ないよ!」
ソラは駆け出していた。アーチェが叫ぶのが聞こえたが、その声は耳に入らない。両刀を即座に構えてスコーピオンの首元を狙う。一触即発だ。こういった敵はすぐに仕留めなくてはいけない。砂に潜られたら一巻の終わりだ。
「いいっすねー! こっちが先行っすよ!」
「なに、呑気に言ってんだ!」
ロロがラーデンを手繰り寄せたのが目に入る。ソラの一撃は完璧だった。剣に風を纏わせ、首元を両断する。一瞬の隙もない一撃だ。しかし、スコーピオンの体は思っていたよりもずっと硬い。刃は皮膚に少しだけめり込んだが、それ以上深まることはなかった。
「ゴゴ」
スコーピオンの口元から声が漏れる。その瞬間、ソラは重い一撃を喰らった。反射的に剣でガードしたが、攻撃の威力を弱めることはできなかった。遠くまで飛ばされ、砂の上に突っ伏した。左手に力を入れようとしたが、上手く動かせない。激しい痛みが走ることから、腕を折られたのだと気付いた。
スコーピオンはエドワードを離すと、こちらに向けて匍匐前進で迫って来る。敵意の対象をこちらにすり替えることに成功したようだ。
「こっちを見ろ!」
人影がスコーピオンの体に飛び降りた。アーチェだ。雷を腕に纏わせ、電流を浴びせる。これはかなり効いたようで、スコーピオンは激しい悲鳴を上げると、アーチェを振り落とそうとした。
ブーメランで雷を浴びせるよりも、こちらの方がより直接的だ。しかし、危険過ぎる。事実、スコーピオンはあちこちに体をぶつけていた。少しでも気を緩ませたら、即座に命を失うだろう。
「アーチェ、そのまま動くな!」
ロロが背後からスコーピオンを狙おうとした。しかし、スコーピオンの鎌が振り下ろされ、すぐに近づくことはできない。
「何してるの?! みんな、無謀過ぎる! どう考えても遠距離の方がいいわ!」
アユリアが杖を構え、光の一撃を喰らわせるが、それは余計に敵を怒らせる行為になった。スコーピオンの動きが一層激しくなる。ロロが慌てて、光の攻撃をかわす。コントロールが上手くいかないようだ。
「何やってるんだ! こういう奴は短期戦に持ち込むのがいいんだよ!」
それはアユリア本来の実力ではなく、何かによって魔法のコントロール力を下げられているのだと思った。実際にソラも魔法を剣に纏わせにくかった。魔法を使う際の道筋というものが異なってしまっている。
魔法に関してはロロは天才肌なので、それには気が付いていない。元々、魔法をソラよりも早く使えていたのだから、それは当たり前なのかもしれない。
「二人とも、僕が上にいること忘れないでよ!」
少しだけ髪の毛が焼け焦げたアーチェが、振り下ろされまいとしながらも、叫んだ。
「うーん、これはお強いですね! 流石、歴戦のスコーピオン!」
ラーデンがソラを立ち上がらせてくれた。このどさくさに紛れて、ソラの近くまで来ていたようだ。
「ラーデン、逃げた方が……」
「そうさせてもらうっす! 俺は案内役なんでね! でも、君もちょっと離れた方がいいっすよ!」
ラーデンが、右手に二つの剣を抱えるソラを引きずるようにして、岩陰に連れて行く。日陰があり、少しだけ呼吸を整えることができた。
ラーデンは荷物入れから瓢箪を取り出すと、栓を空けた。水の香りがする。実際に水の香りはないというのだが、ソラにはなんとなくそれを判別することができた。
彼は躊躇うことなく、ソラの傷口に水をかけた。貴重な水が肩から流れて、服を濡らしていく。
「あの、何をしてるの?」
「傷口に水をかけてるっす! こうしないと砂が傷に入り込んで、あとで大変っすよ! 俺も昔そうなって、目茶苦茶痛かったんす! ピンセットで傷口から少しずつ砂を取り出すんすよ! あぁ、考えただけで心臓が痛い! いたた……」
ラーデンは痛がる素振りを見せた。その迫真の演技を見て、実際に経験したのは本当のようだと思う。
元々、彼の発する言葉には嘘が一個もないのだと、早い段階で気が付いていた。
「私は骨折だから、それは当てはまらないと思うんだけど」
本当はもっと早く突っ込むつもりだったが、ラーデンが一息もつかないため、会話に入り込むことが困難だった。
「えぇー! それを早く言ってくださいよ! 貴重な水なんですからね! おおっと、もったいない!」
ラーデンはそう言うと、水を飲み始めた。彼の奇抜な行動にはいつも度肝を抜かれる。彼も槍を持っているのだが、それを使う気はなさそうだ。こんな兵士は相手にしていられない。ソラは岩陰からスコーピオンとロロたちの様子を伺った。かなり苦戦しているのが分かる。
早く助けに入らなくてはならない。ソラは右手を使うと、片方の金色の剣を鞘に収めた。利き腕が無事なのは運が良かった。まぁ、最近は両利きのようなものなので、あまり関係はないのかもしれないが、右腕の方が力がある。
「今、行ったって役に立たないと思うっすよ」
彼から一瞬だけ笑みが消えた気がしたが、きっとそれは気の所為だ。
「でも、行かないよりはいいと思うから」
ソラは淡々とそう返す。足手まといには、絶対にならないつもりだ。ラーデンはそれを聞いて、いつもの笑みを戻した。こんな状況では笑っている方が不謹慎なのだろうが、ラーデンは笑っていない時の方が不謹慎な気がする。彼の笑顔に少し安堵する自分がいた。
「弟くんも頑張ってますし! ここにいた方がいいっすよ! まぁ、それでも行くんでしょうけど」
「弟? あぁ……」
その単語の聞き覚えのなさに、ソラは反応が遅れた。しかし、少し考えてみてロロのことだと思い直す。実際にロロは年下だし、小さい頃から一緒にいるから間違ってはいないのだ。
「それは勇者の剣っすか?」
彼の瞳は、ソラの右手に握られている剣に向けられていた。隠しても意味がない。ソラは頷いた。それと同時にスコーピオンの方に歩き出す。
「うん」
「そうっすか」
ラーデンが岩陰を背に座り込んだ。そして空を指さした。最初はその意味が分からなかった。だが、空から落ちてくる黒いものをみてソラは何を示しているのか、理解した。
「よし! 俺の出番ー!」
高々と空を舞う者はそう口にしたのだった。
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