105.新たな門出
「うーん、この赤い服は僕には似合わないんじゃない?」
「ううん、それでいいよ」
アーチェは身に纏った赤と白の服を揺らしていた。赤を基調としたチュニックに、動きやすそうな白いインナーシャツ。茶色の革手袋に肩からかける斜めがけのベルト。
それはアーチェにとてもよく似合っていたが、当の本人はあまり気に入ってはいないようだ。言われてみれば、アーチェは出会ったときから寒色系の色合いの服ばかり着ていた。しかし、髪と目の色は暖色系なので、そっち系の色が似合うのだ。本人の好みと合わないのはどうしようもない。
「ソラ、俺のも結構いい感じだろ?」
「うん、似合ってる」
着こなすのに時間がかかっていたロロが試着室から出てきた。ソラが着るのを手伝おうとしたが、本人に拒否されてしまったのだ。お年頃なのでそこはしょうがない。
ロロが着ているのは深青色の服に黒いズボン。服装はあまり変わっていないが、いい感じに馴染んでいる。ローテリヴァ王国から渡されたスカーフについては、みんな当たり前のように外して、鞄に仕舞っていた。あれはいちいち首元を引き締めるので、はっきり言って邪魔なのだ。他の探検隊に会うことはまずないので、外しても害はない。
ソラたちが今いるのは服屋だった。アーチェの服に限らず、全員の服がかなりボロボロであったため、宿屋の手続きをしたあとに、服屋に寄ったのだ。
砂漠の服屋は派手な色合いが多く、ソラは似合う色を選ぶのにあくせくしていた。結局ソラが選んだのは、水色の服で、前とあまり変わらない色合いだ。そのことはロロも感じていたのか、服の山から一枚の服を取り出した。
「ソラももっと服の色を変えてみたらどうだ? このピンク色の服とか似合うんじゃないか?」
ロロが差し出してきたのは、かなり目立つピンクの服だった。装飾品は控えめであるが、こんなの敵に狙ってくれと言っているようなものだ。
「嫌だよ。そんな目立つ色」
「そうか。でも、サーカスのときは派手なの着てたよな……。珍しく……」
ロロは諦めたように服を元の場所に戻した。ソラはサーカスのときのことを思い出していた。確かにあのときは、かなり派手な銀色のドレスを着ていた気がする。
「あれは、うん……。何で着たんだろ」
ソラは自身の行動の原理が思い出せず、首を傾げた。
「二人とも何で自分の好きな服を選んでるの? 僕だけ、二人に着せられてるんだけど」
アーチェは苦言を呈しつつも、しっかりと服を身に纏っている。先ほどまではかなり上の空だったが、ようやく調子を取り戻したようだ。
ソラはチラリと店主の方を見やった。店主の男は手をこねくり回しており、ずっとニコニコとしながら部屋の隅に立っていた。なぜ、そんなところにと思ったが口には出さないでおく。
「お前には赤が似合うって昔から思ってたんだよ」
ロロが頭の先から、つま先まで眺めるとそう口にした。ソラもそれに同調する。
「同感」
「昔からって、まだ半年近くじゃないか。長いけど、昔っていうほどじゃない」
半年という単語を聞いて、あれからそんなにも時間が流れていることに静かに驚いた。気が付かない合間に、アーチェともかなり長い時期を過ごしている。
「私の服もどう? 少し焼けてたから、新調してみたの!」
試着室からアユリアが出てくる。彼女は黄色い系統でまとめられた服を着ており、それがアユリアのクリーム色の髪によく似合っていた。アユリアがその場を一周すると、長いスカートがヒラリと舞う。
「へぇー」
「何よ! その態度は! そんな態度だと、女の子にモテないんだからね!」
無関心のロロの言葉に、アユリアは腹を立てた様子で腕を組んだ。そんな彼女の態度を崩そうと、アーチェが笑いかけた。
「僕はいいと思うよ。髪の色とよく似合ってる」
「あら、アーチェ君はよく分かってるじゃない! ここは年上の私が全員分の服代を奢ってあげるわ!」
すっかりと気を良くしたアユリアは財布を取り出した。中はパンパンに詰まっており、かなりの額が入っていることが分かる。アーチェは慌てたように手を振った。
「え、それはいいよ」
「何言ってるの、アーチェ君! ここは歳上を立てるものよ!」
アユリアの気迫にアーチェは押されていた。
「歳上……? 人間族の年齢はよく分からないよ」
ソラから言わせれば、鳥人の年齢の方が余程分かりにくいが、アーチェにとっては人間族の年齢の方が分かりにくいようだ。鳥人は童顔が多いため、ある程度の年齢にいくまで年齢の判別には困難を極める。それを聞いたロロが閃いたというように指を立てた。
「二十ぐらいじゃないのか?」
「残念! まだ、十九歳です!」
アユリアは体の前にばってんを作ると、否定した。そのまま、彼女は会計をしにいってしまう。大人しくやり取りを見守っていた店主は笑顔をたたえながら、お金を受け取っていた。
「あとで、こっそりお金を入れておこう」
呟くアーチェの髪を見て、ソラはあることが気になった。
「アーチェ、フードはいいの?」
ソラはアーチェの頭を眺めた。彼はフードを身に着けてはいない。かなりボロボロだったフードは先ほど、処分したのだが新しいフードを買う気はないようだ。アーチェはソラと目が合うと、少しだけ頬を赤らめた。
「あ、うん。動きにくいし、染めてるってことにするよ」
彼は髪をいじりながらそう答えた。実際にアーチェはかなりの癖っ毛なのだから、フードはかなりストレスになっただろう。
「視界が妨げられるのは、いたいしなー。今日は泊まってくんだから、魔法使えたお祝いでもするか?」
ロロが座り込んでいた椅子から立ち上がった。お祝い。その言葉にソラも心が浮き立つのを感じていた。
アーチェが魔法を使うために努力していたことは、ソラも知っている。ここはしっかりとお祝いとやらをしなければならない。
「お祝いしてくれるの?」
それを聞いてアーチェは信じられないというように、驚いた顔をした。一体何をそんなに驚くのだろうか。仲間の祝いをするのは当然のことだ。
「ケーキとあと紅茶も必要かな?」
ソラは指を立てて、そして一本ずつ下げていった。必要なものを揃えなくてはならない。ケーキというのは、特別なものだ。ここにあるかは定かではないが、一から作れば何とかなるかもしれない。
「え、いや。いいよ。僕は……」
アーチェは首を振って、断ろうとしていたがロロに肩を組まれた。
「何言ってるんだ! お祝いだぞ! 誕生日みたいに盛大に祝おうぜ!」
ロロが笑顔を見せた。奴隷所を抜け出してから、二人でしばらく誕生日を祝っていた時期を思い出した。ソラは誕生日が分からないため、ロロと同じ誕生日に祝うことになっていたのだ。そう考えると、あと数ヶ月でロロも十五歳になる。
「今日は僕の誕生日じゃないけど」
アーチェが呟いた。
「じょーだんだよ! 冗談! ここは上手く乗ってくれよ!」
「何を楽しそうな話をしてるの? 私も混ぜなさいよ!」
お代を支払い終わったアユリアがスキップをしながら、こちらにやって来た。ロロはアユリアに親指を立てた。
「アユリア、お代ありがとな。出世払いする」
「貴方、一体何になる気なのよ! それより、お祝いって?」
「こいつの。魔法使えた記念日」
「辞めてよ、ロロ。なんだか、恥ずかしくなってきた」
「え! そんなに大事な日だったの?! じゃあ、お祝いするに決まってるじゃない!」
恥ずかしがるアーチェに対して、アユリアが口元を押さえた。ソラとロロは何げなく仕えていたため、祝いというのはピンと来ないが、魔法は祝うべきものであるらしい。
「話が早いな! ソラの作るケーキはかなり絶品だから!」
「この辺だと、果物は何かな……」
ソラは服屋の入り口に向かって歩き出した。ケーキを作るとなると、まず果物から調達しなければならない。
「ま、待ってよー。勝手に話を進めないでよ!」
「恥ずかしがんなよ! 主役!」
引き留めようとするアーチェをロロが羽交い締めにした。服屋にはアーチェの声が響いていた。
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