104.黒鎧のスコーピオン
「黒鎧のスコーピオン……」
それを聞いたアユリアが目を見張った。
「知ってるの?」
ソラが尋ねると、アユリアは真剣な面持ちで頷いた。
「お祖父様が若い頃、追い払ったモンスターの一種だと聞いたわ」
それを聞いてロロが苦い顔をした。その表情から、決して印象のよろしくない人物であることが察せられる。ソラは会ってはいないが、ロロは塔にいるときに会ったのだろう。そして、その言葉に反応したのはロロだけではない。
「ほぉ、それではお前はレトリエの出身か? レトリエの民は元気だろうか?」
女王は懐かしそうに言葉を柔らかくした。その言葉に、アユリアだけでなく皆が固まる。
「え、えぇ。とても」
アユリアは苦し紛れに嘘をついた。今、本当のことを伝えてもどうにもならないと考えたのだろう。
「それであれば話が早い。スコーピオンを退治したら、褒美は思うがままだ」
女王が手のひらを広げると、床から板が押し上げられる。その上には見たことがないほどの財宝に溢れていた。アユリアがそれを見て、僅かに目を輝かせる。そして、アーチェが小さな声を漏らしたのをソラは聞き漏らさなかった。
唯一反応しなかったロロは、興味がないと言わんばかりに首を振った。
「悪いけど、俺たちは港に向かわなくちゃならないんだ」
「港か。今は砂塵が発生しているので、どちらにせよ向かうことは不可能だ」
女王は考え込むように言うと、指を立てた。それを聞いたアーチェがアユリアに小声で尋ねる。
「アユリア、港以外に行く道はないの?」
「無理よ、飛行船で来たんだもの。陸地が離れているから、船でないと向かえないわ」
アユリアが頭を振る。どのみち、港に向かわないとレトリエには戻れない。そして、そこに行くまでの通路が閉鎖されている今、黒鎧のスコーピオンを討伐するという目標を作るのもいいのかもしれない。ソラが気が付くと、意見を口にしていた。
「今、その依頼を受けてみるのもいいのかも」
「ソラがそう言うのなら、俺は否定しないけど。アーチェはどうなんだ?」
「あ、あぁ。僕は……」
アーチェは宝の山を見てから上の空だ。最初はなぜ、そんな反応なのか分からなかったが、宝の山に輝く金色の光を見た途端に全てを悟った。そしてそのことに対して、少しガッカリとしている自分がいることに気が付く。
「アーチェも賛成なんでしょ?」
「う、うん」
ソラの推しにアーチェは渋々頷いた。まだ何かを考えているようで、ずっと天井を見上げていた。三人の意見を黙って聞いていたアユリアが、あんぐりと口を空けた。
「何を言ってるの?! 黒鎧のスコーピオンよ! 知ってるでしょ!」
「知らねぇ」
ロロだけでなく、ソラもアーチェも反応がないのでアユリアは呆れたように口を尖らせた。
「な?! 貴方たち、一体どういう教育を受けてきてるのよ! 砂漠の財宝っていう神話に出てくるとても恐ろしいサソリなんだから! 都市一つを壊滅させたっていうのよ!」
「アユリアも一緒に来いなんて言ってないだろ? ここにいればいいじゃないか?」
ロロは騒ぎ出すアユリアを諌めようと、突き放す。それを聞いたアユリアが杖を握りしめた。
「何ですって! 由緒正しき血筋の私がそんなことできるわけないわ!」
「ていうことは、皆さん討伐に行ってくれるんですね! いやー、ありがたいっすね! 女王様!」
恐らく、ずっと我慢して口を塞いでいたであろうラーデンは嬉しそうに目を輝かせた。同意を求められた女王は面倒そうに頷いた。
「ありがたい話だ。今夜は一等地の宿屋に泊まるといい。討伐は明日で頼む」
にこやかな笑みを浮かべる女王に対して、ロロはソワソワとしながら尋ねた。
「そこには、肉はあるのか?」
予想していた質問だ。大の肉付きの彼は、多くの食事に肉を求める。まぁ、肉など奴隷時代は食べれなかったのだから、必要以上に欲してしまうのも仕方のないことだった。
「肉は貴重だから、今の時期はあまりないはすだが……。味は保証しよう」
女王はロロの慇懃無礼な態度にも腹を立てる様子はない。やはり、ヒステリックはラーデンにのみ当てはまるようだ。
ラーデンとやり取りをした者なら、誰だって一度はヒステリックになるだろう。
「よし! 行こう、今すぐ行こう!」
ロロが嬉しそうにアーチェのフードを引っ張った。ヘリオにズタズタにされたそれは、もう身に着けているのが奇跡なほどボロボロだ。アーチェはまだ考え事をしているようだったが、大人しくロロに連行されていった。ソラも後を追おうとしたが、アユリアがお宝の山の前から動かない。
ソラはため息をつくと、アユリアの体を引きずるようにして、宿泊施設に連れて行った。
◆
そこには、ラーデンと女王の二人が残った。
「やっと、帰ったな。騒がしい子らだった」
「そっすね」
ラーデンは語気を弱めた。そこにはいつものような底しれぬ明るさは感じられない。
「ところで、ラーデン。お前はさっき門兵から何を受け取っていたんだ?」
女王は幼馴染というだけあって、二人っきりのときは比較的穏やかだった。普段は若いこともあり、女王の責任や重圧というものが彼女を支配しているのだろう。
「え? 何のことっすか?」
ラーデンはとぼけてみせた。
「上から見ていたぞ」
女王が民の者の生活を見守るため、テラスから街を覗いていることは有名だ。報告書読めばよいと思うのだが、実際に見ると違った視点から民を見れるというのが口癖だった。
そうした微細な行動の一つ一つに、民たちは安心感を覚えているのだろう。前の王妃とは違うと民たちはも肌で感じているのだ。
「嫌だなー、覗き見なんて。上手いカレーのレシピの話っすよ!」
「そうか。お前の手料理は上手い。また、食べさせろ」
彼女が微笑む。ラーデンはよく手料理を城の者に配って回っていた。それは女王も例外ではない。彼女の黒曜石を埋め込んだような瞳に優しさが宿った。ラーデンはビシッと背筋を正し、敬礼のポーズをする。
「了解っす!」
「ふん」
ラーデンは目を伏せた。女王はその言葉に満足したように、自室に戻っていく。
誰もいなくなった玉座の間。そこでラーデンはポケットに丸め込んでいたクシャクシャの紙を取り出した。門兵から自分はついでに渡してきてくれと言われたものだ。同僚は中身を見ていないらしく、そこに書かれていることは知らない。
そこにはこう書かれていた。
レトリエ、炎魔法により崩壊。犯人は――。
ラーデンは紙を破り捨てた。ただ破るのではなく、原型がなくなるぐらいにグチャグチャにする。数十の破片になったそれは空中に飛んでいった。
「ニャー?」
知らぬ間に戻ってきていた女王のペット、シュカームがラーデンの足に擦り寄っていた。目を細め満足そうに鳴いている。ラーデンはシュカームを抱きしめると、玉座の間に設置されている窓から下を覗き込んでいた。
「これは面白いことになりそうっすね」
ラーデンの顔からは笑みが消えていた。
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