103.女王の瞳に映るもの
「それはちょっと高くないですか?」
「いえいえ、ここでは水なんて貴重なんだから、そうなりますよ。ほら、払ってもらうよ」
女性はアーチェの問いに対して当然だとばかりに、首を縦に振った。確かに砂漠地帯での水の確保は重要な問題だ。井戸には水がたっぷりとあるように見えるが、だからといって価値が落ちるわけでもない。
「今は銀貨十枚。銅貨四十二枚ってとこかな」
ソラはアーチェに残りの金額を伝える。この度の中で、かなりお金を使い込んでしまった。大半が食費だが、削れないだけに消費量は凄まじい。銀貨十枚で、金貨一枚分の価値。銅貨二十枚で銀貨一枚分の価値なので、水を買えないこともない。しかし、決して贅沢ができる金額でもない。
「ソラ、アーチェ! 何してんだ?」
残りの金額から今後のことを考えていると、ロロが瓢箪を手に抱え込んでいた。確認するまでもなく、その中からは液体が跳ねる音が聞こえる。
「ロロ、どうしたの? それ?」
アーチェが驚いて尋ねた。水は貴重というはずではなかったのか。ロロの手に持っているそれは、かなりの量だ。三人分のお金をかき集めても手に入る量ではない。
「あぁ、これな。フルーツジュースだってよ。普通に銅貨一枚で買えたけど」
ロロが不思議そうに首を傾げた。それを聞いたソラは咄嗟に、井戸の近くの女性たちを振り返ったが、女性たちは、してやられたという顔をしていた。水が高いというだけで、果実から作られる飲み物は普通の値段のようだ。そして、彼女たちはそれをソラたちに伝える気がなかった。いわゆる、ボッタクリをするはずだったのだ。
「あぁー、儲けがなくなっちまったよ」
値段を言った女性は残念そうにため息をつくと、井戸の周りから去っていった。他の女性がその人に従うようについていくあたり、リーダー的な存在なのだろう。
「ロロ、お手柄だね」
「え、俺なんかしたか?」
ソラがそう言うと、ロロは褒められて嬉しそうに、はにかんだ。そして話を逸らすように、アユリアの方に首を振った。
「それより、あいつはどうするんだ? 宝石店の前から動かないぞ」
アユリアは赤や青などの宝石に目を奪われていた。ケースの中に入っている宝石は、人々の目を射抜くほどの輝きを放っている。それを見てアーチェが呟いた。
「ロロ、買ってあげればいいじゃない?」
「やだよ。俺は金を貯めなくちゃいけないんだ」
ロロがふてくされた。アーチェがそんなロロの様子をからかった。
「他に買いたい相手でもいるのかな?」
「うるさいうるさい! これでも飲んでろ!」
ロロが抱えていた瓢箪の一つをアーチェに無理矢理に手渡した。アーチェが瓢箪の栓を抜くと、甘い匂いが漂ってくる。匂いからして、メロンだろうか。ロロがそのうちの一つを流れるように、ソラの手に渡した。
「おい、アユリア。俺たちこれから他のところ行くけど、お前はどうするんだ?」
「あ、ロロ君だっけ? 私もついて行っていいの?」
アユリアがウェーブがかった髪を耳にかけながら、恐る恐る口にした。ロロ君、その呼び方からアユリアはロロより少し年上だろう。実際に顔立ちもかなり大人びている。十八歳ほどの年齢だと予想できた。ロロはその問いにしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「構わないんじゃないか」
「へー、ロロがそう言うなんて珍しい」
「さすがにこの状況じゃ、放っておけないしな。一緒に帰る方がいいだろ」
ロロの帰るというのは、レトリエのことを示しているのだろう。その言葉を聞いたアユリアはおもむろに顔を強張らせた。
「どうかしたの?」
話しかけるつもりはなかったが、その表情が気になって気が付くと尋ねていた。
「あの炎の燃え方じゃ、無事では済んでないわ。お祖父様の魔法がなぜか暴走して、街が火の海になったんですもの。私にはもう帰るところがない」
彼女は落ち込んでいた。その様子には返す言葉がない。最初から定住場所がないソラにとって、その気持ちは分からない。
「俺たちは、置いてきちまった仲間を迎えに行かなくちゃいけないんだ」
「だとしたら、ここを出て南の海辺の街から船に乗るしかないわ。いつ船が出ているか分からないけど」
「じゃあ、ここを早く出ないと」
ソラは砂漠地帯特有の砂が嫌いだった。足に纏わりつくそれは、普段の歩き方すらできやしない。ここにいたくないという思いもあった。
「ちょっと! 君たちー!」
「またあいつ来たぞ」
ロロがおもむろに距離を取った。声の方角からは大手を振るうラーデンが駆け寄って来ていた。ラーデンは被っていた兜を脱いでいる。そういえば、兵士だというのに武器の一つも身につけていない。ラーデンは砂に足をとらわれることなく、こちらに走り込んできた。
「女王様が君たちにお会いしたいと言ってます!」
「何で、国のトップが俺たちに会いたがるんだ?」
ロロが意味が分からないというように、首を傾げた。ロロの言う通り、国の頂点に立つ者がソラたちに会いたがる理由が分からなかった。ラーデンはそれに対して、胸を張って答えた。
「女王様は庶民にもしっかりと顔合わせするんっすよ。それは旅人も同じっす! 俺が出会った君たちの話をしたら、目茶苦茶会いたがったんすよ!」
彼のことだから、女王にもペラペラと体験したことを話しただろう。モデラートとの戦いのことも話したのかもしれない。聞かれてもいないことを話し続ける彼の姿がありありと目に浮かんだ。
「女王様なんて、僕は緊張するから会いたくないな」
ラーデンの説明を聞いて、アーチェは瓢箪から口を開放させた。
「アーチェ! そんなことをしたら、斬首っすよ! まぁ、本人はそう連呼するだけで実際に斬首刑があったことはないすけどね!」
「全然笑えないんだけど」
彼がヘラヘラと笑う中、アユリアが苦言を呈した。ラーデンは女王をヒステリックだと言っていたことを、今思い出した。
「じゃあ、こっちっす!」
「おい、まだ行くって言ってないぞ」
ラーデンはソラたちの受け答えを聞くことなく、城の方に歩き出してしまう。ソラはロロと目を見合わせた。拒否権はないようだ。どのみち、女王の気を損ねたくはなかった。
ソラは抵抗することを諦めると、ラーデンのあとについて行った。
◆
「そちらが、ラーデンが連れて来たという旅人か?」
女王の高い声が響いた。彼女の声はどこか透き通っていて綺麗だった。しかし、それと同時に決して逆らってはいけないような冷たい声だとも思った。
「ニャー」
女王の膝の上には毛のない猫が寝かされている。猫は女王に頭を撫でられながら、声を上げていた。玉座の間と呼ぶべき場所は、広い客間のようであり、部下なども見当たらない。
彼女は砂漠の民族衣装を身に纏い、頭に金色の王冠を乗せていた。黒髪に黒目。それは黒曜石のようで、印象的だった。砂漠の民なだけあって、肌も焼けている。
「そうっすよ、女王様! この人たちが目茶苦茶強い旅人っす! いいつけの通り、きちんと探してきました! それと――」
「ラーデン、貴様は黙っておれ」
話を続けようとしたラーデンを女王は制していた。ラーデンのお喋り好きは女王も知っているのだろう。
「黙るってどれくらい黙ればいいっすか? 一時間ぐらい? それとも、話しが終わるまで?」
ラーデンはなおも、普段の態度を崩さない。ここまでくるともう天才だ。彼のお喋り好きは相手も選ばない。
「……。妾の幼馴染でなければ、貴様など等に斬首されておるわ!」
女王は語気を荒ぶらせた。冷たい黒目でラーデンを睨みつける。
「ハハハ、またまた〜」
「……、妾は本気だぞ」
「……オッケー、一時間黙ります!」
ラーデンが口を閉じた。彼が話すのを辞めただけで、広間に静寂が流れる。女王の目がようやくソラたちに向けられた。
「さて、ここに呼ばれた理由は分かっておるな」
「いいや」
ロロが髪の毛を触りながら答えた。
「何?! ラーデン、お前説明していないのか!」
女王が怒り狂いながら、髪を掻きむしった。ヒステリックというのは、本当のようだ。だが、それはラーデンが原因かもしれないと思い始める。女王に問われたラーデンはなおも口を閉ざし続けた。そして、彼は口を開けないまま、自分の手で口を指さして呻いた。
「んんー! んん~?」
直訳すると「口を閉じてろって言われましたよ!」だろう。女王がそれを聞いて、苛立ったように靴で地面をカツカツと叩き始めた。その音に驚いた猫が膝から駆け出していく。
「ええい! なぜ、お前はそう容量が悪いんだ! 妾に問われたら、妾の命令に限らず口を開けろ!」
「でも、女王様の命令は絶対っすよ!」
「もういい! そなたと話していると、頭がおかしくなりそうだ。旅人よ、すまないな。話が逸れた。どこまで、話していたかな?」
女王は背もたれに自身の体を預けると、首を傾げた。今の短いやり取りで悪い人ではないというのは、伝わってきた。
「あの、なぜここに呼ばれたかっていうところまで」
アーチェがそう伝えると、彼女は握りしめた拳で左手の手のひらを叩いた。
「おお、そうであった!」
「この国の政治は大丈夫か?」
「しっ!」
ロロは首をひねった。それを聞いたアユリアが彼の耳を引っ張った。レオナード王国でも同じことがあったと、ソラは苦笑する。
「そなたたちを呼んだのは他でもない。この砂漠に住む黒鎧のスコーピオンを退治して欲しいのだ」
彼女は目を細めると、ソラを見透けた。彼女の冷たい瞳と始めて目が合った。
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