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空白のアデア―空を継ぐ者たち―  作者: 月夜 ダイヤ
3章 勇者の目覚め
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101.討ち取りし者

 モデラートが地面に倒れ込み、砂煙が起こった。とめどない砂が目に入りそうになり、視界が塞がれる。何が起きているのか分からずにいたが、横からモデラートが飛び出してくるのが僅かに確認できた。

  

 予想はしていたが、モデラートは一匹だけでない。この広い砂漠に群れで生活しているのだ。一体、この不毛な地にその大きな体を培う栄養がどこにあるのかと、訝しんでしまう。震えていたアユリアを庇いながら、ソラは剣を振るった。

  

 両手に剣を持つようになってから、単純に手数が増えた。そのため、眼の前の敵を切り刻むことは容易なことだった。またもや、砂煙が舞い、ロロやアーチェの姿を確認できなくなってしまう。今はあの二人を信じて剣を振るうしかない。問題なのは、未だに立つことのでいないアユリアだった。


「アユリア」 


「!」   


 ソラが呼びかけると、アユリアは生まれて初めて自身の名を聞いた赤子のようになった。小刻みに震えていたが、やがて杖を持って立ち上がった。彼女の杖から放出される光はモデラートの体を貫いた。大きなうめき声を上げて、巨体が倒れ込む。


 状況を理解しているかは分からないが、少なくとも守る必要はもうなさそうだ。ソラは飛び込んでくる、モデラートの体の上に飛び乗った。そのまま、重力に身を任せ、流れるように相手の体を引き裂きながら、下に降りていく。それが終わったら、また同じことを違う相手に繰り返す。

  

 四体目のモデラートの体の上に飛び乗ったとき、ロロの姿が確認できた。彼は炎魔法を上手く使いながら、相手を追い詰めている。敵の数はあまり多くないようで、追い込まれているというわけではない。ソラはロロに気を取られ、モデラートの体から振り落とされそうになった。


 敵はいきなり体に乗ってきた不審者を、たたき落とそうとしていた。岩にぶつかり、体をのたうち回らせる。


「ソラ、離れて!」

 

 アーチェの声がした。ソラは瞬時に反応すると、モデラートの身体から飛び降りた。空中に身を置くため、危ない行為だったが、アーチェの言うことを疑う理由はない。 


 飛んできた二つの円がモデラートの体を両断するのを見た。それは持ち主の手元へと戻っていく。そのブーメランは黄色い光を纏っていた。バチバチと激しい音を立て、離れているソラですら、その痺れが伝わってくる。

 

 ソラが地面に着地するのと、アーチェが事切れているモデラートの体に着地するのは、ほぼ同じタイミングだった。


 彼と目が合う。黄色い光がアーチェの体を包み込んでいた。それはアーチェの体を守るように――まるで鎧のように彼の体にピッタリとくっついていた。魔法だと、ソラはすぐに認識した。


「怪我、ない?」

  

 アーチェが聞いてきたので、ソラは反射的に頷いた。いつの間にという驚きがあった。しかし、それはどうでもいい。彼はとうとう自身の手の前に立ちはだかる壁を越えてみせたのだ。それは、一度敗北した相手を打ち負かすことでより明確となる。


「金髪の子! 離れて!」

  

 駆けつけていたアユリアが杖を構えた。黄色いモデラートがアーチェに襲いかかろうと、大口を開けていた。その口の奥からは赤い光が見える。

  

 アーチェは即座にモデラートの体から離れた。その速度は目で追うことがやっとなほどの、速さだ。魔法が彼の体を強化しているのか。しかし、それはあり得ないと同時に思う。

 

 魔法は物体を介して行うものだ。服のような脆いものでは、物体としては働かないとセザールは言っていた。それにもしそうだとしても、アーチェの皮膚の部分にまで魔法が纏われている。それは今までの「常識」というものを、打ち消すものだった。頭の中が掻き回されたことで、ソラたちは全く別の世界に来てしまったのかもしれない。


 ソラは剣を鞘に納めた。そして、自身の手に力を集中させてみる。その途端、少しの風が手に纏わりつくのを感じた。そうだ。そういうことなのだ。魔法は物体を介すことなく行える。アーチェはそれに気付いたのだ。いや、気付いたのではなく結果的にそうなったのかもしれない。


 アユリアの杖から桃色の光が飛び出た。それは、モデラートが口から発射した赤い光線とぶつかり、激しい音を立てて、光が点滅した。視界を奪われることを予想していたソラは目を瞑った。  

 

 視界は閉ざされているというのに、それでも光の点滅があることが確認できた。目を開けると、赤い光線も桃色の光も消滅していた。同じぐらいの力がぶつかり、両者の魔法が消滅したのだと察することができた。

 

「おーい、変な光が見えたけど、大丈夫か?」


 気付かぬ合間に、ロロがソラたちのすぐ近くまで来ていた。ソラたちと同じく服は血に塗れているのだろうが、黒っぽい服のせいでそれが分からない。目には優しいが、傷の度合いが確認できないのは困ると、ソラは改めて思った。青系統の服を着ているソラはその対照的に、血だらけだ。無論、返り血だが。   


 ロロの元気そうな顔を見ると、重たい傷を負っているわけではないようだ。ソラはホッと胸を撫で下ろした。


「ロロ、そっちは終わったの?」


「あぁ、俺の方は全部片付けた」

  

 ロロは自身がやって来た方角を見やった。そこには合計六体のモデラートが倒れ込んでいた。息はしていない。とどめを刺したのだ。ロロの剣は鞘に収められていた。


 ソラたち、三人の周りにももう敵はいなかった。最初に声を発したのはアユリアだった。彼女は地面に座り込むと、肩を上下させた。息が上がったわけではない。精神的に疲れているのだ。


「あの、大丈夫……?」


 アーチェが彼女に声をかけた。しかし、彼女はフルフルと首を振るばかりだ。ロロがその反応を見て、呆れたように目を回した。


「無駄だよ。この調子じゃ。というか、その魔法早く解除したらどうだ?」


 ロロがアーチェの姿を見て口を開いた。それはソラも言おうと思っていた。アーチェは戦いは終わったというのに、まだビリビリとした魔法を纏っている。魔法の属性からして、雷だろうか。近くに寄るだけで、肌が痺れるため、可能であれば魔法を解いてほしいと思っていた。


 それを聞いて、アーチェは困ったように髪の毛をいじった。


「どうやって?」


「……」


 流石のロロも黙り込んだ。


「そんなもん、こう上手い感じにやるんだよ。せっかく魔法を使えたことを祝おうと思ったのに――痛った!」


 アーチェの体に触れようとした、ロロが指に強い痺れを感じたのか手を引っ込めた。ロロの指先は、炎に触れたように焼けていた。軽い火傷だ。


「あ、ごめん。でも、よく分からないんだ」


「そんなもん、意識を解けばいいんだよ」


 今度はアーチェの体に触れることなく、ロロが言った。それを聞いたアーチェは少しだけ肩の力を緩めたように見えた。徐々に光が弱まり、それはやがて消えた。ロロの言動ですっかり調子を狂わされたのか、意識して解いたのかは分からなかった。


「また使えるかな」


 アーチェはいつもは見せない笑顔でそう言った。ソラは頷いた。


「おめでとう、アーチェ。きっと、また使えるよ」


「あぁ、そうだ。泳ぎと一緒だ。一度覚えたら体が覚える」

  

 ソラの言葉にロロも続いた。それを聞いてアーチェは分かりやすく肩を落とした。


「それを聞くと、特別感なくなるなぁ」 


「何でだよ! これより、いい例えがあるっていうのか?!」


 ロロは的外れな答えを返した。そのやり取りを見ていたアユリアは消えるような声で呟いた。


「あ、貴方たち。随分と呑気ね」


「呑気っていうか、この状況じゃそうでもしないとやってらんねー」


 ロロの言う通りだった。魔王の配下にやられ、レトリエが燃え、ヘリオとは離れ、今は危険な砂漠にいる。それは怒涛の展開だった。


「つーか、このエルデア砂漠ってレトリエとどれくらい離れてんだ?」


 ロロがみんなが気になっていたことを口にした。アユリアは少しだけ震えていたが、やがて口を開いた。


「ここは、レトリエから街三つ分ほど、離れているわ。距離で言うと、百キロメートルほど」


「そんなに長い距離……」

 

 ソラは呟いた。ヘリオの顔が頭に浮かんだ。リトの顔もだ。二人は無事だろうか。そんな不安がよぎるが、その距離ではすぐに戻れそうにない。この近くに街があるのなら、そこでひと休みしてから出発するのが良いのではないかと思った。


「この辺に街とかはないの?」

 

 アーチェも同じことを思ったようで、アユリアに尋ねる。アユリアは虚ろな目をこちらに向けた。


「あるにはあるけど、ここが砂漠のどの位置か分からないから」


「そう……」


 ソラがそう呟いたところで、矢が地面に突き刺さった。その先にはペイントのようなものが塗りつけられており、砂漠を青色に染めた。ソラは矢の飛んできた方角を確認した。そこには若い兵士がいた。


「遭難人すか? 救援に来たんすけど!」


 その抑揚のない話し方を聞いて、ソラは助かったと安心した。



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