100.僕が始まった日
アーチェは自分の体を酷く脆いものだと感じていた。鳥人特有の飛べる能力、人間のバランスの良い能力。アーチェがそれらを受け継ぐことはなく、彼が受け継いだのは、飛べない翼と貧弱な体だけだった。二つの種族の欠点を受け継いでしまった彼は、戦闘では役に立たない。
だからこそ、遠距離戦闘に向いているブーメランを選んだ。あの村を旅立ち、ある医者のもとで修行をしているときに選んだ武器がそれだった。それは小さな街の小さな売店で光り輝いていた。普段はそんなものに興味を引かれないアーチェだったが、そのときは自身の武器はこれだと心から思った。
両利きのアーチェにとっては、二刀のブーメランというのも魅力的だった。それがまるで自分のために、並んでいるような気さえした。師匠である医者に無理を言ってまで、給料を前借りし、それを買ったのだ。
アデアに旅立つのにも、当然この武器を選んだ。アデアを攻略してどうしても欲しいもの。それはアーチェには必要なものだった。それを掴ませてくれる武器がこれなのだと、強く思った。
しかし、これでは目の前に立ちはだかる相手の体を傷つけることはできない。アーチェのこんな体では、重たい武器を持つことは不可能だった。
ソラもロロもそれはできる。それに加えて、アーチェは魔法すらも習得できない自身のその能力に失望していたとも言っていい。なぜ、ここまで足を引っ張らなければならないのか。いつだって、アーチェは二人に助けられてきた。
そして、それを受け入れようとしている自分にも腹が立つ。いつまでもこのままでいいのか。そんな不安が駆け巡った。魔法であれば、二人に追いつけるのではないか。そんな思いを抱いた。しかし、余計に距離が遠のいた気がする。
アーチェはブーメランを握りしめた。二人が駆けてくるのが見える。やめてくれと思った。特にソラには、こんな弱りきっている自身の姿は見せたくはない。
アーチェは立ち上がろうとする。しかし、モデラートの動きの方が早い。あのときもそうだったと思い出す。
初めてこの得体のしれない生き物に遭遇したとき、アーチェは大きな怪我を負った。目の前の相手にトラウマがないかと問われれば、それを否定できない自分がいる。あのときは、赤い光線をかわしきることができなかった。
モデラートはもう目の前だった。
アーチェは不意に、セザールの言葉を思い出した。魔法とは●●●を理解して使えるものであると。●●●とは何だ。アーチェは自身で思いながら、その言葉を思い出すことができなかった。しかし、魔法を使うには何かしらの概念があるはずなのだ。だが、それが頭に浮かばない。
レトリエで視界が歪んだことといい、頭の調子がおかしい。
ふと、空を見上げた。鳥が空を飛んでいる。その大きな翼で自身の体を支え、大空を自由に飛翔していたと思えば、それより大きな鳥にその身を奪われていた。それは今のアーチェそのものだ。
守りたい。守れる力が欲しい。もう何も奪われたくない。それは自身の命ですら同様だ。しかしどうすればいい。どうしたら使える。いや、これは考えても無駄なんじゃないか。そもそも、魔法を●●●を理解して使うということが理解できない。
村の子どもたちがよく言っていた。飛べないアーチェをなじりながら、彼等はとても重要なことを言っていたのだ。飛ぶことは理屈ではないのだと。飛んで理解するものなのだと。今、彼らに言っていたことが理解できた気がする。
これは考えてはいけないのだ。ただ、流れるように使えばいい。変に意識をする必要はない。アーチェは静かに目を瞑ると、体を集中させた。
体中が僅かに痺れていくのを感じる。それは徐々に大きくなっていき、心拍数が急激に跳ね上がるのを感じた。モデラートの体が当たったときに、何か体が麻痺したのだろうかと最初は思った。しかし、腕も足も問題なく動く。それどころか、身を起こすのにすら大した時間を要さなかった。
まるで自分の体でないかのように、体が宙を舞い、そして地面に着地した。ブーメランはアーチェの手に握られていた。彼はそれを眺めた。二つのブーメランはビリビリと微かな音を立て、その身に雷を纏っていた。
目の前に向かってくる大きな鯨。それを相手に、アーチェは何をすべきなのか本能的に分かっていた。彼の手から、ブーメランが雷を纏いながら離れる。それは普段投げるときとは、比較にならないほど、強く速いものだった。
目で追えないほどの速さで光を描き、そしてモデラートを真っ二つにした。大量の血が、砂漠に舞い散る。それは砂漠というキャンバスに、赤い絵の具を盛大に塗りたくっているような感覚だった。
「これが魔法……!」
アーチェの声は自然とそう紡がれた。僕はここから始まるのだと、漠然とした未来だけが頭に浮かんで、そして消えていった。
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