99.二回目の恐怖
こちらに向かってくる物体にロロの影が見えた。
「ソラ!」
「ロロ」
ソラはロロの姿を見て安堵した。一瞬だけだが、最悪の想像をしてしまった。しかし、実際には彼は無事で、こうやってこちらに向かってくる。アユリアという少女も一緒にその物体に乗っていた。それは鳥のように両側の翼を広げ、そのままソラたちの横を通り過ぎようとする。
「掴まってくれ!」
アーチェが物体の端を掴んで、上に体を持ち上げた。アユリアは放心状態に見えたが、アーチェの体を引っ張った。彼が驚いた顔で、お礼を言うのが見えた。ソラも物体に掴まると、そのままその上に降り立った。
「よし! このまま上に上がるぞ」
「待って! ヘリオが、あとリトがあの森にいるんだ」
そのまま何やら棒のようなものを上に上げようとした、ロロにアーチェが声をかける。恐らく、あれがこの物体の方向を動かしているのだ。
「悪ぃ、無理だ。これ以上は下に下がれない。墜落しちまう!」
ロロは物体が大きな音を立てる中、声を飛ばした。
「リトがあそこに……」
アユリアが燃え盛る炎をその目に映しながら、呟いた。彼女がどんな感情を抱いているのか、分からない。魂が抜け落ちた人形のように森を見つめていた。
ソラは縁の方に近づき、森の奥を眺めた。物体は森からどんどんと離れていく。風の向きからしてその方角に進むのが難しいのだ。森には火が燃え移っている。緑色の美しい森が、赤い光に呑まれていった。リトがヘリオを連れて、逃げ出してくれていることに期待するしかない。
同じ名前の彼を思い出し、ソラは胸が痛くなった。ソラが大事だと思うものは、ことごとく離れていくようなおかしな感覚だけがあった。
◆
「はぁ、疲れた!」
ロロは体を荒野に投げ出すと、息切れをした。長いこと操縦をしていた彼はかなり体力を使ったようで、少しもそこから動く気配がない。
「酷い着地だったよ」
アーチェがプスプスと変な音を立てている、飛行船という乗り物が地面に着地したのだ。危うい操縦のため、何度もその体を飛行船にぶつけたようで、痣が多くできていた。
ロロが操縦する飛行船はかなりの難航を極めた。元々、ロロは操縦士ではないのだ。不安定に揺れる飛行船が上手く着地できるはずがなく、その飛行船はもう使いものにならないということだけが分かった。
「お祖父様……。リト……」
アユリアはかなりのショックを受けているようだった。いきなり、故郷が燃えれば無理もない。おまけに見知らぬ地に連れてこられたのだ。
「ここどこだろう。いつも、それを答えてくれた人がいる気がするんだけど」
アーチェはキョロキョロと辺りを見渡した。アーチェの言う通り、ソラたちは自分たちがどこにいるのか分からなかった。そして、それと同時にそれを確認する相手はアユリアしかいないと思った。だが、とても聞ける状態ではない。杖を握りしめ、ボーッとしていた。しばらく、放置するしかない。
「元の場所に戻った方がいいよね」
アーチェはヘリオのことを言っていた。少しの間とはいえ、自分たちが孵した竜だ。みんなの子供のような彼女を迎えに行かないわけには行かない。ソラは初めて辺りを確認した。
荒野だと思っていたが、ここは砂漠ではないかと思った。地面も歩きにくく、やけにサラサラとした砂が靴に纏わりつく。荒野だと思ったのは、ソラがそう思っただけなのだ。砂漠には嫌な思い出がある。セザールとの出会いは幸運だったが、それ以外はずっと苦労の連続だった。
蟻地獄、シュトラーゼ、モデラート。それらを思い出し、ソラは身が強張るのを感じた。アーチェも同じことを思っていたようで、靴の裏にこびりつく砂を厄介そうに払っている。
「まさかと思うけど、ここにはアレはいないよね」
「うん、いるはずないよ」
彼の言葉にソラは頷いた。本当にそう思っていたわけではない。ただ、気持ちを落ち着かせたいだけだ。
しかし、呼吸を整えたロロが足だけを使って立ち上がると、さらっと言った。
「いや、いるだろ」
二人が無言になったのは言うまでもない。最年少のロロは足で砂を蹴り始めた。そんなことをしても、砂はなくならない。
「ここって、もしかしてエルデア砂漠?」
黙りこくっていたアユリアは、ようやく口を開いた。そして、ガタガタと震えだした。アーチェが彼女に問いかける。
「知ってるの?」
「あぁ、信じたくない。ここがエルデアなんて……」
話ができると思ったのも束の間、彼女はすぐに元の調子に戻ってしまった。
「会話は無理そうだね」
アーチェがため息をついた。実際に彼女はただ、思い浮かんだ言葉を口走っているだけで、意思の疎通は困難を極めていた。
「なぁ、なんか地面が揺れてないか」
ロロがそう口にした時には、ソラはアユリアのローブを引っ張ると、上に飛び上がっていた。家一つが丸ごと入ってしまうのではないかと思うほど、大きな口を開けたモデラートの姿がそこにはあった。
間一髪のところでそれをかわし、ソラは相手から距離をとった。咄嗟に反応できたのは奇跡だ。少しでも遅れていたら、ソラの足はあの大きな口に飲み込まれていただろう。
アユリアは口をパクパクさせながら、まだ意識がしっかりとしていなかった。逆にこの状況では、実態を理解できないことは幸せなことなのかもしれない。
ロロは既に、ソラと同じくモデラートから距離を取っていた。しかし、アーチェの姿が見当たらない。ソラは最悪の想像をしながら、アーチェの姿を探した。
アーチェはモデラートの体が当たったようで、遠くまで飛ばされていた。幸い、大きな怪我はしていないようだが、すぐに体が反応できる状態には見えない。
ソラとロロはほぼ同じタイミングで駆け出したが、間に合わない。
走っている最中、モデラートの大きな悲鳴が聞こえた。
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