コイバナ: 「大掃除の話」
「あ、こんなところにもあった」
部屋の大掃除をしていたら、2日前に別れた彼の写真が机の裏から出てきた。
「全く。何でこんな所に落ちてるのよ。何かの嫌がらせ?」
私はその写真をゴミ袋の中に無造作に入れた。
人によって、失恋した後の行動って色々あると思う。
髪を切ったり、服のスタイルを変えてみたり、旅に出たり。
私の場合、それが「大掃除」なのかもしれない。
部屋の中をひっくり返して、別れた彼の残した痕跡を全て取り除く。
そうしているうちに、心の中に残された痕跡も取り除かれていくような気がした。
写真と彼の歯ブラシはすでにゴミ袋の中に突っ込んだ。彼からもらったプレゼントは、好きなものはちゃっかりととっておく。あんまり趣味じゃなかったものは、物に応じて行き先が変わる。
ベットの下から、何故か彼の靴下を発見した。
「わざと? わざとなの? あったまきた! ふざけんなぁ!」
私はよれた靴下に向かって叫ぶと、その靴下を力いっぱい、気合と共にゴミ袋の奥のほうへと突っ込んだ。
靴下を触った手に「彼菌」とか残ってそうで、洗面所に手を洗いに行く。そう。彼の私物は、今の私にとっては性質の悪いバイキンと同じだ。
見るだけでも、あの時を思い出して頭の中が侵食されて胸焼けがする。
2日前。
電話で呼び出されてウキウキと会いに出かけた私を待っていたのは、衝撃の事実。
「俺、結婚するんだ。ごめん」
フラっと浮気した相手に、子供ができちゃったそうだ。
本人はそう言ったけど、その「フラっと」の度合いがどのくらいの「フラっと」だったのかは疑わしい。
大体、「フラっと」キスする程度ならまだしも、「フラっと」やっちゃうっていうのは、どうなのよ?
そこまでくると、「フラ」よりは「グラ」とか「ドスン」とかの方が合っているような気がする。
でも、「ドスン」と彼氏に浮気される女っていうのも、それはそれで悲しいものがある。
っていうか、彼氏にできちゃった婚をされて、他に考えることがあるだろうに、私。
それとも、こんな私だからいけなかったの?
彼には特に何も反論しなかった。
というか、余りにショックで何も言えなかった。
それに、反論したところで、向こうにはできちゃったものがあるわけだし、完敗じゃない。
浮気(というより、今となっては向こうが「本気」)の相手が誰なのかは知らない。そんなこと、知りたくもなかった。誰かわかって、その人と自分と比べたりとか、そんなの絶対に嫌だ。
私にだって、プライドってものが少しはあるのよ。
彼と別れたその後は、何が起こったんだか頭が勝手にあれこれといらない妄想を始めて、脳がオーバーヒートしてしまった。
そのせいか、昨日は頭がボーっとしていて、何もする気がおきなかった。
昨日が土曜日で本当に良かった。
これが平日だったら、会社をクビになりかねない。
男に振られた上に会社にも振られたら、この先私はどうやっても立ち直れない。
夜になったら、どういうわけか涙がガンガン流れてきた。
しこたま泣いた後にお風呂に入ってぐっすり寝たら、今朝はすっきりと目が覚めた。
すっきりついでに生まれ変わってくれてたら楽だったのに、とか不毛なことを思いながら起きて、朝ご飯を食べて散歩に出た。
昨晩、小学生並みに早寝しちゃったもんだから、今朝はラジオ体操ができるくらい早起きしてしまった。
朝の空気がこんなに気持ちいいなんて、しばらく忘れていたかもしれない。
気分をすっきりさせるついでに、部屋の中もすっきりさせることにした。
彼と付き合っていたのはそんなに長い年月ではなかったと思っていたのに、意外と色んなところで彼の痕跡が見つかった。
自分が昔から持っていたのに彼との思い出が付随した物とかあって、結構厄介だ。
でも、そんなことを考え始めると、「ベットも捨てなくちゃ!」とかいう羽目になってしまう。
「ああ、もう! やつを部屋の中に入れなきゃよかった!」
さらに不毛なことを考えながら、私の大掃除は午後まで続いて、寝具までひっくるめた「大洗濯」が終了したころには夕方になっていた。
整頓されて、少し模様換えもした部屋は、昨日とは大分違って見えた。
「これで、私も少し変われればいい。うん」
私の机が場所が少し移動になっただけで元は同じ机な様に、私も元の私が変わるわけじゃない。
でも、机から見える窓の景色が少し変わったように、私も少し、違う世界を見られればいい。
それに、もし新しい彼氏ができてその彼がこの部屋に遊びに来たとしても、元カレの写真や靴下を発見される事は、まず無いしね。
「コイバナ」シリーズ6作目です。随分、間が開きました。だって、お題が浮かばなかったんだもの(涙)。
今回の「私」はかなり元気なお嬢さんです。何かスポーツやってそうな。
御感想や次回のお題の希望等、ございましたらお願いします。