やり過ぎた?
久し振りに弾いた。
死んでなければ、ピアニストか物理学者になりたかった。死んでなければ。
まぁ、物理を専門にするか、数学を専門にするかは大学に入ってから決めようと思ってたけど。
「…どう!?」
私は誇らしげに胸を張った。
パラパラ…となる拍手。
そう、ここは演奏会場では無かった。
3人とも目を丸くして手を叩いている。
(…やっちゃったかぁー)
やってしまったものは仕方無い。どうとでもなれだ。
私はドヤ顔で席に戻った。
「…実はねぇ、皆に内緒にしてたけど、弾けたんだよねぇー」
先手必勝、ここは自分から攻めた方が有効だろう。
「凄いねぇ…」クランタはまだ信じられない、という顔をしている。
「素晴らしい演奏でしたよ、エメル姫」
レフィ王子が褒めてくれた。こういうところは流石だなと思う。
「ねえ、兄者」
「あぁ、ああ。本当に素晴らしい演奏でした。先ほどのは曲名…ですか」
ファルシア王子も、豆鉄砲を喰らったような顔をしている。むふ…惚れるなよ?
「そうなんです。フレデリック・ショパンの作曲です」
「フレデリック・ショパン?」
あぁ、しまった。私の生きてる(生きていた)世界じゃないんだ、ここは…。
「あっ…ま、素晴らしい曲だってことで…良いじゃないですか」
「そうですね、いや本当に素晴らしい。能ある鷹は爪を隠されていたんですね」
「いやー、それほどでも」
先ほど前と、明らかに3人の表情が変わってしまったことに気付いた。
これまでのお茶会との関係性を、私が崩してしまったのだ。
それからしばらくまたお茶会は続いたけれど、男性2人の私を見る目が、明らかに変わった。
今までは『無視』という状態だったのに、ちらちらと視線を感じるようになった。
(…あっちゃー…ま、仕方ない)
「エメル姫はピアノ以外に趣味はおありですか」
ついに、ファルシア王子から『私への』質問が飛び出した。これまでの3人のお茶会が、4人のお茶会へと変貌を遂げたのだ。
「…趣味、ですか?」
「はい。好きなこととか」
「好きなこと、ですか…そうですねー…」
正直に答えた方が、私らしいなぁと思い、本音でしゃべることにした。
「数学と物理ですね。数学と物理をやっている時は、本当に『楽しいなぁ!』って思いますね」
「…数学と物理、ですか」
「はい!」
「これは驚いた!とんでもない才女でいらっしゃいましたか…!」
「いえいえ、好きでやっているだけですから」
クランタが『何を言っているの?』という顔で見ている。私は気が付かないフリをした。
「この場をどうしてくれるの?」という意味なのか
「数学と物理なんて、できなかったじゃない」という意味なのか
深くは分からないけど。
「個人的には数学者でしたらゲーデル。物理学者でしたらファインマンに憧れています」
「ゲーデルとファインマン、ですか」
ファルシア王子とレフィ王子は『もう付いていけない』という表情をしていたが、興味深々な表情で私を見ていたこと、見逃さなかった。