レフィ王子とピアノ
「はいっ?」
思わず振り返った。
「お一人で黄昏れていたんですか?」
「…風が気持ち良くて、思わずぼけっとしていました」
ファルシア王子とは違い、漆黒の髪。
ファルシア王子を『真面目』と評するなら、この男は『ちょっと胡散臭い』感じ。直観的に。
たぶんレフィ王子だと思うけど、確証が持てない。
「お名前は?」なんて聞けないし。本当は聞きたいけど。
「エメル姫にしては珍しいことをされますね!」
男は笑い出した。プッと吹きだすような、いかにもな笑い方だ。
それにこの男のセリフから察するに、いつもの私は黄昏れたりはしないらしい。
「…たまには『浸りたい』時だって、私にもありますわよ」
「おっと、これは失礼」
「ファルシア王子殿と、クランタの邪魔をしないようにしているんです」
「気を遣われてるんですね。素晴らしいことです」
この男が何を考えているのか知りたい。別に思ってもいないことだけど、色々と聞いてみる。
「そうです。ファルシア王子殿とクランタが良い感じになればと」
「そうですねぇ」
「…あら、やっぱりそう思われますか」
「貴国と我がエジンバラ王国がより良好な関係を築くことができますからね」
何だかしっくりと来ない言い回しんだよね…と思った。
素直に祝福してる気があまり伝わらないんだよねー…。もしかして?
「クランタのこと、『やはり』気になりますか」
「…えっ?いや、そういう訳ではないですよ」
やっぱりー。たぶんこの男もクランタのこと気に入ってるんだな、たぶん。
「姉の私が言うのもなんですが、クランタは美しいですもんね…」
ちょっと遠い目をしながら、言ってみた。
「本当に美しいですな」
…ちょっとカマを掛けてみたくなった。
「…私よりも、ですか?」
「…えぇ?」
内心「どうせあんたもクランタのこと、好きなんでしょ!」と思いつつ、私のことはどう思ってるのか知りたくなった。
「エメル姫も、大変お美しい」
「あら、お世辞がお上手ね」
「…今日の姫、いつもと違いますね」
(…あっ、やり過ぎた?)
「おぉい、2人とも中に入らないか?」
ファルシア王子が助け舟を出してくれた。まさに渡りに船。危なかった。この男、カンが鋭い感じだったから。
男性2名、女性2名。まさに合コン。
大学に入学したらやってみたいな…と思っていたのに、まさかこんな早く経験できるなんて…!滅茶苦茶、わくわくした。
…そうだ、大人しくしてなきゃいけないんだった。陰キャしてろ、ってことか。
そこからは男性2名、女性1名。お供1名という画になった。
ファルシア王子とレフィ王子がクランタに話かけ、クランタが笑っている。なんだこの分かりやすい構図は?
私は『なんとなく』皆の顔を見ながら、『なんとなく』笑う。
男性陣は私の方をチラリとも見ない。なんとも清々しい。
…そもそも、そんなに不細工ではないよな?私。
なんで『以前のエメル』はこんなにものけ者にされているのか。まぁ、良いけど。
皆の話も上の空で聞いていると、部屋の片隅に置いてあるグランドピアノが目に入った。
(あぁ、ピアノ置いてあったんだ)
「はいっ…!!」私は突然手を挙げた。3人の動きがピタリと止まった。
「エメル…?どうしたのですか?」
「体調でも悪くなったのかな?」ファルシアが少し焦りながら尋ねた。
「いえ、皆さんがおしゃべりされている間、私、あのピアノ弾いていて良いですか」
勝手にすたすた歩いていって、勝手に弾いても良いけど…念のため許可を取ることにしたのだ。
「…え?ピアノ?エメル、弾けるんですか?」
クランタの瞳には『何を言ってる』と書いてある。
「うん、得意よ」
そして私はピアノに腰を下ろした。
楽しい空間。
そしてそれと共にあるピアノの音色。
私の脳と指は『英雄ポロネーズ』を選択していた。
約7分。部屋の中では誰も微動だにしなかった。
「…ふぅ」
演奏を終えても、皆ピクリとも動かなった。
「…エメル?あなたピアノ弾けなかった…じゃない」
「…今の、何」クランタが軽く引いてる。
「今の?英雄ポロネーズ」
「は?」
「あぁ、ごめん。ポロネーズ第6番/変イ長調/作品53」
「はぁー?」
「え?正式名称ってことじゃないの?」
「なぁんだー!」私は笑った。でも誰も笑って無かった。