ファルシア王子
「絶対、共鳴しちゃった気がするんだよねー…」
「…まだ言っているのですか?」
「えぇー…横風も吹いてたしさぁ。自励振動も絶対してるだろうしさぁ。剛性を補強しているようにも見えないし…」
「えっ…?エメル、一体何を言っているのですか?」
「いいの、いいの。何でもない。て言うか、あれがエジンバラ王国?大きくない?」
「そうですね。私たちの住むアレンド王国とは比べものになりません」
「…ほんとに凄い」
あの吊り橋、絶対に補強した方が良いと思う。でもこんな時代じゃ風洞模型実験も行えないだろうし、乱流のシミュレーションもできないよなぁ…
そんな事をぼんやりと考えていると、馬車はエジンバラ王国に到着した。
「遠路はるばる、大変お疲れさまでした」
月に1度来ているからなのか、想像よりは地味な出迎え。
マンガで見たことがあったような市民総出の出迎えを期待していた私は、ちょっとした肩透かしをくらった気分。
「エメル、いつも通りにしていて下さいね」
ずっと言われている『いつも通り』。本当のエメルを知らない私にとって、一番の難関だ。
察するにクランタにとっては大切なお茶会のようだから…顔を潰さないように振舞った方が良さそうなことは分かった。
宮内を歩き「いつもの」ホールへと案内される。
「やあやあ!遠路はるばる、ありがとう」
大きなダミ声がホール内に響き渡る。
「カイル王、本日もよろしくお願いいたします」
クランタの背筋がピンと伸びた。
いかにもな口ひげを蓄えた、眼光鋭い男性だ。クランタ同様、周囲の人達の姿勢も先ほどまでとは違う。
「や、これはエメル姫。そなたも今日は楽しんでもらえると嬉しい」
首だけを『くいっと』私に向けた。その仕草だけで私の存在意義が分かってしまった。
(…まったく。本当の『エメル』ってどんな奴なのさ…)
「はい。本日もお招き頂き、ありがとうございます」
にっこり笑っておいた。
ギイ、と扉が開き、若い男性が部屋に入ってきた。
「これはエメル姫、ご無沙汰しております」
スラリとした体型にキャラメル色の髪。作られた笑顔が眩しいやつが入ってきた。
「ファルシア王子!ご無沙汰しております」
…おいおい、クランタの声が1オクターブ上がったじゃんか。
(…こいつがフィルシアかぁ)
「ご無沙汰しております、ファルシア王子」どうやら私は大人しくしておく必要があるらしいので、おしとやかに答えておいた。
「お二人とも、遠い所ありがとう。疲れたでしょう」
「そんなことありませんわ。ねぇ、エメル?」
「あっ、あぁ、そうだね」
「…?」
ファルシアの視線が一瞬こっちを向いた。いつもと違うって思われたかなぁ。いや、私は分からないのよ。『以前のエメル』を。
たぶん私はあまりしゃべらない方が良い。笑顔を振りまいて、大人しくしておこうと思う。主役はあくまでもファルシア王子とクランタなのだから。
「…すみません、ちょっと外の風に当たりたくて」
空気を読んで、席を外すことにした。頑張れ、クランタよ。
2階のベランダで浴びる風は心地よく、少しだけ草の香りがした。
どこまでも伸びる緑の景色。
アレンド王国も、このエジンバラ王国も。どちらも農業がメインなのかなと考えた。
さっきの吊り橋を見てると、まだまだ進んだ理科や数学は存在してないっぽい。
スマホなんてあるわけないしね。
そういえば自分の置かれた状況について、ゆっくりと考えた事がまだない。
そもそも言葉も通じて、文字も読めるのが不思議。
私がこの世界の言葉を勝手にしゃべれているのか?その辺りも良く分からない。
…コミュニケーションできてるから、まぁ良いけど。
雰囲気や見た目は絶対に『日本』じゃ無いんだよなぁ。
で、ファルシア王子とクランタが婚約するって流れだよね?
どう見てもエジンバラ王国の方が、大国って感じ。
てことは…?
私たちのアレンド王国は、割りと貧しいんだなぁ、きっと。
そうかそうか、クランタが嫁ぐことによってアレンド王国は潤うってわけか。
あぁ、素晴らしき政略結婚だなぁ。
…で、私はもらい手が今のところはいないってわけね。切ないねぇ、エメル。
はぁ、これからどうしよう。
視界に影が入り込んできた。
誰?
「エメル姫、ご無沙汰しています」