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第8話 吸血鬼の本能、そして暴かれる真実

激闘の末、獣と化した化け物を『終末の黒き太陽ノヴァ・エクリプス』で完全に消滅させた俺――キリス・コーツウェル。

しかし、その代償は大きかった。

全身を襲う、凄まじい疲労感とダメージ。

立っているのもやっとで、視界がグラグラと揺れる。

魔力を使い果たした影響か、それとも吸血鬼としての本能か……。


(血が……飲みたい……)


喉がカラカラに渇き、強烈な飢餓感が全身を支配する。

血を飲めば、きっとこの消耗も一気に回復するはずだ。

そんな考えが、頭から離れない。


(……って、俺は何を考えてるんだ!?)


ハッと我に返る。

そうだ、これが吸血鬼という種族の本能なのか。

人ならざる者になってしまった以上、避けては通れない、血への渇望。

その抗いがたい欲求に、意識が飲み込まれそうになる。


ぐらり、と体が傾ぐ。

コメント欄に、心配する声が殺到しているのが視界の端に映るが、もうそれを見る余裕もない。

そして、俺の意識は、ぷつりと途絶えた。


次に気がついた時、俺は柔らかい何かに横たわっていた。

ゆっくりと目を開けると、心配そうな表情のジョンとサラが、俺の顔を覗き込んでいるのが見えた。

そして、俺の胸元には、小さな温もりが……。


「キリスさん! よかった、目が覚めたのね!」


それは、キャシーだった。

俺が目を覚ましたことに気づき、ぎゅっと抱きついてくる。

その小さな腕に、白い布が巻き付けられているのに気づいた。

まさか……!


「俺たちを助けて気を失った君に、吸血鬼だって言ってたことを俺が思い出したらな……キャシーが、自分の血を飲ませてあげてって言って聞かなくて……」


ジョンが、気まずそうに説明してくれる。

気を失っている間に、そんなことがあったのか。

どうりで、あれほど強かった血への渇望が消え、魔力も体力の傷も、ほとんど回復しているわけだ。


「キャシーちゃん……」


俺は、そっとキャシーの頭を撫でる。

この小さな女の子が、俺を助けるために、自らの血を差し出してくれたというのか。


目覚めた俺に気づいた視聴者たちからも、安堵と喜びのコメントが殺到している。

中には、吸血シーンを期待していた不謹慎な輩もいるようだが、今はスルーしておこう。


「まさか……本当に吸血鬼だったとはな。まあ、出会ってから今までの、様々なデタラメな出来事を見れば、疑う余地もなかったが」


ジョンが、苦笑いを浮かべながら言う。

彼の表情には、もう俺に対する警戒心はないようだ。


「あはは……その節は、ご迷惑をおかけしましたわ」


俺も苦笑いで返す。

そして、キャシーに向き直り、真摯な眼差しで言った。


「キャシーちゃん、ありがとう。貴方のお陰で、わたくしは助かりましたわ」

「ううん! キリスさんが元気になってよかった! 私たちを助けてくれて、こちらこそありがとう!」


キャシーは、太陽のような笑顔でそう言ってくれる。

その純粋な優しさが、俺の心に温かく染み渡った。


「よし! 化け物は死んだ! さて、みんなでこの街を脱出するか!」


ジョンが、気合を入れるように声を上げる。

警察署の危機は去った。

あとは、このゾンビだらけの街から無事に脱出するだけ……のはずだった。

だが、俺にはまだ、やらなければならないことがあった。


俺はゆっくりと立ち上がり、ジョンとキャシーの隣に立つサラをじっと見つめた。

彼女の表情は、夫と娘が無事だったことへの安堵と、どこか怯えが入り混じった複雑なものだった。


「……あの化け物を生み出したのは、貴方ですね? サラさん」


俺の言葉に、その場の空気が凍りついた。


「な、何を言ってるんだキリス!? サラがそんなこと……!」


ジョンが、驚愕と怒りの表情で俺に詰め寄る。

当然の反応だろう。

だが、俺はジョンから視線を外さず、真っ直ぐにサラを見据えた。


「……何を、言っているのかしら、貴方」


サラは、かろうじて平静を装いながら答える。

だが、その瞳の奥が、微かに揺らいでいるのを俺は見逃さなかった。


「アルストロメリア製薬、主席研究員のサラ・コナーズ。不老不死の薬の開発を目的とし、アラスカで発見された太古の植物から抽出した、生物の成長とDNA進化を急激に促進する成分を解析・発展させ、未完成の薬品を開発。それを、治験と称して人間に投与した結果……先ほどの、あの化け物が誕生した」


俺は、淡々と、しかし確信を持って言葉を続ける。

これは、ゲームの終盤、アルストロメリア製薬の研究所で明らかになる衝撃の真実だ。


「そして、暴走した化け物が研究施設を破壊した際、割れた薬品の瓶から漏れ出した液体を浴びた研究員たちが、次々にゾンビ化。彼らが街へ解き放たれ、民間人に噛みつくことで、このパンデミックは爆発的に拡大した……そうでしょう?」


俺の言葉に、サラの顔から血の気が引いていく。

ジョンとキャシーは、信じられないといった表情で、俺とサラを交互に見ている。


「……あなた……なぜ……それを……全て知っているの……!?」


サラが、震える声で呟く。

彼女が隠し通してきたはずの秘密を、なぜ見ず知らずの俺が知っているのか。

その事実に、彼女は恐怖を覚えているようだった。


「サラ!? 本当なのか……!?」「ママ……?」


ジョンとキャシーが、困惑と悲痛の声を上げる。

しばらくの間、彼らの間で「嘘だと言ってくれ!」「本当のことなのよ……」という、痛ましいやり取りが続いた。

やがて、サラは力なく俯き、小さな声で呟いた。


「……ごめんなさい……」


そして、次の瞬間。

サラは、懐から小型の拳銃を取り出し、自らのこめかみに銃口を当てた。

そして、躊躇なく引き金を引いた――。


カチッ。


しかし、弾丸は発射されなかった。

乾いた撃鉄の音だけが、静まり返った地下駐車場に響き渡る。


「ど、どうして……!?」


サラは何度も引き金を引くが、結果は同じだった。

その様子を冷ややかに見つめながら、俺はポケットから数発の銃弾を取り出し、手のひらの上で転がした。


「全て、抜き取らせていただきましたわ」


彼女を問い詰める前に、こうなることを予測していた俺は、彼女が気を失っている間に、こっそりと銃弾を抜き取っておいたのだ。

我ながら、用意周到すぎる。


「後悔の念があるのなら、法廷の場で全てを明らかにしてください。そして、アルストロメリア製薬の闇を世界に伝え、貴方自身の罪も償うのです。死は……逃げでしかありませんわ」


俺の言葉に、サラは泣き崩れた。

ジョンとキャシーが、そっと彼女に寄り添う。

彼らにとっても、これは辛すぎる真実だろう。

だが、サラに死なれることなく、この結末にたどり着けたことは、原作を知る俺からすれば精一杯のハッピーエンドと言えるのかもしれない。


「ごめんね、ジョン……キャシー……」


サラが、嗚咽混じりに謝罪の言葉を口にする。

ジョンは、そんな彼女を強く抱きしめながら言った。


「謝らないでくれ、サラ。とんでもなく悪いことをしたのは、アルストロメリア製薬だ。君は……利用されただけなのかもしれない。だが、それを隠したり、なかったことになんて出来ない。キリスは、君に償うチャンスを与えてくれたんだ」


キャシーも、涙を流しながら、俺に小さな声で言った。


「お姉ちゃん……ありがとう……」


その言葉に、俺の目からも、自然と涙が溢れ出ていた。

ゲームの悲劇的な結末を、少しだけ変えられたのかもしれない。

その達成感と安堵感で、胸がいっぱいになった。


コメント欄も、この予想外の展開に、感動と感謝の言葉で溢れていた。


『まさかの原作改変END……!』

『絶対に死ぬはずだったキャシーとサラが生きてる……だと……!?』

『キリスたん、マジでありがとう! 最高の配信だよ!』

『これは伝説になる……!』


俺は、涙を拭いジョンとサラ、そしてキャシーに向かって、力強く微笑んだ。

まだ、戦いは終わっていない。

この街を脱出し、そして、アルストロメリア製薬の罪を白日の下に晒すまで。

俺の異世界配信は、まだまだ続くのだ。

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