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第7話 絶望の獣と黒炎の魔法、そして……

首を失ったはずの化け物が、おぞましい獣の姿へと変貌を遂げた。

生命の危機に瀕したことで、体内のウイルスが暴走し、より攻撃的で、より生存に特化した形態へと進化したのだろう。

その姿は、もはや元の面影を留めていない。

鋭い牙が並ぶ巨大な顎、獲物を引き裂くための強靭な四肢、そして全身を覆う硬質化した皮膚。

先ほどまでの人型とは比較にならないほどの、圧倒的なプレッシャーを放っている。


「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」


獣と化した化け物が、再び咆哮した。

その声は、地下駐車場全体を震わせ、俺の鼓膜を激しく揺さぶる。

そして、次の瞬間。


ドッ!


化け物の四肢が地面を蹴り、凄まじい速度で加速。

一直線に俺めがけて突進してきた!

その速さは、先ほどの人型の時とは比べ物にならない。

まるで弾丸だ。


「しまっ……!?」


反応が遅れた。

咄嗟に腕をクロスしてガードの体勢を取るが、その程度では間に合わない。

強烈な衝撃が、俺の体を襲った。


ゴシャァァァッ!!!


まるで大型のダンプカーにでも撥ねられたかのような、凄まじい衝撃。

ガードした腕が軋み、全身の骨が悲鳴を上げる。

俺の体は、いとも簡単に数メートル後方へと吹き飛ばされ、駐車場の壁に叩きつけられた。


「ぐっ……はぁ……!」


背中と後頭部を強打し、一瞬、意識が飛びそうになる。

もし、普通のVチューバーだったら……いや、普通の人間だったら、間違いなく即死だっただろう。

ミンチどころか、肉片すら残らなかったかもしれない。


視界の端のコメント欄が、俺を心配する声で埋め尽くされる。


『キリスたーーーーん!!!』

『うわあああ、今のヤバいだろ!?』

『大丈夫か!? 返事してくれ!』

『もう無理だよ……逃げて……』


「……ふふっ、心配いりませんわ。真祖の吸血鬼は……この程度では、倒れませんことよ……!」


壁にもたれかかりながら、なんとか声を絞り出す。

強がり半分、本気半分。

確かにダメージは深いが、まだ戦える。

キリス・コーツウェルの体は、想像以上に頑丈らしい。


しかし、どうしたものか。

この獣型の化け物……正直、今の俺の物理攻撃では分が悪い。

本来、この化け物はゲームの最終盤で登場する、いわばラスボスだ。

ロケットランチャーやグレネードランチャーといった重火器を駆使し、最後は研究所に保管されていた超大口径のレールガンで木っ端微塵にして、ようやく倒せるほどの強敵。

それを、今の俺は素手で殴り合っている。

人間とは比べ物にならないパワーを持った吸血鬼とはいえ、無謀にも程がある。


攻撃を避け、殴ったり蹴ったりを繰り返すが、化け物の動きは俊敏で、なかなかクリーンヒットさせられない。

たまに攻撃が通じても、怯ませたり、肉体に穴を開けたりする程度。

その傷も、暴走したウイルスの力で、瞬く間に再生してしまう。

イタチごっこだ。


「火力が……圧倒的に足りない……!」


もっと、一撃で大きなダメージを与えられる攻撃手段が必要だ。

火力……そういえば。

最初にキリス・コーツウェルのアバター設定を練っていた時、飛行能力の他にも色々な能力を考えていたことを思い出した。

中二病全開で、様々な魔法が使える、なんて設定も付け加えていたはずだ。

だが、このファンタジー要素ゼロのリアルなゲーム世界で、そんなものが本当に使えるのだろうか?

半信半疑だったが、試してみる価値はある。


俺は背中の翼を大きく広げ、一気に跳躍。

化け物との距離を大きく取る。

そして、おそるおそる、右手を前方にかざし強くイメージした。

渦巻く炎を。漆黒の、全てを焼き尽くす炎を。


すると――。


ボッ!


俺の右手から、まるで意思を持ったかのように黒い炎が噴き出した。

そして、それはみるみるうちに凝縮され、バスケットボールほどの大きさの燃え盛る黒炎の球体となって俺の目の前に出現したのだ!

周囲の空気が揺らめき、パチパチと不気味な音を立てている。


「……本当に、出た」


コメント欄が、騒然となっているのが見えた。


『な、なんだアレ!?』

『黒い炎……だと……!?』

『え、魔法!? このゲームで魔法とかアリなの!?』

『キリスたん、実は異世界転生者だった説www』

『チート能力キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』


俺は、目の前の黒炎の球体に意識を集中し、射出するイメージで右手を突き出した。


ヒュオオオオオオッ!!


黒炎の球体は、弾丸のような凄まじい速度で化け物めがけて飛んでいく。

突進してきていた化け物は、その異様な物体に気づき、避けようとするが間に合わない。

黒炎は、獣の胴体側面に直撃した。


ジュウウウウウウウッ!!! ギャオオオオオオオオオン!!!


化け物が、今までで一番大きな悲鳴を上げた。

黒炎は、その硬質化した皮膚を焼き焦がし、瞬く間に全身を包み込んでいく。

燃え盛りながら後方へと吹っ飛ぶ化け物。

これは、いけるか!?


だが、化け物はまだ死んでいなかった。

全身を黒炎に焼かれながらも、その肉体は驚異的な速度で再生を続けている。

わずかに、再生速度が燃焼速度を上回っているのか。

呻き声を上げながら、化け物は再び立ち上がり、憎悪に歪んだ顔でこちらを睨みつけてくる。


「嘘……でしょ……」


しかも、その体はさらなる変化を遂げようとしていた。

メキメキと骨が軋む音を立て、筋肉が膨張し、さらに巨大化していく。

もはや、ゲームで見たことのない、未知の形態だ。

こいつ、どこまで強くなるんだよ……。


怖い。

めっちゃ怖い。

本気で怖い。


「……ねぇ、視聴者のみんな……逃げていいかな? もう、怖すぎるんだけど……」


思わず、涙声で弱音を吐いてしまう。

キリスの美しい顔が、涙でぐしゃぐしゃになっているのが自分でも分かった。


『逃げんなしwww』

『泣き顔も可愛いとか反則だろ!』

『キリスたんの涙ペロペロ(^ω^)』

『頑張れ♡ キリスたん頑張れ♡ 超頑張れ♡』


……こいつら、全然心配してねぇな!

いや、応援してくれてるのは分かるけど!


「再生を上回る火力で……一気にケリをつけるしかない……!」


俺は、キリスが使える(はずの)魔法の一覧を、目の前の空間にウィンドウのように出現させた。

そこには、俺が中二病全開で考えた、様々な魔法の名前がズラリと並んでいる。

その中で、ひときわ禍々しいオーラを放つ、一つの大魔法の名前を見つけた。


終末の黒き太陽(ノヴァ・エクリプス)


……ネーミングセンスはともかく、効果は絶大そうだ。

どうやって発動するんだ? と疑問に思った瞬間、脳内に直接、その魔法の発動条件と手順が流れ込んできた。

なるほど、威力が高い魔法ほど、発動には複雑な詠唱と、それなりの準備時間が必要なのか。


「やるしかない……!」


俺は覚悟を決め、腕を振り回し、様々な印を結びながら、呪文の詠唱を開始した。

足元には、幾何学模様の複雑な魔法陣が紫色の光を放ちながら展開していく。

体全体から、オーラのような紫色の光と粒子が漏れ出し、周囲の空気がビリビリと震え始めた。

イケる! これはイケるぞ!?


異変を察知したのか、さらに巨大化した化け物が、地響きを立てながらこちらに向かって猛然と走り出す。

まずい! このままじゃ詠唱が間に合わない!


その時だった。


ドガァァァン!!!


一台の乗用車が、横から猛スピードで化け物に突っ込んできたのだ!

車のフロント部分は大きくへこみ、化け物は体勢を崩して派手に転倒する。


運転席から、ジョンが転がるように降りてきた。

彼は、先ほどの戦闘で負った傷で満身創痍のはずなのに、どうやって……。


「キリス! いけぇぇぇ! 何をしようとしてるのかは知らんが、やっちまえええええ!!」


ジョンが、俺に向かって叫ぶ。

その目には、確かな信頼の色が宿っていた。


コメント欄も、ジョンのまさかの援護に湧いている。


『ジョン!! よくやった!』

『かっけええええ! さすが主人公!』

『ジョン、いつの間に目が覚めたんだ!?』

『これは熱い展開!』


「ありがとう、ジョン! さすがは主人公ですわ!」


俺は心の中で感謝し、最後の詠唱を完成させる。

全身の魔力が、極限まで高まっているのを感じる。

両手を大きく化け物に向かって広げ、その忌まわしき敵を睨みつけながら、高らかに魔法の名前を叫んだ!


「喰らいなさい! これがわたくしの全力……! 『終末の黒き太陽(ノヴァ・エクリプス)』!!」


すると、化け物の眼前に、「ドクン」という心臓の鼓動のような音と共に、小さな黒い漆黒の闇が出現した。

それは、周囲の光すら飲み込みながら、ゆっくりと、しかし確実に大きくなっていく。

化け物は、本能的な恐怖を感じたのか、絶叫しながらその闇から逃れようとするが、遅い。

闇は、強力な引力で化け物の体を吸い込み始めた。

肉が、骨が、引きちぎられ、悲鳴と共に闇の中へと消えていく。


やがて、化け物は完全に闇に飲み込まれ、その存在は跡形もなく消滅した。

だが、その直後、化け物を飲み込んだ小さな闇が、一気に巨大化し、周囲の瓦礫や車、果ては駐車場の壁までをも吸い込もうと暴走を始めた!


「しまっ……!?」


このままでは、俺たちも飲み込まれてしまう!


昇華アセンション!!」


俺は慌てて、魔法を制御するためのキーワードを叫ぶ。

すると、暴走していた闇はピタリと動きを止め、次の瞬間、光の粒子となって霧散し、消滅した。


「はぁ……はぁ……はぁぁぁ~……」


全ての力が抜け、俺はその場にへたり込んだ。

辺りには、信じられないほどの静寂が訪れている。

顔を上げると、ジョンと目が合った。

彼は、呆然とした表情で俺を見ていたが、やがて、親指をグッと立ててみせた。

俺は、力なく笑い返し、彼に向かって同じように親指を立てるのだった。

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