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第5話 運命への抵抗、そして迫りくる絶望

警察署への道すがら、俺――キリス・コーツウェルは、ふと道端の花壇に植えられた植木鉢に目を留めた。

そこには、見慣れた緑色のハーブと、赤いハーブが並んで生えている。

『デッドマンズ・シティ』ではお馴染みの回復アイテムだ。確か、緑と赤を調合すると効果が上がるんだったか。


「ジョン様! ご覧になって! ハーブが生えておりますわ!」


俺は、先導する主人公ジョンに声をかける。

彼は振り返り、俺が指差す植木鉢を一瞥した。


「? そうだな。それがどうかしたのか?」


怪訝な顔をするジョン。

あれ? ゲームだと、これを見つけたら喜んで採取するはずじゃ……。


「ひ、拾わないんですの? 回復アイテムですわよ?」

「いや、別に……拾わないが。回復……? すまない、キリス、君が何を言っているのかよく分からないんだ。もしかして、おままごとでもしたいのかい?」


そう言って、ジョンは俺の頭をくしゃりと撫でた。

その手つきは、まるで小さな子供をあやすかのようだ。


「な、な、な、なんでもございませんわっ!」


顔が一気に熱くなるのを感じる。

恥ずかしい! 穴があったら入りたい!

どうやら、この現実化した世界では、ゲームのシステムがそのまま通用するわけではないらしい。

ハーブはただの草花で、回復アイテムとしての効果はないようだ。

考えてみれば当たり前か……。


視界の端のコメント欄は、案の定、俺を盛大にからかっていた。


『おままごとwwwwwwww』

『まさにおハーブ生えますわwww』

『キリスたん、天然さん?www』

『ジョンへ。うちの子がご迷惑を…』

『これは赤面不可避』


くっ……覚えてろよ、視聴者ども!

俺は内心で毒づきながら、ジョンとキャシーの後を追った。


ゾンビの群れを避け、時にはジョンがハンドガンで応戦しながら、俺たちは慎重に警察署へと近づいていく。

やがて、目の前に古びた警察署の建物が見えてきた。

ジョンは、仲間たちの安否を気遣うように、不安げな表情で建物を見つめている。


「みんな……無事でいてくれ……」


正面入り口は、机やロッカーでバリケードが築かれていた。

俺たちは裏口へ回り、ジョンが持っていた鍵を使って地下駐車場へと続くシャッターを開ける。

軋む音を立ててシャッターが上がると、薄暗く、ガソリンと埃の匂いが混じった空間が広がっていた。


「……誰かいるのか?」


物陰から、微かな物音が聞こえた。

ジョンは唇に人差し指を当てて「静かに」というジェスチャーをし、銃を構えながら慎重に物音のする方へと近づいていく。

そして、勢いよく物陰から飛び出し、銃口を向けた。


「動くな! 手を上げろ!」


だが、そこにいたのは敵ではなかった。

息を呑むジョン。

そこに立っていたのは、怯えた表情を浮かべた一人の女性。

その顔を見て、ジョンは目を見開いた。


「……サラ!?」

「あなたは……ジョン!?」


女性――サラは、ジョンの妻だった。

まさかこんな場所で再会するとは。

キャシーが母親の姿を見つけ、駆け寄ってその胸に飛び込む。


「ママ!」

「キャシー! 無事だったのね!」


涙ながらに抱き合う母娘。

ジョンも安堵の表情を浮かべ、二人に歩み寄ろうとした――その瞬間だった。


ドゴォォォォォォン!!!


地下駐車場の分厚いコンクリート壁が、内側から凄まじい勢いで突き破られた!

砂塵が舞い上がり、その中から巨大な影が現れる。

全高3メートルはあろうかという、筋骨隆々とした人型の化け物。

手足の爪は鋭く長く伸び、爛々と光る赤い目が、憎悪に満ちた視線でこちらを睨みつけている。


「なっ……!?」


映画でしか見たことのないような、圧倒的な威圧感を放つ化け物。

こいつ……警察署で遭遇する最初のボスモンスターか!


「サラ! キャシー! 逃げろ!」


ジョンは妻と娘に叫び、化け物に向かってハンドガンの引き金を連続で引く。

ババババン!と銃声が響き渡るが、化け物の硬質化した皮膚にはまるで弾丸が通じている様子がない。


「グオオオオオオオ!!」


化け物は威嚇するかのように咆哮し、凄まじい速度で突進してきた。

その進路上にあった乗用車が、まるでオモチャのように軽々と吹き飛ばされる。

ジョンは咄嗟に避けようとするが、間に合わない。

化け物の巨大な拳が、ジョンの脇腹に叩き込まれた。


「ぐはっ……!」


ジョンはくの字に折れ曲がり、数メートル吹っ飛んで駐車場の柱に激突。

そのまま崩れ落ち、動かなくなった。


「パパ!」


キャシーの悲痛な叫び声が響く。

その声に反応したかのように、化け物がギロリとキャシーの方を睨んだ。

そして、ゆっくりと、しかし確実に、キャシーとサラの方へと歩みを進めていく。


「来ないで! 止まれ!命令よ!」


サラがキャシーの前に立ちはだかり、両手を突き出して叫ぶ。

だが、化け物はそんな抵抗を意にも介さず、邪魔だとばかりに太い腕を一振り。

サラはなすすべもなく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて気を失った。


「ひっ……!」


母親も倒れ、一人残されたキャシーは、恐怖に震えながらその場にへたり込む。

化け物は、その小さな少女の目の前で立ち止まり、鋭く尖った爪を振り上げた。

絶望的な光景。

キャシーの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。


振り下ろされる、死の爪。


しかし――その凶刃がキャシーに届くことは、なかった。


ガキンッ!!


甲高い金属音と共に、俺――キリス・コーツウェルが、キャシーの前に割り込み、腕をクロスさせて化け物の振り下ろした爪を真正面から受け止めていたのだ。


「……間に合った」


ギリギリだった。

この展開、俺は知っていた。

ゲームでは、ここでキャシーはこの化け物に無惨にも殺される。

それが、この『デッドマンズ・シティ』という物語の、悲劇的なプロローグ。

そして、娘を失ったジョンが復讐を誓い、本当の戦いが始まるのだ。


だが――。


「うおおおおおっ!」


俺は渾身の力を込めて、化け物の攻撃を受け止めたまま、強烈な前蹴りをその腹部に叩き込んだ。

「グゴッ!?」という呻き声と共に、巨体が数メートル後方へ吹っ飛ぶ。


「グ……ルルル……」


体勢を立て直した化け物が、憎悪に満ちた赤い目で俺を睨みつけてくる。

その視線を受け止め、俺は叫んだ。


「私は……バッドエンドは、大嫌いなんだよっ!!」


ストーリー展開がどうとか、原作がどうとか、そんなものは知ったことか!

ゲームの筋書き通りだからって、目の前で小さな女の子が殺されるのを、黙って見ていることなんてできるわけがない!

俺がこの世界に来た意味が、もしあるのだとしたら――それは、この絶望的な運命に、抗うためだ!


視界の端のコメント欄が、かつてないほどの熱気と興奮で埋め尽くされているのが見えた。

そうだ、これが俺の異世界配信だ!

誰も見たことのない、結末を、俺が作ってやる!

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