第28話 まさかの18禁ゲー!? トラウマを乗り越え、少女を救え!
佐藤美久との出会いから一夜明け。
彼女の純粋な応援の言葉に背中を押された俺は、キリス・コーツウェルとして、約6日ぶりとなる配信を開始した。
ファンの皆のためにも、そして俺自身の葛藤を乗り越えるためにも、もう一度、本気でこの活動に向き合おうと決めたのだ。
「み、皆様……お久しぶりでございます……! 一週間近くも……お休みしてしまいまして、本当に……申し訳ございませんでした……っ!」
配信開始と同時に、俺は深々と頭を下げる。
キリスのアバターも、俺の動きと連動して、しおらしくお辞儀をしている。
休んでいる間も、SNSには心配のコメントなどがたくさん上がっていた。
その1つ1つが、俺にとっては本当にありがたかった。
コメント欄は、俺の謝罪に対して、様々な反応で溢れかえった。
『キリスたあああああん! 寂しかったよぉぉぉ(´;д;`)』
『おかえりいいいいい! 待ってたぜ!』
『ったく、心配させやがって……。しゃーねーな、今回は許してやるよ(チュッ)』
『無理しないでね! キリスたんのペースでいいんだよ!』
『おかえりなさい、我らが吸血姫様!』
誰かに、こんなにも期待して待っていてもらえるなんて。
Vチューバーを始める前の俺には、想像もできなかったことだ。
この温かい声援に応えるためにも、今日の配信は絶対に成功させなければ。
「皆様、温かいお言葉、本当にありがとうございます……! さて、本日はですね……ちょっと珍しいというか、わたくしがどうしても試してみたいことがありまして、特別なゲームを選ばせていただきましたの」
俺がそう切り出すと、コメント欄には「珍しい……?」「また何かやらかす気か、この吸血鬼はwww」「思わせぶりだな……一体何が始まるんです?」「キリスたんの試したいことって、大体ろくなことじゃない(褒め言葉)」といった、困惑と期待が入り混じったような雰囲気が流れ始める。
「ふふっ、それでは早速、タイトル画面をお見せいたしますわね。本日、わたくしが挑む世界は……こちらです!」
そう言って、俺はPCの画面にゲームのタイトルを映し出した。
そこに表示されたのは、ファンタジー風の可愛らしい女の子のイラストと共に、ゴシック体で書かれた『勇者ファリンと絶望の巣穴』というタイトルロゴ。
サブタイトルはちょっとお見せできないワードが使われた直球表現だったので隠してある。
その瞬間、コメント欄の空気が一変した。
『!?!?!?!?!?』
『おいおいおいおい! これって、まさかあの伝説の……!』
『うそだろキリスたん!? 本気で言ってるのか!?』
『え、何? これ何のゲーム? 俺、知らないんだけど……』
『ちょ、まずいですよキリスさん! それはまずいですよ!』
『エロゲじゃねえかああああああああ!!!!!!!』
凄まじい速度で、困惑と驚愕、そして一部歓喜(?)のコメントが画面を埋め尽くしていく。
そう。この『勇者ファリンと絶望の巣穴』という作品は、何を隠そう、18禁の成人向けゲーム、いわゆるエロゲーなのだ。
もちろん、配信で倫理的に問題のあるシーンを流すつもりは毛頭ない。
だが、このゲームを選んだのには俺なりの、そしてキリス・コーツウェルとしての、深い理由があった。
困惑し「一体何を考えてるんです!?」「キリスたん、ついに壊れたか!?」といったコメントが飛び交う中、俺は静かに語り始めた。
「皆様、驚かせてしまって申し訳ございません。この作品はですね……実はわたくし、以前に一度だけ遊んだことがあるのです。と言いましても、パッケージもなく、後輩から『これ、面白いからやってみてくださいよ』と、ディスクだけを渡されたゲームでして……当時は、まさかこんな内容のゲームだとは、夢にも思っていなかったのですが……」
俺は、遠い目をして、当時を思い返す。
「主人公のファリンちゃんという女の子は、勇者を目指す、とても心優しくて、誰にでも分け隔てなく接するとても良い子なんです。そんな彼女の健気な姿に惹かれて、わたくし、遊んでいるうちに、どんどん彼女のことが好きになっていきましたの」
そう語ると、コメント欄の雰囲気も少しずつ変わってきた。
『あっ……(察し)』
『ほうほう、それでそれで? キリスたんの初恋の話か?』
『このゲームの展開って、確か……うわぁ……』
『キリスたん、トラウマゲーに挑むのか……?』
「村の人々に別れを惜しまれながら故郷を旅立ち、冒険者ギルドで様々な依頼を受け、少しずつ勇者として成長していくファリンちゃん……。わたくしは、彼女の活躍を心から応援していました。ですが……ある日、彼女は依頼の途中で、運悪くオークに遭遇してしまいまして……」
そこで、俺は言葉を詰まらせてしまった。
昔遊んだ時の、あの忌まわしい記憶が鮮明に蘇り、思わず涙ぐんでしまう。
コメント欄には「キリスたん、大丈夫か!?」「無理しないで……」「こいついつもゲームキャラに感情移入してるな」といった、心配する声や、俺の様子をからかう声が入り混じる。
「……それからファリンちゃんは、オークたちに捕らわれ、言葉にするのも憚られるような、酷い目に……延々と遭い続けるのです……。エンディングでは、流石に助け出されるのだろうと、わたくしは信じていました。ですが……一度は助け出されたものの、彼女の心は完全に壊れてしまっていて……。実家で、お母様に優しく看病されているところに、またしてもオークが、今度は群れで襲ってきて……母親も一緒に……うぅっ……!」
ついに我慢できなくなり、俺は声を上げて泣き出してしまった。
キリスのアバターも、美しい顔を涙で濡らし、嗚咽を漏らしている。
こんなシナリオ、あんまりじゃないか!
このゲームの制作者には、本当に人の心がないのか!?
俺は、心の底からそう叫びたかった。
コメント欄は、俺のあまりの悲痛な訴えに同情する声や、もらい泣きする声、そしてやはり面白がっている声など様々な反応で溢れていた。
しばらく泣き続けた後、俺は顔を上げ、決意に満ちた表情で視聴者に向かって宣言した。
「そんな、わたくしの心に深いトラウマとして刻み込まれてしまった、この『勇者ファリンと絶望の巣穴』という作品に、今、わたくしキリス・コーツウェルがダイブすることで! バッドエンドしか存在しなかったファリンちゃんの運命を、このわたくしの持つ力を全力で使って、必ずやハッピーエンドへと導いてみせます! いえ、できるかどうかではありませんわ! わたくしが、彼女を絶対に幸せにしてみせるのです!!」
俺の熱い叫びに、コメント欄も触発されたかのように、一気に盛り上がりを見せる。
『うおおおおおお! キリス様あああああ!』
『そうだ! 俺も当時バッドエンドしかなくて絶望してたんだ!ファリンちゃんを救ってくれ!』
『トラウマを乗り越えて、ハッピーエンドを掴み取れ!』
『待ってろよファリン! 今、最強の吸血鬼が行くぞ!』
『これは伝説の配信になる……! 俺は確信している!』
そうだ、これこそが、俺がこのゲームを選んだ本当の理由。
キリス・コーツウェルとして介入できるこの世界で、俺はファリンを救う。
あの時救えなかった悲しみを必ずここで晴らしてみせる!
俺は、固い決意を胸に「ニューゲーム」の文字を、強くクリックした。
待ってろよ、ファリン!
今、お前を絶望から救い出す、蒼髪赤眼の吸血姫が、お前の元へ向かうからな!




