第21話 吸血鬼の秘密と謎解き、そして最終決戦の序曲
無事にたけると合流し、彼の吸血鬼パワーへの意外なまでの好意的な反応に気を良くした俺は、美弥とたけるの二人を連れて、最後の一人である卓也の居場所へと向かい始めた。
さすがに、美弥だけならまだしも、高校生男子であるたけると、小柄とは言え自分より大きい美弥の二人を同時に抱えて飛ぶのは、いくら吸血鬼の力を持つキリスの体でも小さすぎて無理がある。
仕方なく、俺たちは徒歩で卓也のいると思われる場所を目指すことにした。
道中、たけるは俺に興味津々といった様子で、次から次へと質問を浴びせてくる。
その姿は、まるで憧れのヒーローにインタビューする子供のようだ。
「なあなあ、キリス! 吸血鬼ってことは、やっぱり血を吸うんだよな? 人間の血とか、美味しいのか?」
「まあ、確かに吸血はしますが、普段は普通の人間の食事でも問題ありませんわ。ただ、魔力を大きく消耗した時や、月に一度くらいは……そうですね、良質な血液を摂取しないと、強烈な飢餓感に襲われることがありますわね」
これは、キリス・コーツウェルというアバターを最初に作成した時に、俺が何となく設定した項目だ。
それが、このゲーム世界では現実の能力として反映されているはず。
むやみやたらに人間を襲うような、野蛮な吸血鬼にはなりたくない。
節度ある吸血ライフを送りたいものだ。
「へえー! じゃあさ、キリスに血を吸われたら、その人は眷属ってやつになるのか? んで、眷属になったら、吸血鬼みたいなパワーが目覚めたりすんの!?」
「ふふっ、そんなに簡単にはいきませんわ。ただ血を吸われただけでは、眷属にはなりません。眷属化の儀式は、満月の力が最高潮に満ちている夜に、わたくしが強く相手を眷属にしたいと望みながら血を吸い、同時にわたくしの牙から、わたくしの血を少量相手に流し込むことで初めて成立しますの。そして、眷属となった場合、わたくしほどの力は得られませんが、個人差はあれど、以前よりも身体能力が向上するのは確かですわね」
俺は、これもまたアバター作成時に思いついた設定を、さも当然のように語って聞かせる。
我ながら、よくこんな中二病全開な設定をスラスラと言えるものだ。
コメント欄は、たけるの質問攻めに湧いていた。
『たける、ナイス質問! 俺たちが聞きたかったこと全部聞いてくれてる!』
『キリスたん、そんな眷属化能力まであるのか……まさに真祖のヴァンパイアじゃん』
『キリス様! どうか私めを眷属にしてください! 一生ついて行きます!』
『眷属になったらキリスたんとお近づきになれる……ゴクリ』
それからも、たけるからの「翼はどうやって出すの?」「魔法はどうやって覚えたの?」「日光は平気なの?」といった質問攻めは続いた。
その純粋な好奇心に満ちた瞳は、本当にヒーローショーに来た子供のようで、俺は思わず苦笑してしまう。
まあ、彼が楽しそうで何よりだ。
しばらく歩き続け、ようやく3Dマップが示す卓也のいると思われる部屋の前にたどり着いた。
しかし、その扉の前には、何やら複雑な複数の記号が刻まれた石版と、動かせそうな奇妙な形のオブジェがいくつか置かれている。
こ……これは……! 間違いなく、謎解きをしないとドアが開かないタイプのギミックだ!
ホラーゲームのお約束ではあるが、面倒くさいことこの上ない。
「なにこれ……? 何か、暗号みたいな文章も書かれてるね……。うーん、この記号とオブジェをどうにかするのかな……?」
美弥が、真剣な表情で石版の文字を読み解こうと頭を悩ませている。
だが、俺にはそんな悠長なことをしている時間はない。
「……えいっ!」
俺は、扉にそっと手をかざし、軽く気合を入れると同時に、魔力を込めた衝撃波を放った。
ドゴォン!という轟音と共に、重厚な石の扉はあっけなく粉砕され、部屋の奥へと続く道が開かれる。
『おいいいいいいいいい!!』
『謎解きギミック、開始3秒で終了のお知らせwww』
『製作者の意図ガン無視で草』
『キリスたん、もうちょっとこう……手心というか……』
『好き勝手しすぎだろこの吸血鬼www 』
コメント欄は、俺のあまりにも脳筋な解決方法に、ツッコミの嵐だ。
うるさい! もうここまできたら開き直るしかないじゃないか!
俺は、キリス・コーツウェルとして、このゲームを俺のやり方でクリアするんだ!
破壊された扉の奥へと進むと、そこは電気が消えて薄暗い、だだっ広い部屋だった。
部屋の中央に、卓也が一人で立っているのが見える。
彼はこちらの存在に気づくと、小さな声で言った。
「……お前たちも、ここに辿り着いたか」
「卓也くん! 今までどこにいたのよ! 心配したんだから!」
美弥が、少し非難するような口調で卓也に詰め寄る。
無理もない。彼が一人で先行した結果、俺たちはあんな恐ろしい目に遭ったのだから。
「しっ! 静かにしろ!」
卓也は、慌てて人差し指を口に当て、俺たちに静粛を促す。
そして、周囲を警戒するように見回しながら、小声で続けた。
「……悪い。あの化け物に追いかけられて、パニックになって逃げ回ってたんだ。でもな、逃げて隠れながらこの館のいろんな部屋をさまよってるうちに、あの化け物について色々なことがわかってきたんだ」
「化け物の……正体がわかったのですか?」
俺がそう尋ねると、卓也はゆっくりと首を横に振った。
「いや、正体まではわからなかった。だが……どうやら、あいつらはこの世界の生き物じゃないらしい。何かの禁断の呪術か何かで、この館の主人が異界から召喚した生き物のようだ。その主人は、何らかの目的で、奴らを研究しようとしていたらしいんだ」
そう言うと、卓也は壁際にあるスイッチを押し、部屋の照明をつけた。
カチッという音と共に、部屋全体が明るくなる。
そして、俺たちは見てしまった。
部屋の奥に設置された、巨大な鉄格子の檻。
その中には――。
目が身体中に無数にあり、それぞれが不気味に蠢いている赤鬼。
まるでスライムのように、ゲル状に溶けた体を持つ赤鬼。
頭部だけで、首の辺りからいくつものおぞましい触手を生やし、それで移動する赤鬼。
その他にも、様々な異形の姿をした赤鬼たちが、鉄格子の中で大量に蠢き、ひしめき合っていたのだ。
そのおぞましい光景に、俺たち全員が息を呑む。
赤鬼たちの無数の目が、一斉にこちらを向いた。
「きゃあああああああああああああああっ!!」
「うわあああああああああああああっ!!」
美弥とたけるが、同時に悲鳴を上げて尻餅をつく。
無理もない。
先ほど遭遇した一体だけでもあれだけの恐怖だったのに、こんなにも大量の、しかもさらに異形な姿をした赤鬼たちが目の前にいるのだ。
あまりにもおぞましく、悪夢のような光景だった。
赤鬼たちは、俺たちに気づいたのか、鉄格子をガシャガシャと激しく揺らし始めた。
今にも鉄格子が破壊され、奴らが解き放たれてしまうのではないかという恐怖が、俺たちを襲う。
壊れる気配は今のところないが、もし万が一、この鉄格子が破られたら……。
想像しただけで、全身に悪寒が走った。
「……一刻も早く、ここから逃げ出して、警察にここの事を知らせよう。あいつらが外に出たら、大変なことになる」
卓也が、緊張した面持ちでそう提案する。
だが……警察に通報したところで、この異形の化け物たちに、果たして対処できるのだろうか?
俺は、疑問に思った。
そして、今、ここでケリをつけるべきだと判断した。
俺は、隣にいるたけるを見つめ、少しもじもじとしながら声をかけた。
「あ、あの……たけるさん。1つ、お願いがあるのですが……」
「へ? な、なんだよ、キリス? 急に改まって……」
たけるは、俺のその普段とは違うしおらしい態度に、少しドキッとしたような表情を浮かべる。
「今から、わたくしが持つ上位の魔法を使って、この化け物たちを全滅させようと思うのです。ですが……それを使うと、魔力がほとんど空になってしまい、おそらく、血液の補給が必要になると思うのですわ」
そう、俺が最終兵器として温存している、あの『終末の黒き太陽』を使えば、この程度の数の赤鬼など、一瞬で殲滅できるはずだ。
だが、その代償として、強烈な吸血衝動に襲われることも、前回の経験でわかっている。
たけるは、俺が何を言いたいのかをすぐに察したようだった。
そして、顔をカッと赤らめ、興奮した様子で答えた。
「……っ! ま、まさか……俺の血を、吸わせろってことか!? やべえ! マジかよ! 可愛い女の子に吸血されるとか、一生の自慢にできるじゃねーか! お、おう! いいぜ! 任せとけよ、キリス!」
……うん、まあ、そうなるよな。
彼のそのあまりにもストレートな反応に、若干の気持ち悪さを感じつつも、俺は引き攣った笑顔で感謝の言葉を告げた。
「あ、ありがとうございますわ、たけるさん。では、よろしくお願いいたしますわね?」
「お、おう! いつでもどんとこいだぜ!」
卓也が「おいおいお前たち、一体全体、何の話をしてるんだ……?」と戸惑った表情で俺たちを見ているが、詳しい説明は後だ。
今は、目の前の脅威を排除することが最優先。
さぁて、赤鬼ども。覚悟はいいか?
お前たちに、絶望という名の太陽を見せてやるぜ!
喰らえ! 我が最強魔法! 『終末の黒き太陽』をな!!




