第18話 赤鬼襲来!
ついに俺たちの前に姿を現した、血のように赤い巨躯の化け物『赤鬼』。
その異様な姿と、全身から発せられる強烈なプレッシャーに、俺と美弥は完全に動きを封じられていた。
一目散に逃げたたけるの姿はもうどこにもない。
残されたのは、か弱い少女二人と、凶悪な化け物一体。
絶望的な状況だ。
赤鬼はギョロリとした巨大な1つ目で俺と美弥を交互に見ると、ターゲットを俺に定めたのか、ゆっくりと、しかし確実にこちらへと歩み寄ってくる。
一歩近づくたびに、床がミシミシと軋む音がする。
(ま、まずい……! こいつ、本気でわたくしたちを喰う気ですわ……!)
恐怖で足がすくみ、声も出ない。
吸血鬼としての力があるとはいえ、目の前の化け物の威圧感は尋常ではない。
本当に勝てるのか……?
俺がそんなことを考えている間に、赤鬼は俺の目の前まで迫っていた。
そして、次の瞬間。
「グオオオオオッ!!」
赤鬼が、野獣のような咆哮と共に、突如として俊敏な動きで俺に襲いかかってきた!
その巨大な両手が、俺の華奢な肩をガッシリと掴む。
逃げられない!
そして、赤鬼は大きく裂けた口を、まるで蛇のようにガバリと開き、俺の頭を丸齧りにしようと迫ってきた!
鋭い牙が目の前に迫り生臭い息が、顔にかかる!
「キリスちゃんっ!!!!」
美弥の悲痛な絶叫が、部屋に響き渡った。
(まずい! 食われるっ!!)
死の恐怖が、俺の脳天を直撃する。
だが、その瞬間。
俺の体は、思考よりも早く、本能的に反応していた。
「おらああああああああああああっ!!!」
ほとんど無我夢中で、俺は目の前の赤鬼の股間めがけて、渾身の蹴りを叩き込んでいた!
キリス・コーツウェルの華奢な脚から繰り出された、およそ不釣り合いな、しかし吸血鬼の怪力が込められた一撃!
ドゴォォォォォンッ!!!
蹴りが炸裂した瞬間、凄まじい衝撃音が鼓膜を揺るがした。
いや、音だけではない。
俺の蹴りは、明らかに音速を超え、目に見えるほどの衝撃波を発生させていたのだ!
そして、股間にクリティカルヒットを受けた赤鬼は「グゴォッ!?」という断末魔のような呻き声を上げ、まるでロケットのように天井を突き破り、夜空の彼方へと吹っ飛んでいった!
あっけにとられるほどの、圧倒的な威力。
「…………え?」
隣で見ていた美弥は、口をあんぐりと開けたまま、完全にフリーズしている。
無理もない。
さっきまで絶体絶命の危機だったのが、次の瞬間には化け物が文字通り空の星になっているのだから。
数秒後。
夜空に消えたはずの赤い点が、再び地上へと落下してくるのが見えた。
そして――。
グシャァァァァァッ!!!
凄まじい落下音と共に、赤鬼は俺たちの目の前の床に叩きつけられ、床板をぶち抜いて地面に埋まる。
手足が不自然な方向に折れ曲がり、全身から赤い液体を流している。
さすがに、あの蹴りの威力と空の高さから叩きつけられれば、ただでは済まないだろう。
……だが、まだピクピクと動いている。
なんて生命力だ。
「……まだ、息がありますのね」
俺は、冷静にそう呟くと、ゆっくりと倒れた赤鬼に近づき、その拳を大きく振り上げた。
そして、まだ微かに動いている赤鬼の頭部めがけて、容赦なく拳を叩きつける!
バァァァン!!!
まるで熟れたスイカが割れるような、あるいは風船が破裂するような音と共に、赤鬼の頭部が木っ端微塵に弾け飛んだ!
これで、今度こそ完全に絶命しただろう。
「きゃあああああああああああああああっ!?」
そのあまりにもグロテスクな光景に、美弥が再び甲高い悲鳴を上げた。
まあ、無理もない。普通の女子高生がこんなものを見たら、トラウマになってもおかしくない。
コメント欄も、この衝撃的な展開に大混乱しているようだった。
『えええええええええええ!?!?』
『うそだろキリスたん!? 今の何!?』
『赤鬼……ワンパン……だと……?』
『股間蹴りからの頭部粉砕コンボとかエグすぎるwww』
『これ、ホラーゲームだよな……? バトル漫画じゃないよな……?』
そんな視聴者の混乱をよそに、俺は返り血を軽く払いながら、ふんと1つ息をついた。
そして、腰に手を当て、得意げに胸を張って宣言する。
「よし! まずは最初のザコを一体、仕留めましたわ!」
どうだ、見たか! これが吸血鬼キリス・コーツウェルの力だ!
……と、ドヤ顔を決めた俺だったが。
コメント欄は、俺のその言葉に、驚きとツッコミの嵐で溢れかえっていた。
『いやいやいやいやいやwwwww』
『ザコ……? 赤鬼にザコなんていた!?』
『赤鬼をザコ呼ばわりするVチューバー、キリスたんが史上初説』
『キリスたん、これそういうゲームじゃねーから!? ちゃんと説明読んだ!?』
『もしかして:ゲームジャンル勘違いしてる』
え……? ザコじゃ……ないの?
俺は、視聴者のコメントを見て、首を傾げる。
詳しく話を聞いてみると、どうやらこの『赤鬼』というゲームは、先ほど俺が瞬殺した赤鬼は本来倒せる存在ではなく、館の中をランダムに徘徊する赤鬼からひたすら逃げたり隠れたりしながら、謎を解いて洋館からの脱出を目指す、いわゆる「逃げゲー」らしいのだ。
戦闘要素は一切なく、赤鬼に見つかったら基本的にはゲームオーバー。
つまり、俺はゲームの根幹システムを、開始早々ぶっ壊してしまったということになる。
「ど、ど、どうしましょう……! わたくし、倒してしまいましたけど……!」
事実を知り、俺はアワアワと口に手を当てて慌てふためく。
これから、どうなってしまうのだろうか……?
倒せないはずの敵を倒してしまったこのゲームは、一体どんな展開を迎えるのだろうか?
俺の初見ホラゲー配信は、最初から暗雲が立ち込めてしまった。




