第17話 血痕の謎とクローゼットの恐怖
卓也の悲鳴が聞こえた部屋へと、美弥の後を追って俺は飛び込んだ。
そこは、広々としたリビングルームだった。
豪華なソファやテーブルが置かれ、壁には大きな絵画が飾られている。
だが、肝心の卓也とたけるの姿はどこにも見当たらない。
部屋の中央で、美弥が呆然と立ち尽くしていた。
その顔は青ざめ、微かに震えている。
「美弥ちゃん、どうかしましたか? あの二人は……」
俺が声をかけると、美弥は震える声で「あ、あれ……」と呟きながら、床の一点を指差した。
その指の先には……生々しい、赤いシミが広がっていた。
「えっ……あれは……血、ですの……?」
思わず息を呑む。
間違いなく、血痕だ。
それも、まだ乾ききっていない、新しいもののように見える。
「だ、誰の血なの!? まさか……卓也くんか、たけるくんが……!?」
美弥が、取り乱したように叫ぶ。
その瞳には、恐怖と絶望の色が浮かんでいた。
無理もない。ついさっきまで一緒にいた仲間が、血を流して倒れているかもしれないのだから。
「落ち着いてください、美弥ちゃん! まだ、そうだと決まったわけではありませんから!」
俺は、パニックになりかけている美弥の肩をそっと掴み、できるだけ冷静な声で語りかける。
こんな時こそ、落ち着いて状況を判断しなければ。
「そ……そうだよね……。ごめんなさい、取り乱しちゃって……。二人を、早く探さなきゃ……!」
美弥は、深呼吸を1つして、なんとか落ち着きを取り戻そうと努めているようだ。
その健気な姿に、少しだけ胸が痛む。
「わたくしたちが入ってきたドアとは別のドアがありますわね。あちらへ向かったのかもしれません。行ってみましょう」
俺は、リビングの奥にあるもう1つのドアを指差し、そう提案した。
美弥も無言で頷き、俺の後ろにピッタリとついてくる。
彼女の背中が、小刻みに震えているのが分かった。
ドアを開け、隣の部屋へと足を踏み入れると、そこは畳敷きの和室だった。
中央には囲炉裏があり、壁には掛け軸。
そして、部屋の奥には、襖が見える。どうやら、さらに奥へと道は続いているようだ。
俺たちが襖に向かって歩き出そうとした、その時。
ガタッ……。
部屋の隅にある、大きなクローゼットが、微かに揺れたような気がした。
「きゃっ!?」
美弥が悲鳴を上げそうになるのを、俺は素早く手で彼女の口を覆って制した。
「お静かに……!」
小声でそう囁き、人差し指を自分の口に当てるジェスチャーをする。
美弥は、こくこくと何度も首を縦に振った。
その瞳には、再び恐怖の色が浮かんでいる。
俺は、ゆっくりと、足音を忍ばせてクローゼットへと近づいていく。
心臓が、ドクンドクンと早鐘を打っているのが分かる。
誰かが入ってるかも知れないという疑問は、クローゼットに近づくにつれて、それは確信へと変わった。
ガタガタガタッ……!
クローゼットが、明らかに内側から激しく揺れ始めたのだ。
間違いなく、中に何かがいる。
もしかしたら、卓也かたけるが隠れているのかもしれないし、あるいは……もっと恐ろしい何かが。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
コメント欄の視聴者たちも、固唾を飲んでこの状況を見守っていることだろう。
俺は、意を決してクローゼットの取っ手を掴み、勢いよく扉を開け放った!
「うわあああああああああっ!!」
中にいたのは――たけるだった。
彼は、突然クローゼットの扉が開けられたことに驚き、甲高い悲鳴を上げた。
そして、その突然の大声に驚いた俺も、つられて叫んでしまう。
「きゃあああああああっ!?」
……しまった。吸血鬼らしからぬ、情けない悲鳴を上げてしまった。
コメント欄は、きっと爆笑しているに違いない。
「た、たけるくん!? どうしてそんな所に隠れているの!?」
美弥が、驚きと安堵が入り混じったような声でたけるに尋ねる。
たけるは、まだガタガタと震えながら、涙目で答えた。
「ば、バケモンが出たんだよぉぉぉ!!」
「化け物……ですって?」
俺が聞き返すと、たけるは必死の形相で頷いた。
「ほ、本当に見たんだよ! めちゃくちゃデカくて、全身が真っ赤で、頭が異様に大きくて、目もギョロギョロしてて……!」
そう言いながら、彼は自分の体を抱きしめるようにして、さらに震え始める。
よほど怖い思いをしたのだろう。
「そ、そいつが、でっかい口を開けて、俺と卓也を食おうとしたんだ! だから、俺たちは必死に逃げ回ったんだけど……途中で、卓也ともはぐれちまって……俺は、怖くてここに隠れてたんだよぉ……!」
そんな化け物が、この洋館にはいるというのか……。
全身が赤くて、頭が大きくて、目がギョロギョロ……。
それが、このゲームのタイトルにもなっている『赤鬼』という奴の正体なのかもしれない。
俺は、ゴクリと喉を鳴らした。
「と、とにかく、そんな恐ろしい化け物がいるのなら、ここに長居するのは危険ですわね。卓也さんを早く見つけて、一刻も早くこの建物から脱出しましょう!」
俺は、気を取り直してそう提案する。
いつまでもこんな場所にいたら、本当に赤鬼の餌食になってしまうかもしれない。
「そ、そうだね! 早くこんな気味の悪い所、出ていきましょ……う……」
美弥が同意しかけた、その時だった。
彼女の言葉が、途中で途切れ、その顔からサッと血の気が引いていく。
そして、俺の背後を指差し、震える声で言った。
「き……キリスちゃん……う、後ろ……! 後ろに……!!」
嫌な予感が、背筋を駆け上る。
ゆっくりと、本当にゆっくりと、俺は振り返った。
そこには――立っていた。
たけるが先ほど説明した特徴と、完全に一致する化け物が。
身の丈は2メートルを優に超え、全身の皮膚は血のように赤黒く、異様に大きな頭部には、巨大な1つ目がギョロリとこちらを睨みつけている。
その口は大きく裂け、鋭い牙が覗いていた。
手には、錆びついた巨大な金棒のようなものを握っている。
これが……『赤鬼』……!
「うわあああああああああああああああ!! 出たああああああああ!!」
たけるは、赤鬼の姿を認めるや否や、再び絶叫し、脱兎のごとく部屋から走り去っていった。
……あいつ、女の子二人を置き去りにして、一人で逃げやがった!
なんて薄情な奴なんだ!
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
目の前の赤鬼は、明らかに俺と美弥を獲物として認識し、ゆっくりと、しかし確実に、こちらへと近づいてきている。
絶体絶命のピンチだ。




