第16話 初見ホラゲー『赤鬼』ダイブ!
後輩の梶田から自分の配信の反響を聞き、少しだけモチベーションが回復した俺、杉田智之。
そして今宵、俺は再びキリス・コーツウェルとして、新たなゲーム実況配信を開始した。
ギャルゲーでのガチ恋騒動で負った心の傷はまだ癒えていないが、それでも待っていてくれる視聴者がいる以上、止まるわけにはいかない。
「皆様こんばんは。今宵は月がよく見えますわね。いつもより力が満ちるような気分です」
配信開始の挨拶と共に、吸血鬼としてのロールプレイも意識してみる。
少しでもキリス・コーツウェルというキャラクターを確立させなければ。
コメント欄には「ご機嫌麗しゅうございます、キリス様!」「キリスたん、こんきりー!」「月夜の吸血姫、待ってたぜ!」など、思い思いの挨拶が流れていく。
特に決まった挨拶のフレーズはないので、視聴者も自由に書き込んでいるようだ。
まあ、こういうのも、いずれは何かキャッチーなものを考えた方がいいのかもしれないな。
「本日も、わたくしの配信にお集まりいただき、誠にありがとうございます。さて、今回、わたくしが世界にお邪魔させていただこうと思うゲームは……こちらでございます!」
そう言って、俺はPCの画面にゲームのタイトルを表示させた。
そこに映し出されたのは、禍々しい筆文字で書かれた『赤鬼』というタイトルロゴ。
背景には、不気味な仮面のようなものが描かれている。
コメント欄は、このタイトルを見て即座に反応した。
『あっこりゃあ……』
『鉄板のホラゲーきたああああ!』
『うわ、もうタイトル画面から怖そうなんだが』
『キリスたんの絶叫に期待!』
『今回はどんな神プレイを見せてくれるんだ?』
どうやらこの『赤鬼』という作品、ホラーゲーム界隈ではかなり有名なタイトルらしい。
実は俺、どんな内容のゲームなのかはさっぱり知らない。
ホラーであるということだけは、事前に調べて知っていた。
やはりゲーム実況といえば、ホラーゲームは外せないだろう。
一度は挑戦してみるべきタイトルだと思い、今回選んでみたのだ。
「わたくし、この『赤鬼』という作品のことは全く存じ上げておりませんので、完全な初見プレイとなりますわ。ですので、ネタバレコメントなどは、メッ!ですわよ?」
釘を刺すようにそう言い、俺は「ニューゲーム」のコマンドを選択した。
途端に、いつものように視界がぐにゃりと歪み、意識が遠のいていく。
次に目を開けると、そこは薄暗い洋館の一室だった。
古めかしい調度品が置かれ、壁には肖像画のようなものが飾られている。
見渡すと、すぐ側に、制服を着た高校生らしき男女3人組が立っているのが見えた。
その中の一人、茶髪で少しやんちゃそうな顔つきの少年が、俺の顔を覗き込むようにして話しかけてきた。
「おい、キリス。何ボーッと突っ立ってんだよ。さっきから話聞いてたか?」
突然のことに驚きつつも、俺は慌てて答える。
「も、申し訳ございません! 少し考え事をしておりまして、お話を伺っておりませんでしたわ……」
「はぁ……ったく、お前はいつもそうだよな。ちゃんと聞いとけよな、大事な話なんだから」
少年は、やれやれといった感じでため息をついた。
どうやら、俺は、このグループの一員らしい。
しかも、少しマイペースで話を聞かないタイプ、というキャラ付けのようだ。
隣にいた、髪をきっちりリーゼントに固めた、いかにも番長風な見た目の少年が、ニヤリと笑って口を挟む。
「まあまあ、卓也。キリスらしいっちゃらしいじゃねえか。あんまり責めてやんなよ」
「たけるは甘すぎんだよ……」
彼らの会話から、状況が少しずつ見えてきた。
どうやら、俺たち4人は仲良しグループで、この「化け物が出る」と噂される洋館に、興味本位で忍び込んだらしい。
いかにもホラーゲームの導入といった感じだ。
茶髪の少年が「卓也」、リーゼントの少年が「たける」、そしてもう一人、黒髪のロングヘアで少し大人しそうな雰囲気の少女が「美弥」という名前のようだ。
卓也が、キョロキョロと辺りを見回しながら言う。
「思ったより綺麗なところだな。誰も住んでないにしては、電気も普通についてるし、ホコリ1つ積もってねえ。本当にここ、廃墟なのか?」
「なあ、卓也……。やっぱ、もう帰ろうぜ? さすがに勝手に人の家に入っちまうのは、マズいって……」
たけるが、少し怯えたような声で卓也に訴える。
見た目に反して、意外と怖がりなのかもしれない。
「はっ! なんだよたける、ビビってんのか? だっせーの」
卓也が、たけるを鼻で笑う。
その時だった。
ガシャーン!!!
廊下の奥の方の部屋から、何かが割れるような大きな音が聞こえてきた。
「ひぃっ!? い、今の音なんだよ!? やっぱなんかいるって! だから帰ろうって言ったんだよぉ!」
たけるが情けない声を上げて飛び上がる。
だが、卓也は不敵な笑みを浮かべたままだった。
「バーカ、風で何か倒れただけだろ。ビビりすぎなんだよ、お前は。……よし、俺がちょっと見てきてやるよ」
そう言うと、卓也は一人で音のした部屋へとズカズカと歩いていってしまった。
「お、おい! 卓也! 一人で行くなよ! 俺を置いていくなー!」
たけるは、恐怖よりも取り残されることへの不安が勝ったのか、慌てて卓也の後を追いかけて部屋の中へと消えていく。
なんとも賑やかな奴らだ。
残されたのは、俺と黒髪の少女、美弥の二人。
俺は、美弥に声をかけてみた。
「……置いていかれてしまいましたわね」
「うん、そうだね。まあ、卓也くんのことだから、すぐ戻ってくると思うよ。ここで待ってよっか」
美弥は、落ち着いた様子でそう答える。
そして、そのまま壁に寄りかかり、静かに目を閉じてしまった。
……え? これ、二人きりで待つ流れ?
それから、約10分ほどが経過しただろうか。
卓也とたけるは、一向に戻ってくる気配がない。
そして、俺と美弥の間には、重苦しい沈黙が流れていた。
(き……気まずい……! めちゃくちゃ気まずいんですけどぉぉぉ!?)
俺の額から、冷や汗がツーっと流れ落ちる。
現役の女子高生と、こんな薄暗い洋館の廊下で二人きり。
一体、何を話せばいいんだ!?
俺は、意味もなく廊下を行ったり来たりしながら、たまに美弥の様子をチラチラと横目で盗み見る。
美弥は、相変わらず壁に寄りかかったまま、静かに佇んでいる。
そんな俺の挙動不審な様子を、コメント欄の視聴者たちが見逃すはずもなかった。
『出たー! キリス様の伝家の宝刀、童貞ムーブwwwww』
『陰キャがすぎるwww JKと二人きりで何も話せない吸血鬼とかwww』
『たまにチラチラ盗み見するのが、最高にリアルな陰キャの動きで草』
『頑張れキリスたん! なんか喋れ!』
『これはもう、事故だろwww』
ち、ちくしょう! 見てろよ! 俺だって、やるときはやるんだ!
現役JK相手だろうと、フランクに会話できるところを見せてやる!
「み、美弥ちゃん!」
意を決して、俺は美弥に話しかけた。
美弥は、ゆっくりと目を開け、俺の方を見る。
「ん? どうしたの、キリスちゃん」
「あ、あの……さ、最近、学校ではどうですの? 何か、面白いこととか……」
……しまった。
我ながら、あまりにも酷い話題の振り方だ。
お見合いかよ。
コメント欄は、案の定、俺を馬鹿にする言葉で溢れかえった。
『娘と二人きりになって気まずいお父さんの質問かよwwwww』
『他になんかあっただろwww』
『無理すんなキリスたんwww 見てるこっちが恥ずかしいわwww』
『これはひどいw』
仕方ないだろ! 初対面(ゲーム内では知り合い設定だけど)の、しかも年頃の女の子に、いきなりどんな話題を振ればいいって言うんだ!
俺にはハードルが高すぎる!
美弥は、俺の珍妙な質問に、少し不思議そうな顔をしながらも答えてくれた。
「え……どうって言われても……。キリスちゃんも同じクラスなんだから、知ってると思うけど……。特に、何も変わったことはないかな。……急にどうしたの?」
「あ、あっ、そうなんですのね! い、いや、別に、深い意味は無いんですけどね? えへへ……」
「そう……?」
美弥は、小さく首を傾げる。
そして、再び訪れる、気まずい沈黙。
(……あ、この子も、もしかしてあんまり喋るタイプじゃないのか!?)
お互いに会話の糸口を見つけられないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
これは、もうどうしようもないかもしれない……。
そうこうしていると、不意に、洋館の奥の方から、男の甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「うわああああああああああああああああああああああ!!」
「……今の声……卓也くん!?」
美弥が、驚いたように目を見開き、声のした方へと駆け出した。
その表情には、先ほどまでの落ち着きはなく、焦りの色が浮かんでいる。
(……これは、ひょっとして……ついに、タイトルの『赤鬼』って奴が現れたのか!?)
俺も、急いで美弥の後を追いかける。
気まずい雰囲気から解放された安堵感と、これから起こるであろう恐怖への予感が、俺の胸の中で入り混じっていた。




