第14話 ツンデレヒロインとの青春、そして訪れるエンディング
「あんなツンデレ娘、絶対に好きになんてならないぞ!」
神楽坂れんが転校してきた当初、俺――キリス・コーツウェルは、そう固く心に誓っていた。
俺の狙いはあくまで幼馴染のみゃーこだ! ツンデレなんてムカつくだけ! ……と。
――そう、思っていた時期も、確かにありました。
れんが転校してきてからというもの、彼女は事あるごとに俺に突っかかってきた。
体育の授業では「私と勝負しなさい!」と息巻いて勝負を挑まれ、時には俺が吸血鬼パワーで圧勝し、時には手加減を間違えて負けてしまい、彼女を一喜一憂させた。
定期テストでは、俺より少しだけ点数が良かったれんが、得意げな顔で「私の勝ちね!」とマウントを取ってくる。
それにカチンときた俺は、次のテストで猛勉強し、逆に彼女を打ち負かしてドヤ顔でマウントを取り返したりもした。
そんな風に、最初は何かと張り合ってばかりいた俺たちだった。
しかし、季節が巡り、様々な学園イベントを一緒に過ごすうちに、俺とれんの関係は少しずつ変化していった。
クラスメイトたちと一緒に行った林間学校での肝試し。怖がるれんの手を、俺がそっと握ってやったこと。
文化祭では、クラスの出し物である演劇で、俺が王子様役、れんがお姫様役という、なんともベタな配役で舞台に立ち、二人でぎこちないダンスを踊ったこと。
夏休みには、突然れんから「アンタも来なさいよ!」と半ば強引に誘われ、みゃーこや他の友人たち数人と一緒にプールへ行き、子供のようにはしゃいで水鉄砲で撃ち合ったこと。
冬には、クリスマスパーティーでプレゼント交換をし、俺が贈った素朴な手編みのマフラーを、れんが顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに首に巻いていたこと。
そうやって、何気ない日常や、特別なイベントを積み重ねていくうちに、俺も、そして配信を見ていた視聴者たちも、いつの間にか神楽坂れんという女の子に惹かれていた。
最初はただのツンツンしたお嬢様だと思っていた彼女が、実は寂しがり屋で、不器用で、でも誰よりも情熱的で、一生懸命で。
怒ったり、笑ったり、拗ねたり、照れたり……そのくるくると変わる表情は、見ていて飽きることがなかった。
そして何より、彼女はいつだって全力だった。
俺との勝負にも、勉強にも、遊びにも。
そのひたむきな姿が、眩しくて、愛おしくて……。
気がつけば、俺の心の中で、神楽坂れんの存在は幼馴染のみゃーこよりも大きくなっていた。
配信のコメント欄も、最初は「みゃーこ頑張れ!」一色だったのが、いつの間にか「れんちゃん可愛い!」「ツンデレ最高!」「これはもう、れんルート確定だろ!」といった声で溢れるようになっていた。
そして、あっという間に時は流れ――卒業式の日を迎えた。
式の後、桜の花びらが舞い散る校門の前で、俺とれんは二人きりで立っていた。
少し寂しげな、でもどこか晴れやかな表情で、れんが口を開く。
「……色々あったけどさ。今思うと、全部、楽しかったね、アンタといると」
「……そうですね。わたくしも、毎日がとても充実していた気がするわ」
俺がそう答えると、れんは少し恥ずかしそうに俯きながら、ぽつりと言った。
「ねえ……初めて会った時のこと、憶えてる?」
「初めて? ああ、あの通学路で、わたくしとぶつかった時のことですわね」
俺が苦笑いしながら答えると、れんは少し拗ねたように唇を尖らせた。
「そうよ! あの時は……アンタのこと、大っ嫌いだった」
「あはは、それはお互い様かもしれませんわね」
俺がそう茶化すと、れんは顔を上げて、真剣な眼差しで俺を見つめてきた。
「でもね……あれから、毎日一緒にいて、いろんなことして……アンタのこと、嫌いじゃ、なくなった」
「……嫌いじゃないなら、もしかして、好きにでもなってくれましたの?」
からかうつもりで言った言葉だった。
だが、れんは顔を真っ赤に染め上げ、そして、震える声で、しかしはっきりと答えた。
「……うん。好き。……大好きっ! アンタのことが、どうしようもなく好きなのよっ!!」
その言葉は、爆弾のように俺の心臓を撃ち抜いた。
驚きで目を見開く俺に、れんは堰を切ったように想いをぶつけてくる。
俺のどこが好きで、どれだけ好きで、これからもずっと一緒にいたいと。
その言葉の一つ一つが、熱くて、痛くて、そして何よりも愛おしかった。
俺も、もう自分の気持ちに嘘はつけなかった。
「……れん。わたくしも……わたくしも、貴方のことが大好きですわ」
自然と、お互いの顔が近づいていく。
触れるだけの、優しいキス。
桜の花びらが、祝福するように俺たちを包み込んだ。
顔を離し、れんは最高の笑顔で、でも少しだけ涙を浮かべながら言った。
「……へへっ。これからも、ずーっと一緒にいなさいよね! 約束よ!」
「ええ、もちろんですわ。どこへも行きませ――」
その言葉を言い終わる前に。
ぐにゃり。
視界が歪み、強烈な浮遊感。
そして俺は、見慣れた自室のPCデスクの前に、引き戻されていた。
モニターには、桜並木のイラストを背景に『ときめき♡初恋ラブスクール』のスタッフロールが、感動的なBGMと共に流れ落ちていく。
「…………れん……?」
俺は、呆然と呟いた。
「れんは……? れんはどこ……?」
スタッフロールの文字が、涙で滲んでよく見えない。
そうだ、配信……。
コメント欄は「良い最終回だった!」「お疲れ様キリスたん!」「感動をありがとう!」「れんちゃんおめでとう!」といった、エンディングを祝福する言葉で溢れていた。
だが、俺の心は、そんなものを受け入れられなかった。
「そんな……! れんと結ばれたのに……! どうして帰ってこなきゃいけないんだよ! れんに会わせてくれよぉぉぉ!!」
俺は、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
画面の隅に映るキリスのアバターも、俺の感情と完全にシンクロし、美しい顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら号泣している。
ギャルゲーの世界に入り込み、ヒロインたちと過ごすうちに、俺は……本気で彼女たちに感情移入し、そして神楽坂れんに、ガチで恋をしてしまっていたのだ。
『うわぁ……ガチ恋勢になっちゃってるじゃん……』
『キリスたんがガチ泣きとか、もらい泣きするわ……』
『カワイソス……でも、気持ちはわかる』
『これが……恋……』
「ど、どうして終わっちゃったんだよぉ……! これから、れんと色んなことするはずだったのに……! うわぁぁぁん!」
メソメソと泣き続けるキリス(俺)に、視聴者からコメントが飛んでくる。
『キリスたん、落ち着いて。別のキャラのルートもやるの?』
そのコメントを見た瞬間、俺はカッと頭に血が上った。
「絶対にヤダ!! れん以外の女の子を選ぶなんて、そんなの、れんが悲しむじゃないか!! 裏切り者! 浮気者!」
もはや、何が何だかわからない。
ただ、れんに会いたい。れんのいない世界なんて、考えられない。
「うわーーーん! こんなに辛いなら! こんなに悲しいなら! もう、絶対に……絶対にギャルゲーなんかやらない!! 二度とやるもんかああああああ!!!」
俺は、固く、固く心に誓うのだった。
もう、二度と、ギャルゲーなんてやるものかと。
『……完全に拗らせてやがる……』
『これは重症ですわ』
『一周回って面白いけど、キリスたんが心配』
コメント欄の冷静なツッコミが、やけに胸に突き刺さる。
うるさいやい! 俺は本気なんだぞ!