第13話 ツンデレ転校生と運命の(?)隣の席
曲がり角で派手に衝突し、ぷりぷりと怒っているツインテールの少女、神楽坂れん。
ヘルプマニュアルによれば、彼女はこの学園のアイドル的存在で、才色兼備だが素直になれないツンデレヒロインらしい。
なるほど、ギャルゲーのお約束だ。
「よし、ここは俺の華麗なるトーク術で、このお嬢様の怒りを穏便に鎮めてみせるぜ!」
俺は内心でそう意気込んだ。
……のだが。
いざ、目の前にいる美少女(しかも怒っている)を前にすると、途端にどう接していいかわからなくなってしまう。
何せ、年齢=彼女いない歴の俺だ。大人になってからは女の子と会話した経験なんて、最近だとコンビニのレジくらいしかない。
みゃーこは優しくて包容力のある優しい子だったから接しやすかったけど、この子は気が強く睨みつけてくるのでどう話しかけたら良いものか。
結局、れんの鋭い視線から逃れるように目を逸らし、もじもじと指をいじってしまう始末。
情けない……!
コメント欄は、そんな俺のヘタレっぷりを見逃してはくれなかった。
『なんかキリスたん、急にコミュ障っぽくなったぞwww』
『美少女と目を合わせられない陰キャ吸血鬼www』
『俺かな?(白目)』
『ゾンビ世界でのイケイケなキリスたんはどこへ……』
『童貞ムーブやめろwww』
おのれ視聴者ども! 好き勝手言いやがって!
目の前に、現実ではありえないレベルの美少女が、しかもちょっと怒った顔で立ってたら、誰だって緊張するに決まってるだろ! たぶん! きっと!
俺が内心で悪態をついていると、突如、世界の時間がピタリと止まった。
れんも、心配そうにこちらを見ているみゃーこも、直前のポーズのまま微動だにしなくなる。
空を飛んでいた鳥も、まるで写真のように空中で静止している。
なんだこれ!? ポルナレフ状態か!?
俺が驚愕していると、れんの目の前にふわりと半透明のウィンドウが現れ、そこに3つの選択肢が浮かび上がった。
1.お前の方からぶつかってきたんだろ! 文句あんのか!
2.ごめんね、僕がちゃんと前を見てなかったんだ。怪我はない?
3.やっほー、君、すっごく可愛いね! よかったらこの後お茶しない? あ、電話番号も教えて!
「こ、これは……ギャルゲーの選択肢システム!」
そうか、選択肢を選ぶ時はこうして時間が停止するのか!
よく出来てるな、このゲーム……いや、この世界は!
俺は驚きながらも、それぞれの選択肢を吟味する。
まず1番。これは完全に喧嘩を売っている。火に油を注ぐだけだろう。却下。
次に3番。……なんだこれ、チャラすぎるだろ! 初対面の女の子にいきなりこんなこと言ったら、ドン引きされるに決まってる。これも却下。
となると、残るは2番か。うん、これが一番無難で誠実そうだ。
俺は、2番の「ごめんね、僕がちゃんと前を見てなかったんだ。怪我はない?」という選択肢に、そっと指で触れた。
すると、止まっていた時間が再び動き出し、俺の口が勝手に動き始めた。
「ごめんね、僕が……いえ、わたくしがちゃんと前を見ていませんでしたわ。お怪我はございませんこと?」
そして、声もキリス・コーツウェルのものになっている。
うわっ、何これ怖い! 完全に操り人形じゃん!
でも、セリフの語尾がちゃんとキリスっぽくアレンジされてるのは、地味にすごいな。
俺の謝罪を聞いたれんは、ふんと鼻を鳴らし、少しだけ冷静さを取り戻したようだった。
「ふんっ! わ、わかればいいのよ、わかれば! 次からは気をつけなさいよね!」
そう言い捨てると、彼女はツンとした態度でスタスタと学校の方へ歩き去っていった。
ぶつかってきたのはどちらかと言うと君の方では……?
その後ろ姿を見送りながら、みゃーこが心配そうに呟く。
「なんだか……気難しそうな子だったねぇ、キリ君」
「まったくです。わたくし、ああいうタイプはちょっと苦手ですわ……」
俺は内心で付け加える。(俺はツンデレ趣味はないので、あの子は絶対に攻略しないぞ!)と。
その後、俺たちは無事に学校に到着し、それぞれの教室へと向かった。
ホームルームが始まるまでの間、俺は教室の雰囲気に、どこか懐かしさを覚えていた。
机の落書き、チョークの匂い、友達同士のくだらないお喋り。
もう何年も前に卒業したはずの、あの頃の日常が蘇ってくるようだ。
そんな感傷に浸っていると、担任の先生が教室に入ってきて、HRを開始した。
そして、開口一番、こう告げたのだ。
「えー、今日は皆に紹介したい転校生がいる」
……このパターンは。
ギャルゲーのお約束として、あまりにもベタな展開が脳裏をよぎる。
嫌な予感がするぞ……。
そして、その予感は的中した。
がらりと教室のドアが開き、入ってきたのは……やはり、神楽坂れんだった。
彼女は緊張した面持ちで教壇の前に立ち、黒板にチョークで「神楽坂 れん」と自分の名前を書く。
そして、くるりと教室全体を見渡し、にこやかな笑顔で言った。
「今日からこちらのクラスでお世話になります、神楽坂れんです! どうぞ、よろしくお願いいたします!」
その完璧な優等生スマイル。朝のツンツンした態度とは別人だ。
猫かぶりやがって……。
彼女が教室を見渡した時、俺とバッチリ目が合ってしまった。
そして、彼女は目を見開き、次の瞬間、俺を指差して大声で叫んだ。
「あーーーっ!! あんた、今朝ぶつかってきた失礼なヤツ!!」
シーン……と静まり返る教室。
クラス全員の視線が、俺とれんに集中する。
うわぁ〜……来たよ、これ。ベタ中のベタな展開が!
恥ずかしすぎる……!
コメント欄も、このお約束展開に大いに盛り上がっていた。
『古典芸能かな?』
『今って令和じゃなくて平成だっけ? 時空歪んでない?』
『これぞ様式美www』
『一周回って新しい』
先生は、そんな俺たちの様子を見て、ニヤリと笑った。
「お? なんだお前ら、もう知り合いなのか? そりゃあ好都合だ。じゃあ神楽坂、お前の席は……あそこだな。キリスの隣、ちょうど空いてるからそこに座れ」
先生が指差したのは、何故か俺の隣の席。
そこだけポツンと空席になっている。
なんというご都合主義! これぞギャルゲーパワー!
前の席に座っていた、いかにも「主人公の友人ポジション」といった感じの男子生徒が、ニヤニヤしながら俺にヒソヒソ声で話しかけてきた。
「おいおいキリス、お前いつの間にあんな美少女とフラグ立ててたんだよ! やるじゃねーか!」
そして、彼はそのまま俺の顔をじっと見つめ、ふと首を傾げた。
「……っていうか、キリス。お前も改めて見ると、とんでもない美少女だよな……。あれ? なんか、雰囲気変わったか……?」
本来、この席に座っているのはむさ苦しい男子高校生のはず。
それが、キリスという人外レベルの美少女吸血鬼に置き換わっているのだから、違和感を感じるのも当然だろう。
なんて察しのいいヤツなんだ……! 消されるぞ!
コメント欄に「キミのような勘のいいガキは嫌いだよ」という、とある有名漫画のセリフが流れてきて、思わず笑ってしまった。
れんは、不満そうな顔をしながらも、俺の隣の席にカバンを置き、どさりと腰を下ろした。
そして、俺の方をチラリと見て、小さく舌を出して「ベー」と威嚇するようなポーズを取る。
何から何までお約束なツンデレムーブだな、この子は……。
俺は、そんなれんのことは(とりあえず)無視して、心の中で固く決意した。
こうなったら、俺は幼馴染ヒロインであるみゃーこ一本で攻略してやる!
ツンデレなんて、俺の辞書にはない! ……たぶん!