第12話 お着替えハプニングとツンデレ少女との出会い
幼馴染のみゃーこ(杉崎みやこ)に叩き起こされ、ようやくベッドから這い出した俺――キリス・コーツウェル。
時刻は既に、のんびりしていられない時間帯だ。
みゃーこに促されるまま、クローゼットから制服を取り出し、おもむろにパジャマのボタンに手をかける。
早く着替えないと……。
と、その瞬間。
視界の端のコメント欄が、かつてないほどの勢いで爆発した。
『キタ━━━━ヽ(゜∀゜ )ノ━━━━!!!!』
『え!? マジか!? 見せてくれるのか!?』
『運営仕事しろおおおおお!』
『キリスたんのお着替えシーン、凝視させていただきます!』
『無防備すぎんか!?』
そうだ、忘れてた!
これ、配信中だったんだ!
いくらアバターとはいえ、今のキリスは実体のある存在だ。女の子のお着替えシーンを全世界に生中継するわけにはいかない!
これはまずい! どうにかして一時的に配信を止めたりできないのか!?
焦ってコメント欄のあたりに視線を送ると、ふと、その下に小さな「ミュート」という文字とアイコンが表示されているのに気づいた。
もしかして、これか?
藁にもすがる思いで、俺は虚空に向かって指を伸ばし、その「ミュート」アイコンをタッチしてみた。
すると、次の瞬間。
コメント欄が、真っ黒な画面に切り替わり、その上に白い文字でコメントが表示される。
「画面が真っ暗になったぞ!」
「キリスたん、酷い!!」
「おのれええええ!」
といった悲鳴のような文字が溢れかえった。
どうやら、視聴者の画面は真っ暗に見えているらしい。
そして、俺の音声も遮断されているようだ。
よし! これで一時的にプライベートな空間を確保できる!
安心して、俺は急いで制服に着替える。
ブレザーにチェックのスカート、そしてリボン。
……女の子の制服を着るのは当然初めてなので、リボンを結ぶのに手間取ったり、スカートの丈が気になったりと、思った以上に時間がかかってしまった。
男物の学生服とは勝手が違いすぎる。
「ふぅ……こんなもんか」
なんとか着替え終わり、姿見で自分の姿を確認する。
うん、流石はキリス。制服姿も可愛いじゃないか。
青髪ロングに制服姿の美少女吸血鬼。アンバランスさが逆に良い。
俺は、再び「ミュート」アイコンをタッチし、配信画面を元に戻した。
すると、コメント欄には視聴者たちの悲喜こもごもな声が溢れていた。
『おかえりキリスたん!』
『何故隠したし!!!!(血涙)』
『お着替えタイム、わずか数分……短すぎる……』
『でも制服姿可愛い! 超似合ってる!』
『これが……天使……』
「もう! banされちゃったらどうするんですの! ……あ、でも、可愛いって言ってくれてありがとうございます。えへへ」
俺は、プンプンと怒ったフリをしつつも、褒めてくれた視聴者への感謝は忘れない。
こういうところが、Vチューバーとしてのテクニックのつもりだ。
それから洗面所で顔を洗い、リビングへと向かう。
すると、テーブルの上には、ほかほかのトーストと目玉焼き、そしてコーヒーが用意されていた。
いい匂いだ。
「これ、みゃーこが作ってくれたの?」
「うん! キリ君、いつも朝ごはん食べないで学校行こうとするから、今日は私が作っちゃった!」
みゃーこは、えへへと得意げに胸を張る。
毎朝起こしに来てくれて、朝ごはんまで作ってくれる幼馴染……。
なんでこれで主人公(俺)とこの子はまだ付き合ってないんだ?
ゲームの主人公、朴念仁すぎるだろ。
そんなことを思いつつも、俺は素直に感謝の言葉を伝えた。
「ありがとう、みゃーこ。すっごく美味しそう」
「どういたしまして! さ、冷めないうちに食べよ!」
二人でテーブルにつき、朝食をいただく。
手作りの朝食は、やっぱり美味しい。
ふと、この家に両親の気配が全くないことに気づいた。
そういえば、主人公(俺)の家族構成ってどうなってるんだっけ?
そう思った瞬間、視界の隅に「ヘルプマニュアルを開きますか?」という小さなウィンドウが表示された。
これは……ゲーム内の情報を確認できる機能か。
俺は、空中に浮かぶ「はい」という文字にそっと触れてみる。
すると、目の前の空間に半透明のウィンドウが展開され、キャラクターのプロフィールや、舞台設定に関する詳細な情報が表示された。
便利すぎるだろ、この機能。
マニュアルによると、どうやら主人公(俺)の両親は、仕事の都合で長期間海外に行っており、この家には主人公一人で暮らしているらしい。
なるほど、だからみゃーこがこうして甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのか。
コメント欄は、この展開に既視感を覚えているようだ。
『ギャルゲーあるあるキタコレwww』
『主人公の両親不在は鉄板設定』
『だから幼馴染が入り浸れるわけね、納得』
『ご都合主義バンザイ!』
ご飯を食べ終え、みゃーこと二人で家を出て学校へと向かう。
並んで歩く通学路。
朝日がキラキラと輝き、小鳥のさえずりが聞こえる。
これぞ、青春の1ページ……って感じだな。
と、そんな平和な雰囲気をぶち壊すように、前方から猛烈な勢いで誰かが走ってくるのが見えた。
そして――。
「きゃあああっ!」
ドンガラガッシャーン!!
曲がり角で、その走ってきた生徒と俺が見事に激突!
……いや、正確には、俺に激突してきたその生徒が、一方的に吹っ飛んで地面に派手に転がった。
俺はというと、びくともしていない。
吸血鬼パワー、恐るべし。
「ノーダメージwwwww」
「そこは一緒に転んでラッキースケベイベント発生だろ常識的に考えてwww」
「キリスたん、頑丈すぎるwww」
「相手の子、大丈夫か……?」
コメント欄からは、総ツッコミの嵐。
いや、そんなこと言われても! キリスの肉体は、この程度の衝撃ではなんともないんだよ!
俺だって、ラッキースケベ展開なら大歓迎だったのに!
そんなことより、今は転んで目を回している相手の子が心配だ。
見ると、綺麗な赤毛のツインテールを揺らし、俺と同じ制服を着た女の子が、地面に手をついてうずくまっている。
「だ、大丈夫ですの!? 怪我はありませんこと?」
俺は慌てて駆け寄り、彼女に手を差し伸べる。
すると、彼女は顔を上げ、キッと俺を睨みつけてきた。
「い、痛いじゃない! ど、どこに目をつけて歩いてるのよ、あなた!」
涙目で、顔を真っ赤にしながら怒鳴ってくる。
うわぁ……典型的なアレだ。
ヘルプマニュアルをこっそり確認すると、彼女の名前は「神楽坂 れん」。
学園のアイドル的存在で、才色兼備だが、プライドが高く素直になれない、いわゆる「ツンデレ」ヒロインらしい。
なるほど、これは面倒なことになりそうだ。
隣では、みゃーこが「ど、どうしよう、キリ君! 大丈夫かな、あの子……」と、あわあわと慌てている。
さて、このお怒りモードのツンデレガールを、どうやって宥めようか。
俺のギャルゲー攻略手腕が試される時が来たようだ。