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死期予見  作者: 本郷真人
第二章
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(7)

 8月4日午後9時。

 その日は安藤興介にとって良い一日だった。重要案件であった商談が上手くいき、退職間近の営業部長である高橋からも大変な賞賛を受けた。そのうえ、帰りにふらっと寄ったパチンコ店では、いつもは全く勝てないというのに、今日は1万8千円も勝ってしまったのである。

「今日はホントについているなあ!」

 笑いながら安藤興介は夜空に向かって叫ぶ。有頂天になりながら一人で暮らしている自宅マンションに向かって歩いていた。

 確かに安藤言うとおり、彼の後ろにはついていた。誰かが彼の後ろにいたのである。

「近道、近道。」

 有頂天のためか、それに全く気づかない安藤は自宅に早く帰って晩酌といきたいがために、自宅への近道である路地裏に入ってしまった。まさに彼をぴったりとマークしている追跡者が望んでいたような、ビルとビルの隙間の人気がない路地裏である。

”コツ。コツ。コツ。”

 追跡者は安藤にも聞こえてしまうぐらいの足音を出し始めた。

”コツコツ、タッタッタ。”

 追跡者の足音は駆け足へと変わった。

 ビルの裏側にあるファンからの煙が漂う薄暗い路地裏。そこで追跡者は捕食者へと変貌する。安藤興介。彼が気づいたときにはもう全てが遅かった。


(何・・・何何何なに・・・!)

 目を覚ました安藤は自分が路地裏で寝ていること、そして自分を一人の男が見下ろしていることに気がついた。

(誰だコイツ・・・?・・・というか、何で身体が全く動かないんだ・・・!)

 安藤の目が動いていることに気がついた男は安藤に笑いかけた。

「あ、気がついたんだ。さっき君に打ったのはテトロドトキシンっていう神経毒でね。少しの間気を失っていたのかもしれないね。見えるかい?」

 動けない安藤に男は一本の空の注射器を見せてきた。

「君は身体が麻痺している場合の痛みはどうなると思う?残念だけど麻酔と違ってテトロドトキシンや筋弛緩剤では痛みがなくなることはないんだ。」

 男はにこやかに安藤に語りかけてきた。その手にはペンチが握られていた。

「だから・・・。」

 ペンチが安藤の口の中に入る。

”ペキ。”

 割り箸を折ったような乾いた音が路地裏にこだまする。安藤の口からは少なくない血が出てきた。

「こうやって歯を抜いてもメチャクチャ痛い。」

 にこりと男が安藤に笑いかける。安藤の目からは大量の涙が、皮膚からは大量の汗があふれ出ていた。

「君は僕の女神を困らせていたね。丁度一週間前なんだけどさあ、いつものように女神を見守っていたら彼女の困ったような顔が目に入ってきてね。彼女は表情が乏しいんだけど僕にはわかるんだよ。そうゆうのすぐに。しばらくしたら路地裏で君が彼女に詰め寄っていたのが見えたんだ。すぐにこれは殺すしかないなーと思ったよ。」

 べらべらとしゃべる男の話は安藤の耳には届いていなかった。抜かれた歯の痛みによって安藤の思考は停止していた。

「女神を困らせたんだ。それなりの痛みをもって償ってもらわないとね。」

 男は倒れている安藤の脇に大きめのスポーツバックをどんっと置いた。

”ジーーーーー。”

 ジッパーを下ろすと中にはハンマーやのこぎり、釘と言ったような工具がひしめき合っていた。

 男はその中から数本の釘と木製のハンマーを取り出した。

「木製のハンマーはあんまり音が大きくないのが良い点だよね。ゴム製もあったんだけどさあ、前回の時に壊れちゃって。」

 男が安藤のすねに直角に釘を添える。

「さあ、始めようか。これは君の罪滅ぼしにもなるんだ。君は何分頑張れるかな?」

 安藤興介は自身の体力や身体の丈夫さに前々から自身があった。しかし時間が進むにつれ、工具が変わるにつれ、安藤興介はそれらを呪った。しかし悲しいことに、彼はタフだった。日頃から健康管理に気をつけ、よく食べてそれに見合った運動をして出来上がった彼の肉体は頑丈で、安藤は自身の健康な肉体を生まれて初めて、そして最期に恨んだのだった。


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