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死期予見  作者: 本郷真人
第十一章
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 11月2日。

 この日の前日である11月1日に今回の連続警察官殺し及び蔵岡警察署放火事件の捜査が終了した。それ故、本日の正午のニュースはこの話題で持ちきりだった。

『先月、蔵岡市を騒がせていた凶悪な事件の捜査が全て終了しました。この事件は警察庁から蔵岡市に派遣された木下剛警部、佐々木信彦警部補、山口龍平巡査部長、宮本彰吾巡査長、菅原千尋巡査長、玉橋里美巡査長の六名が殺害され、蔵岡警察署も半焼するというとても恐ろしいものでした。事件の犯人とされているのが今井雄一容疑者、岩松節子容疑者の二名です。今井雄一容疑者は二年前に起こった蔵岡市連続猟奇殺人事件で死亡した今井佳枝さんの父親であり、警察は二年目の事件により警察に対して強い復讐心を持ったことによる犯行であると結論づけましたが、今井容疑者、岩松容疑者の両容疑者はいずれも既に死亡しており詳しい犯行動機などは未だはっきりとは分かっておりません。蔵岡警察署に取材に行っております森本アナウンサーと中継が繋がっておりますので、これから繋ぎたいと思います。森本さん、お願いします・・・。』

 自宅のテレビで今回の事件についてのニュースを観ていた遠藤は、現場中継が始まる前にテレビの電源を切った。

「まさに全て計画通り。警察は私の筋書き通りに結論づけた。」

 そう言って彼女はついつい笑ってしまった。蔵岡市に警察庁の刑事達が来たとき、一時はどうなることかと何度か絶望してしまった彼女であったが、今まさに彼女は絶望が希望に変わることによって生まれる圧倒的な愉悦に酔いしれていた。

「でも、少しさみしいかも。」

 遠藤は自殺に見せかけて殺害した岩松節子のことを思い出していた。学生時代にちょっと助けてやっただけで自分に懐き、妹の仇を取ったことにより自分のことを主人と認めて愛してくれた愛玩動物。そんな愛しい存在がいなくなってしまったことは遠藤の心に一つの穴を作ってしまった。

「そうだった。節子には彩芽っていう可愛い妹がいたじゃないか。」

 遠藤は思い出したようにつぶやいた。基本的に他人に興味がない遠藤だったので、いくらペット並みに愛していた岩松節子だったとしてもその家族のことはすっかり忘れてしまっていたのである。

「たしか姉に似て可愛らしかった。だからこそ馬鹿に狙われたんだろうけど。」

 思いついたらすぐに行動に移すのが遠藤明という人間である。

「野獣に傷つけられた小動物が突然の家族の死なんかに耐えられるはずがないよね。誰かが慰めてあげないと。それに私はここ数日頑張ったんだし、自分にもちゃんとご褒美をあげないとね。」

 そう言う遠藤の表情は実に楽しげだった。


 11月3日。

 この日、遠藤は昨日連絡をとった岩松彩芽に早速会いに行った。岩松宅を訪れたのである。電話越しではあったが、実姉を亡くしたばかりの岩松彩芽はひどく狼狽した様子であった。それ故、遠藤は全てが思い通りに行くという確信を持っていた。

「こんにちは。彩芽ちゃんだったかな?君のお姉さんの親友だったんだけど、私のことは覚えているかな?」

 遠藤は久しぶりの対面となる岩松彩芽に優しく語りかけた。岩松彩芽は遠藤が覚えていたとおり姉によく似ており、彼女の好みに良く合っていた。

「はい。遠藤明さんですよね。私が学生の時に何度かお会いしましたよね。姉がよくあなたのことを嬉しそうに話してくれました。」

 この岩松彩芽の言葉を聞いた遠藤は、自らが殺害した愛玩動物のことを思いだして少し悲しくなったが、目の前の新たなペット候補のためにすぐに気持ちを切り替えた。

「その、体調とかは大丈夫かな?少し私とお話しない?」

 岩松彩芽は、猫なで声で提案した遠藤のことを実姉との普段の会話があったせいか簡単に自宅に入れてしまった。

 遠藤明と岩松彩芽は何気ない会話をした。その話題は主に岩松節子のことだった。彼女の学生時代のことを遠藤は丁寧に彩芽に話した。彩芽の方も優しい姉のことを思い出し、目に涙を浮かべながら遠藤の話を真剣に聞いていた。

 遠藤明は岩松節子についての話をしながら、どこで自分が沖田満を花村のぼるに殺害させた張本人であることを彩芽に話そうかと慎重にタイミングをうかがっていた。沖田満を殺害させたのが自分であると知れば、彩芽はきっと自分に愛情を注ぐに違いないと遠藤は思っていた。そしてそれは正しかった。最愛の家族を失った彩芽が自身に優しくしてきた誰かに依存することは当たり前のことだった。つまり、遠藤はもう既に自分の浅ましい願いを叶えることができる段階にいたのであった。

 しかし、この時点の遠藤は気が緩んでしまっていた。それ故、ミスをすることも時間の問題であったのだ。

「節子がどんなことをしたにせよ、彼女の死は本当に私にとっても本当に悲しい出来事でした。でも節子が睡眠薬のおかげで苦しまずに死んだことだけは唯一ほっとしたの。」

 それは些細な会話だった。岩松節子の話が進むにつれ、遠藤は涙を浮かべながら岩松節子の死を悲しんでいたことを彩芽に必死に伝えようとし、まさに彩芽に言ってはいけないことを言ってしまったのだった。

 遠藤の先の台詞を聞いた直後、岩松彩芽の表情が一瞬にして変わった。

「お姉ちゃんの遺体から睡眠薬が検出されたなんて、どのニュースでも言ってなかった。」

 岩松彩芽は静かに言った。しかし、その口調とは裏腹に彩芽の心の中は怒りで満ちあふれていた。

 遠藤明は瞬時に自らの失言に気が付いた。そして同時に恐怖心も抱くことになった。彼女は自分の力に絶対の自信を持っていた。彼女は自らの死を予見することができる。もしも一週間後に車にひかれて死ぬとしたら、彼女はそれを回避することができる。自らの死を防ぐために、遠藤は毎朝自身の姿を鏡で確認している。今日もしっかりと鏡で確認し、死んでいない自分の姿をしっかりと見てきた。

 しかし、例外は存在する。自らの誤った行動が原因でもたらされる結果である。これを恐れているため、遠藤は普段から目立った行動をせず、そして失言もしないようになるべく他人と関わらないようにしていた。彼女は念のため、普段から手鏡を持ち歩いており、自身の行動によって最悪が訪れないか注意いていた。それ故、今手鏡を見たら青白い顔の自分の姿が映ることを、遠藤は確信していた。

(くそ、油断した。自分の方針をこの私自身が忘れるなんて・・・!)

 遠藤は『良いことの次には必ず悪いことが待っている』という自分の考えは間違っていなかったということを最悪の形で改めて実感することになった。何もかも彼女の思い通りに上手くいきすぎていた。その理由は近い未来に最悪が待っていたからだったのである。そう、言うならば彼女は調子に乗りすぎたのである。

“ダン!”

 岩松彩芽が勢いよく立ち上がった。遠藤はとっさにテーブルの上に乗っていた刃渡り30センチの包丁を取ろうとしたが、岩松彩芽の方が少しだけ速かった。遠藤が包丁を手にする前に、彩芽は遠藤のことを蹴り飛ばしていた。

 岩松彩芽はテーブルの上の包丁を手に取ると、床に倒れ込んだ遠藤に覆い被さった。そして遠藤の顔を左目から口元にかけて、一直線に切り裂いた。

 直後、遠藤は大きな悲鳴を上げた。おそらくそれは、この岩松宅の近隣に住む人々にも聞き取れただろう。そして誰かが警察に通報するかも知れない。しかし、岩松彩芽にとってそんなことはどうでもよかった。彼女は失いすぎた、それ故、ほとんどのことに対して恐怖や不安を感じることができなくなってしまっていたのである。

「死ね。」

 その一言の後、岩松彩芽は遠藤の胸部に包丁を突き刺した。その結果、遠藤の肺には一つの大きな穴が空いた。

「はは。」

 岩松彩芽は遠藤の身体から包丁を抜いた後、軽く笑うと自身の首を包丁で一文字に切り裂いた。10秒ほど荒い息を上げた後、岩松彩芽は床に倒れ込みそして動かなくなった。

「あ・・・か・・・。」

 遠藤明は呼吸することができないでいた。いくらもがいたとしても息を吸えなかった。

 この岩松宅の左隣に住んでいる老夫婦が遠藤の悲鳴を聞いた後、彼らはすぐに警察に電話を掛けていた。しかし、この老夫婦はなかなか警察にうまく説明をすることができなかった。その結果、遠藤が悲鳴を上げてから警察が岩松宅に到着するまでに20分もかかることになった。

 肺に穴を開けられた遠藤は、15分間もの間、もがき苦しみながら息絶えた。


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