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死期予見  作者: 本郷真人
第十一章
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(1)

 遠藤明と岩松節子は岩松が所有するピンク色の軽自動車の中にいた。ちなみに運転席に座っているのは岩松で、遠藤はその隣である助手席に座っていた。この軽自動車が止まっている場所は、蔵岡市の山間部に設置されている展望台兼駐車場でもある『みはらしの丘展望台』だ。この『みはらしの丘展望台』からは蔵岡市の市街地の様子がよく見える。夜であるためか家々の小さな灯りが点々と綺麗に光っており、その光景はまさに地上の星々と言えた。

「綺麗。」

 岩松がぽつりとつぶやいた。

「そうですね。まさに私たちの未来を祝福しているみたいです。」

 遠藤も笑顔で行った。嬉しそうな遠藤の様子を見た岩松は彼女に寄りかかった。

「ねえ明。私、役に立てた?」

 岩松が遠藤に甘えるような声で言った。

「はい、本当に役に立ちましたよ。警察署でも今井雄一にちゃんと携帯電話を届けてくれました。まあ、一番は・・・。」

 遠藤は発言を一端止め、自身に寄りかかっている岩松の頭を優しく撫でた。

「あの馬鹿な男をよくあそこまで手懐けました。おかげで全て思い通りに行きましたよ。それに言ったとおりだったでしょう?本当のことを少し含めるだけで真実性は増すと。」

「確かにその通りだったよ。でもあなたのことを悪く言うのは相当堪えたよ。あれは本当に嫌だった。別にあんなことを言う必要はなかったんじゃないの?」

「私のことは別に大丈夫ですよ。私の力については証明のしようがないので、どんな罪にも問われることは絶対にありません。記録では明らかに不可解だったとしても。故に佐々木を騙すにはうってつけの真実の内容だったというわけですよ。それに・・・。」

 何か言いかけてから遠藤は笑みを浮かべた。

「私も赤の他人に自慢したかったんですよ。私の力についてね。どうせ死ぬ人だったしちょうど良いかなって。」

「あなたって本当に案外いい性格してるよね。」

「まあ、理由なんてそんなものですよ。人の行動原理なんて複雑に見えて単純なものですからね。」

 岩松は遠藤に寄りかかりながら幸せを噛みしめていた。最愛の人の役に立てたことによる幸福とその褒美として最愛の人から受ける愛情に酔いしれているのである。愛する妹、彩芽のことがあってから彼女は男という存在自体嫌いになった。たった三日間という短い時間だったが、佐々木信彦という見ず知らずの男とほとんど二人きりで過ごすことは彼女にとって非常に苦痛であった。しかしそれを耐えることができたのは愛する遠藤明の役に立ちたいという彼女の一途な強い思いがあったからである。

「明、私本当に今幸せだよ。」

 岩松はそう言うと、遠藤の右腕を両手で抱いた。

一方、遠藤は自身に甘えてくる岩松のことを心の底から愛らしいと思った。自分が男性よりも女性の方に興味があることは学生時代から自覚していたのだが、そもそも他人に関心がない自分がこれほどにも愛情を持つことになるとは思ってもいなかったのである。

それ故この後のことを考えると遠藤は少しだけ胸が苦しくなった。しかし人生において絶対にやらなくてはならないことは必ずある。遠藤はそう思うと少し悲しかったが決心をすることにした。

「この後どうしましょうか?」 

 甘ったるい声で岩松に尋ねた遠藤は、カップホルダーに置いてあったコーヒーカップを取ると一口だけ飲んだ。

「飲みますか?」

 遠藤は先ほど飲んだコーヒーカップを岩松に差し出した。岩松は頬を赤らめながらそれを手に取ると口を付けて中身を飲んだ。岩松がこのコーヒーを飲むことを遠藤は既に知っていた。間接キスぐらいで嬉しがるなんて本当に愛らしいと遠藤は思った。しかし岩松がコーヒーを飲んだ瞬間、彼女の悲しい未来を遠藤は見てしまった。それを見た遠藤は胸が苦しくなったが、それと同時に安心もした。やはり私はサイコパスなんかではなく人間らしい感情がしっかりあるのだと。すべてはこの能力故であり、自身に責任ないのだと改めて実感したからであった。

「なんだか少し眠くなってきた。」

 コーヒーを飲んでから五分程経過しただろうか。岩松はそう言うと眠たそうに目を擦った。

「眠って良いんですよ。良い夢を。」

 遠藤はそう言うと岩松の頭を再び撫でた。岩松はこの遠藤の言葉に愛情を感じると安心したように深い眠りについた。遠藤の手を握っていた岩松の両手が力なく垂れ下がった。

 岩松が完全に眠ったことを確認すると遠藤はすぐさま行動に移った。

 遠藤は後部座席に乗せていた自分のバックを取り出した。それは普段彼女が持ち歩かないリュックサックであった。リュックサックを開けてみると中から出てきたのは炭が入った七輪とガムテープ、着火剤、そしてゴム手袋である。次にこの『みはらしの丘展望台』に来る前に岩松と二人で買ったコンセントが要らないバッテリー付き掃除機を準備した。これは岩松に『自家用車の掃除がしたいから。』と適当な理由言って買ったものだった。

「さてと。」

 早速、ゴム手袋を付けた遠藤はガムテープをいくらかちぎり、それを全て眠っている岩松に触らせた。しっかりとガムテープに岩松の指紋を付けながら、遠藤は慎重に車の全ての通気口をガムテープでふさいでいった。車の全ての窓を少しだけ開け、それをガムテープで軽く塞いだ。

 最後に七輪に着火剤で火を付けるとゆっくりと扉を閉めた。後は簡単である。遠藤は掃除機の電源を入れ、車の窓に軽く貼られたガムテープを掃除機で吸い出した。ガムテープは窓にぴったりくっつき、完全な目張りが完成した。

「飼い主に必要とされなくなった愛玩動物の末路は、この国ではガス室と決まっているの。節子、あなたにはまさにぴったりで幸せな死に方だと思わない?この死に方は私に愛されていた証明でもあるのだから。」

 遠藤はいずれ今井雄一に女性の協力者がいたという証拠や証言が出てくることを知っていた。今井の家に訪れる時に近隣住民を何度か見かけてしまったし、何より防犯カメラである。蔵岡市が人口の少ない地方都市とはいえ防犯カメラを設置している建物などは必ず存在している。どこかの防犯カメラに今井雄一の所有する車に女性が乗っている場面が映っている可能性は非常に高い。防犯カメラの映像があまり良くないとはいえ、女性が乗っていることぐらいは分かるものだ。それ故、女性の共犯者の死体が必要だったのである。

 遠藤明が岩松節子を自身の身代わりに選んだ最大の理由は、彼女の顔が自分の顔をどことなく似ていたからであった。防犯カメラのような精度の悪いカメラでは違いが分からないぐらいには。それは遠藤が岩松節子を好いた最大の理由でもあった。つまり、遠藤が岩松節子という人間に向けていた愛情は、彼女自身の強い自己愛の延長に過ぎなかったのである。

「愛玩動物の死はやっぱり警察犬と違って少し堪えるものだね。」

 薄暗い夜道を歩きながら遠藤明はそうつぶやいた。

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