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死期予見  作者: 本郷真人
第十章
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 10月12日。

 蔵岡警察署で起きた爆発事件は大々的に報道された。大勢のマスコミが蔵岡署を訪れ、どこの報道局もこの事件ばかり取り扱った。『この事件は二年前に起きた蔵岡市連続猟奇殺人事件で実の娘を現役の警察官によって誘拐された今井雄一の復讐だ』とどのニュース番組でもこぞって放送された。玉橋里美巡査長を殺害したときに使われた凶器とみられるトンカチが湯野岬第二トンネルから見つかり、それに今井雄一の指紋がべっとりと付いていたことや今井雄一の妻が既に亡くなっている事などをニュースキャスターたちが必死に話していた。

 遠藤明は自宅でくつろぎながら、ゆっくりとニュース番組を観ていた。

「今井雄一。本当に馬鹿で扱いやすい男だった。これだから宗教の信者は。ほんとうに愚かな人種だよ。チャールズ・マンソンとキリストの何が違う。マンソンを信じたヒッピー達は彼のために人を殺した。カトリック信者は異教徒を虐殺した。ほら、結果は同じだ。彼らに何も違いはない。まあ、人間なんて皆そうか。皆指導者を求めてそれ以外はどうだっていい。だって楽だから。自分は何も考えなくて良いから。そんな楽を求めたから死ぬことになったんだよ、今井雄一。」

 遠藤はテレビを見ながら大好きな紅茶を飲む。充実感に包まれたティータイムは彼女にとって格別なものだった。

「さてと。だけどもう一つ仕事が残っている。まあ私は管理職。すでにわかりきっている結果を聞くだけだけどね。」

 そうつぶやくと、遠藤は自分の一番信頼している仲間が仕事をやり遂げることを確信していた。

「警察犬は金が掛ってしょうがない。ただ飯食らいの使えない駄犬だった。やっぱり飼うには主人に忠実な愛玩動物が一番だね。」


 10月12日午後4時。

 岩松節子は蔵岡警察署で起きた爆発事件で重傷を負った佐々木信彦警部補の見舞いのため、蔵岡市立病院を訪れていた。彼女は手に綺麗な花が入っている花瓶を持ったまま病院に入った。

 病院の入り口を抜け、受付にいる看護師の一人に佐々木警部補の病室を聞くと、岩松はまっすぐに病室に向かった。

 『711号室』。病院の七階に佐々木警部補の病室はあった。本日、佐々木警部補は集中治療室からこの病室に移され、入院してからようやく面会ができるようになっていた。もっとも、彼の意識は未だに戻ってはいないため、面会といっても佐々木警部補本人と会話することなどできなかった。

 岩松節子が『711号室』の前まで来ると、病室から二人の人物が出てきた。黒い高級スーツを着こなす中年の男性二人。岩松はすぐに彼らが警察の人間だと気が付いた。

「こんにちは。」

 岩松は彼らに挨拶をした。

「失礼ですがあなたは?」

 スーツ姿の男の一人が岩松に尋ねた。岩松は『どうして警察はいつも高圧的なのか。』と思い、少し嫌な気持ちになった。

「この病室にいる佐々木信彦の友人です。」

 岩松は刑事の質問に淡々とした様子で答えた。

「友人?お名前は?」

 すかさず刑事が訪ねた。

「言う必要がありますか?」

 すぐに岩松も応対する。

「・・・いえ、失礼しました。」

 それだけ言って刑事達は病室から去って行った。岩松は刑事達が完全に見えなくなったことを確認すると、すぐに病室に入った。

 岩松節子が病室に入ると、そこにはチューブを鼻と口に付けた佐々木警部補がベッドの上で眠っていた。彼の頭は包帯で巻かれており、顔の至る所に小さな切り傷がいくつもあった。岩松はそれらを飛散したガラス片でできた傷だろうと推測した。

「佐々木刑事、こんにちは。」

 岩松は佐々木警部補に挨拶をする。

「お花を持ってきましたよ。」

 岩松はそう言うと、持ってきた花瓶をベッド脇の棚の上に置いた。

「少しお話しましょうか。」

 岩松は花瓶から手を離すと、ベッドの近くにあったパイプ椅子に座り、佐々木警部補の方に向き直った。

「私には少し年が離れた妹がいるんですよ。彩芽っていう名前でね、本当に姉である私のことが大好きな可愛い妹なんです。」

 岩松はまるで赤ん坊に向かって子守唄を歌う母親のような口調で佐々木警部補に語りかけた。

「妹が高校一年生だったときです。別の高校にいた屑野郎に妹は暴行を受けたんです。その屑野郎は初犯であったこと、そして父親が市議会議員だったこともあって一年ほど少年院にいただけですぐに社会に戻ってきました。当時の私はただの大学生。何もできませんでした。」

 岩松は力強く拳を作った。怒りのためか彼女の身体は少し震えていた。

「でもね、私にはとても素晴らしくて心強い味方がいたんです。その人はとても優しくて、私が高校生だったとき、私に嫌がらせをしてきた人達を処分してくれました。そうです。その人には力があるのです。人には想像できないような素晴らしい力がね。私はその人と裏では恋人関係となり、とても有意義な学生生活を送りました。だからね、私はその屑野郎が少年院から出てきた後すぐに彼女にお願いしたんですよ。あいつを殺して欲しいってね。自分が犯した罪の重さが分かるように残酷に殺して欲しいと。」

 岩松はポケットから自身の携帯電話を取りだした。そして一つの写真を佐々木警部補に見せた。写真には少し華美で露出度が高い衣装を着た遠藤明が映っていた。

「どうです?すごく綺麗でしょう。これが私の恋人です。あなたに教え、あなたが捜査していた人物ですよ。」

 岩松は携帯に映る写真を愛おしそうに眺めた。

「彼女がこんな格好をしたとき、私は大変驚きましたよ。だって普段、彼女はおとなしくてこんな格好をする人物ではなかったんですから。」

 岩松はそう言うと、携帯電話の電源を切り、自身のポケットに携帯電話をしまった。

「この格好をして遠藤はあの屑野郎に会いに行きました。それを見た私は本当に彼女のことを心配しましたよ。ええ、当たり前です。なんせ私の大切な人なんですから。ですがその心配は杞憂に終わりました。遠藤が屑野郎を訪ねてから数日後、その屑はまさに私の願い通りの死を迎えました。陰部を切り取られたことによる大量出血で死亡。数十分ぐらいは苦しんだでしょうね。アハハハハ!まさに獣にはお似合いの死に方だとは思いませんか?」

 岩松は楽しそうに笑った。

「私はテトロドトキシンで声も出せない、身体も動かせない中、ただ一人で死んでいったこの屑のことを考えると食欲がどんどんわいてくるんですよ。仕事でつらいときもコイツの最期を思い浮かべるとやる気が出てきます。佐々木警部補、私はね、こういう人間なんですよ。あなたが思っていたような岩松節子はどこにもいない。」

 岩松はベッドで眠っている佐々木警部補の肩に手を添えた。 

「遠藤が自分のことをあなたに話すように言ったとき、私は当初反対したんですよ。でも彼女が人を信じ込ませるには100パーセントの嘘偽りではなく、真実を少しばかりブレンドする必要があるって力説しましてね。まあ、彼女に従うのがベストな選択かなって。だっていつも彼女の言うとおりの結果になってしまうのですから。」

 岩松の手が佐々木警部補の左腕に繋がっている点滴の管に伸びた。

「さてと。佐々木警部、人体についての勉強の時間です。」

 岩松はポケットの中から空の注射器を取り出すと、ピストンをゆっくり引いた。

「血液の中に大量の空気が急速に入ってしまうとどうなるか分かりますか。入り込んだ空気が少量でしたら何の問題もありません。血液中に溶けてしまいそれでおしまいです。」

 岩松は先ほどピストンを引いた注射器のメモリを視た。そして佐々木警部補の方に向き直り、彼に向かって微笑んだ。

「しかし、10ミリリットル以上の空気が一度に入ってしまうと大変な事になります。空気塞栓症という言葉を佐々木刑事は聞いたことがありますか?おそらく聞いたことがあるでしょう。昔、ある介護施設で一人の看護師が起こした連続殺人事件。ええ、覚えていますとも。犠牲者は四人。本当に酷い事件でした。被害者全員の体内から気泡が見つかり、件の看護師が注射器一本で大量殺人をしていたということが判明しました。」

 岩松は佐々木警部補の左腕からゆっくりと点滴用の注射針を引き抜いた。彼女は両手を使い、慎重に作業した。そして先ほど準備した注射器を佐々木警部補の腕に刺すとピストンを押し、いくらかの空気を入れた。致死量に十分な空気を入れ終わると、岩松はまた点滴用の注射針を佐々木警部補の腕に刺し直した。

「さようなら、佐々木刑事。あなたと一緒にいる時間は私にとっては非常に苦痛でした。」

 最期に一言残すと、岩松節子は佐々木警部補がいる病室『711号室』を後にした。

 岩松が去った後、病室の硬いベッドの上で静かに息をして眠っている佐々木警部補であったが、彼の意識が戻ることはなかった。翌日である10月13日。この日は佐々木警部補の命日となった。彼の容態の異変に病院の職員達が気付いた時には、全てがもう手遅れであった。佐々木警部補は自分が殺された理由や自分を殺した人物、全てがわからないまま、ただ死亡した。

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