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死期予見  作者: 本郷真人
第十章
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(2)

 10月9日午前7時。

 蔵岡警察署では慌ただしく警察官達が動いていた。その様子は二年前の光景と同じであった。まさしく二年前に起きた惨劇が再び幕を開けたことを誰もが感じていたのである。

「防犯カメラの解析終わりました!午前6時ごろに特定されました、蔵岡公園にある公衆電話を映したものがありました。」

 眼鏡を掛けた女性警官が慌ただしく部屋に入ってきて報告した。

 今、大量の警察官達が蔵岡警察署の会議室に集まっていた。この部屋は急遽設置された『連続警察官殺し』の捜査会議室である。先の女性警官は開かれたノートパソコンを両手に持ちながら、この会議室に走って入室した。

「こちらです。」

 女性警察官はそう言いながら、持ってきたノートパソコンを会議室に設置されている大型モニターに繋ぎ、一つの映像を表示した。

「これは蔵岡公園内の神社に設置されている防犯カメラのものです。ちょうど例の公衆電話が端の方に映っていました。早朝でしたがすぐに公園の管理者に連絡して防犯カメラのデータをいただくことができました。」

 女性警官は映像を入手した経緯を簡単に説明した後、すぐに防犯カメラの記録を再生させた。

「こちらを見てください。この映像は今日の午前2時30分のものです。蔵岡署にあの通報があったのと同じ時間です。」

 女性警官の発言を聞き、会議室にいた警察官達はモニターを注視した。

 モニターには、身長170センチぐらいの一人の男が公衆電話を使っている姿が映し出された。画面の左端から出てきた男は電話ボックスに入ると、小銭を入れ受話器を取った。そして数秒通話した後、電話ボックスを出てすぐにその場を立ち去っていった。

「防犯カメラの映像で、しかも真夜中だから通報者の顔がちゃんと映っていないな。もっと鮮明にできなかったのか?」

 一人の刑事が女性警官に尋ねた。

「これが限界でした。夜間だったこともあり、顔の特徴などはしっかりと映っていません。」

「そうか。」

 捜査官達は頭を悩ませた。通報時間から考えておそらく目撃者も期待できない。一番期待していた防犯カメラでさえこの有様である。捜査官達は落胆して溜息をついた。

「とりあえず警察庁からの応援は明日派遣されるとのことだ。県警本部からも多くの警察官が本日の午前11時に到着するから、動ける警察官を総動員させて通報者を探すしかない。」

 蔵岡署の年配の警部がため息交じりに言った。

「今はダメ元でもいいので聞き込み調査を行いましょう。もしかしたら夜の散歩をしている人が電話ボックスを見ていたかもしれません。本部からの応援の到着を持つのも良いですが、それまでにできる限りのことをしましょう。」

 木下警部が落ち込む蔵岡署の警察官達に言った。冷静に発言をする木下警部であったが、今この会議室にいる人間の中で一番犯人を見つけたいと思っていた。それ故、少しの間もじっとしていることができなかったのである。捜査が停滞する。それは今の木下警部にとって許されざることなのである。

「警部、私はこれから電話ボックス周辺に住む人達に聞き込みに行ってきます。早朝ではありますが、幾人かはもう起きているでしょうから。失礼がない限りで聞き込みをします。」

 佐々木警部補が木下警部に言った。

「わかりました。しかし、警察官を狙って殺人を繰り返している凶悪犯が今も蔵岡市内に潜伏しているとしたら単独行動は危険なはずです。菅原刑事と一緒に行動するようにお願いします。」

「了解です。」

 佐々木警部は木下警部の指示を素直に聞いていた。しかし、木下警部の指示の後、佐々木警部補は思い立ったように木下警部を呼び、会議室の隅方に二人で移動した。

「忙しいのに済みません。実は警部に会って欲しい人がいるんです。」

「会って欲しい人?こんな時に?」

 佐々木警部補の要求に対し、木下警部は少しイラついた。

「はい。二年前の連続猟奇殺人における新たな情報があるんです。まだ確かな証拠などはないのですが、花村のぼるや渡部巡査部長でもない第三の人物が事件に関わっていたのかもしれないのです。今日会っていただきたい人がその第三者についてよく知っています。山口さん達を殺されて連続殺人の再捜査どころではないことは十分承知しています。しかし、もしかしたらその第三者が今回の恐ろしい事件にも関わっている可能性もあります。だってそうでしょう?我々を殺す理由なんて再捜査の件しか思い当たることがありません。」

 佐々木警部補の言葉を聞き、木下警部は悩んだ。しかし大切な部下達を殺した犯人を捕まえるために、今はどんな情報でも欲しかった。

「確かに山口さん達を狙ったのには何らかの理由があるはずです。彼らにいなくなって欲しい人物。それは彼らが再捜査をしていた蔵岡市連続猟奇殺人事件に関わりがある人間の可能性が高いはずです。故に彼女の話は非常に有益かと思います。」

「彼女?情報提供者は女性なのですか?」

「はい。詳しいことは本人から直接聞いた方がよろしいと思うのですが、もしかしたら彼女は二年前の事件の犯人である花村のぼるの共犯者と思われる人物の同級生だったそうでして。」

「花村のぼるの共犯者?」

 佐々木警部補のこの話を聞いた木下警部の表情が強ばった。

「二年前の事件で私が一番気になっていたことは花村の犯行動機だった。彼のような優れた知能犯がただ無作為に犠牲者達を選んでいたとは考えられなかったんだ。犯行理由が花村以外の人物の意思によるものだとしたら、確かに納得がいきます。」

 木下警部は少し俯きながら考えをまとめていたが、しばらくするとまっすぐに佐々木警部補の方に向き直った。

「分かりました。その情報提供者に会いましょう。」

「ありがとうございます。」

「それで、今日の何時くらいにその人は蔵岡署に来るのでしょうか?」

「ああ、それでしたら先ほど私の携帯に連絡が届きまして、何でも10時頃には来れるそうです。」

「それはありがたいですね。それでは、電話ボックス周辺の聞き込みを、9時30分くらいには一端切り上げて、署の方に戻ってきてくれませんか?情報提供者と会うときにはあなたがいた方がスムーズにいくと思うので。」

「了解しました。ではこれから聞き込みに行ってきます。そろそろ蔵岡市の人達も朝の支度を終えた頃でしょうから。」

 木下警部に岩松の訪問のことを伝えた佐々木警部補は、すぐに菅原刑事と共に蔵岡署を後にした。少しでも情報を得るために彼はこの後も奔走した。


 午前10時。

 岩松節子が蔵岡署を訪れた。聞き込み捜査を一端中断し、署に戻ってきていた佐々木警部補がそれを出迎えた。しかし、彼女が到着次第、すぐに話を聞く予定だった木下警部はその場に来ることができなかった。彼女のことを別室で待っているわけでもなかった。イレギュラーな事態が発生したからであった。

「なんか警察署全体が騒がしいですね。何かあったのですか?」

 岩松節子が佐々木警部補に尋ねた。

「その事なのですが、すみませんが少しの間、このロビーで待っていてはいただけないでしょうか?忙しい中、足を運んでいただいたのに大変申し訳ありません。」

「いえ、今日はこの後、何もないので私は全く構いませんけど。」

 佐々木警部は岩松節子に署内のロビーにあるソファの一つに座るよう指示をすると、すぐに駆け出した。

「くそ。」

 佐々木警部補は悪態をついた。

 本来の予定ならば、この後は木下警部と一緒に岩松節子と面談する予定だった。しかし、それはある男の出現によって狂ってしまった。


 時を遡ること数十分。聞き込み作業を中断した佐々木警部補と菅原刑事は署に戻り、木下警部二人と一緒になったのだが、そこに蔵岡警察署の一人の警察官が走り込んで来た。

「大変です!木下警部。今井雄一と名乗る男が急に署にやって来まして、彼は今日の午前2時ぐらいに警察官達の遺体が湯野岬第二トンネルにあることを通報したと言っています。そしてあなたたち三人と話がしたいとも!」

 それは急な来訪だった。

「何だって?」

 木下警部はこの今井雄一によるサプライズに心底驚くと、同時に多くの疑問を抱いた。

「なぜ今?通報したときに名乗らなかったのに、その数時間後に出頭するなんて。絶対に何か思惑があるはずです。そうとしか考えられない。」

「私も警部に同意します。」

 菅原刑事もすぐに木下警部に賛成する。

「私たちと話がしたいと言っていることも不自然です。警部、今井は私たちと殺された山口さん達が同じチームに所属している仲間だと知っているに違いありません。」

「私も菅原刑事の意見と同じです。私たちを指名してきたということは、そうとしか考えられません。」

「菅原刑事、佐々木警部補。それは全て分かっています。しかし、何も情報がない今、彼の話を聞かないということはできません。」

 しばらく悩んだ末、木下警部は決断する。

「私と菅原刑事の二人で話を聞きましょう。佐々木警部補、あなたは隣の部屋から監視していてください。」

「わかりました。しかし今井が何を考えているにしろ、要注意人物であることだけは確かです。所持品検査、身体検査をしっかり行ってから面会することにしましょう。もちろん、彼がもし携帯電話などの通信機器を持っていた場合はその場で没収しましょう。外部にいる誰かと連絡を取らせるわけにはいきませんから。」

 佐々木警部補のこの考えに木下警部も賛同する。

「了解しました。それでは蔵岡署の警官に今井の身体チェックを厳重に行うように言っておきましょう。彼、もしくは彼以外の誰かが何を企んでいるにせよ、ここは警察署です。犯人の思うようにはいかせません。」

 木下警部達は今井雄一との対面に向け、すぐさま準備に取りかかった。

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