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死期予見  作者: 本郷真人
第十章
62/69

(1)

 木下警部は三人の遺体と対面していた。いや、一体はつぶれかけた頭部しかなかった。

「間違いなく彼らです。玉橋里美巡査長、山口龍平巡査部長、宮本彰吾巡査長。いずれも私のチームに所属していた刑事です。三人とも非常に優秀で、頼りになる良い部下達でした。」

 木下警部が嗚咽混じりに言った。その隣には膝を地面につけ、泣き崩れている菅原千尋刑事がいた。

 匿名の通報によって駆けつけた警察官達が三人の刑事達の遺体を発見してから一時間が経っていた。遺体発見の一報を受けた木下警部は、一緒に事務作業をしていた菅原千尋刑事と共に急いで現場に駆けつけた。二人が到着した頃には既に鑑識作業が始まっており、鑑識担当の一人から木下警部は身元確認を頼まれたのである。

 湯野岬第二トンネルの中間付近に設置されている物置部屋に三人の遺体はあった。全員が床に乱雑に置かれていた。玉橋里美刑事はその首だけが床に転がっていた。そして、残る二人は全裸で床に放置されていた。二人とも肌が土気色になっており、どうやら結構な量の血液が抜かれているようだった。

「これ見てください。」

 鑑識担当の一人が木下警部に言った。木下警部は重たい足取りで鑑識に促されるまま遺体に近づいた。

「山口刑事と宮本刑事の遺体なのですが、理由は不明ですがおそらく血液のほとんどを抜き取られています。そしてこちらを見てください。」

 鑑識担当は遺体の腹部を指で指した。二人とも腹部に縫われた切断後があった。

「腹部に鋭利な刃物で切断された後があります。そして乱雑に縫われています。」

 そう言いながら、鑑識担当は宮本刑事の腹部を触った。

「おそらくですが臓器の一部が抜き取られている可能性があります。また、その代わりに砂袋のようなものが詰められているみたいです。」

 木下警部は手袋をはめ、おそるおそる遺体に触れた。確かに砂袋のようなごわごわとした何かが入っているようだった。

「なんて酷いことを・・・!」

 木下警部の声は怒りで震えていた。今、犯人が目の前にいたとしたら、彼は躊躇なく拳銃の引き金を引くだろう。それほどまでに彼の怒りはすさまじかった。

「臓器が抜き取られ、そこに異物を詰める。これは臓器売買の業者がよく行う手段です。犯人は複数人のグループではないでしょうか?組織犯罪を捜査する刑事を呼んだ方がよさそうですね。」

 蔵岡署から来た刑事の一人が木下警部に言った。しかし、木下警部はその考えをすぐに否定した。

「いや、血液を抜き取ったり、臓器を取り出したのは捜査を攪乱させるためでしょう。もしくは別の理由があるからかと。暴力団や半グレ集団などによる組織犯罪であると決めつけるのはまだ早いでしょう。玉橋刑事だけこのように遺棄されたのも気になります。そして彼らが狙われた理由も不明です。」

 警察官としての長年の勤務経験があるというのに、木下警部は自分の部下達を殺した犯人の目的が分からなかった。臓器売買が目的なのか、それとも単なる快楽殺人か。あるいはもっとおぞましい目的があるのか。彼には全く見当が付かなかった。

「犯人の目的が何にしろ、やることは一つだ。」

 木下警部は普段の彼とは違う荒っぽい口調で言った。

「犯人には必ず償いをさせる。私の部下を殺したんだ。彼らは良い友人でもあった。必ず捕まえて絞首台に引きずり出してやる。」

「ええ、そうですね。」

 木下警部の意見に菅原刑事も同意した。

「犯人はそれ程のことをしたんですから。」

 木下警部と菅原刑事を含めた警察官達が三体の遺体と対面していると、トンネル内に誰かが走ってくる大きな足音が響いた。

「すみません、お待たせしました。」

 そう言ってやって来た人物は佐々木警部補だった。

「警部、山口さん達は?」

 佐々木警部補は震える声で尋ねた。

「佐々木刑事・・・。ああ、こっちだよ。」

 木下警部はうなだれた様子でそう言うと、佐々木警部補を遺体と対面させるために数人の警察官を下がらせた。遺体までの道ができた佐々木警部補はすぐさま三人に駆け寄った。

「ああ、そんな!」

 佐々木警部補は悲痛な叫び声を出した。数年間、苦楽をともにした仲間が凄惨な状態で床に横たわっている。残酷な現実を目の前にし、佐々木警部補の脳は一時活動を停止した。

「犯人は?犯人の目星は付いているのですか!誰がこんな・・・こんな酷いことを!」

「それについては一つ手がかりがある。」

 佐々木警部補の問いに対し、木下警部が落ち着いた声で静かに言った。

「犯人の目的、正体、全て不明だ。だが山口刑事達は一本の匿名の通報によって見つかった。その通報者が何か知っている可能性が高い。警察庁にも応援要請をしたから相当な数の警察官も派遣されるはず。犯人は絶対に捕まる。そして死刑になる。これは確定された未来だ。」

 佐々木警部補は木下警部の表情をうかがった。いつもの彼とは全く異なる口調と雰囲気に気が付いたからである。

「通報ですか?一体誰が・・・。しかし名乗らないということは少なくとも山口さん達の誘拐事件に何らかの形で関わっていることは確定ですね。」

「はい。私もそう思います。」

 佐々木警部補の意見に彼の近くにいた菅原千尋刑事も同意した。

「通報者は誘拐犯本人か、もしくはその仲間で良心の呵責に耐えかねて通報したのか。まあ何にせよ通報者を特定することが三人を殺害した犯人を捕まえるのに一番近い方法であると思います。

「私も同意見です。菅原刑事。」

 木下警部はようやく落ち着いてきたのか、普段の冷静な自分を取り戻しつつあった。それ故、彼の口調もいつものように丁寧なものになっていた。

「すいません、木下警部。」

 一人の鑑識担当の警察官が木下警部に近づき、話しかけてきた。

「あと30分ほど鑑識作業をしましたら、ご遺体を運べそうです。その、心中お察しいたします。」

 警部に話しかけた鑑識担当は木下警部、佐々木警部補、菅原刑事の様子をうかがいながら気まずそうに言った。

「ご遺体はこの後、蔵岡署の遺体安置所にいったんお運びする予定です。そして明日、すみません。もう今日でしたね。検視作業を行いたいのですが。それ故、今日中にお三方のご家族に許可をいただきたいのです。なので、その・・・。」

「わかっています。山口さん達のご家族に連絡しないといけない・・・。私が行います。」

 暗い表情で木下警部が言った。彼はこれまでいくつもの殺人事件を担当してきたので、被害者遺族との面会は何度もあった。しかし、仲間の死をその家族に報告した事なんて一回もなかった。それ故、酷く心に痛みを感じていた。

(皆の家族は一体どう思うのだろう。突然最愛の人の死を知らされるなんて。いや、何回かあったじゃないか。被害者遺族に会う事なんて。でも・・・。)

 木下警部は自信の胸が締め付けられるように痛み出していることに気が付いた。

「警部・・・大丈夫ですか?」

 菅原刑事が胸を押さえている木下警部の背中をさすり、彼のことを気遣いながら言った。

「ああ、すまないね。大丈夫だよ。」

 木下警部はわざと冷静に振る舞った。

「おそらくご家族は私のことを恨むかも知れない。でもそれはしょうがないことだ。なんせ私のミスが招いた結果なんだから。山口さん達が殺されてしまった原因は私にもある。」

「そんなこと!警部に責任があるなんて・・・。」

「いや、いいんだ佐々木刑事。私に責任があることは確かなことなんだ。だから遺族に恨まれるのは当然だ。いや、むしろ遺族の方々がそれで少しでも気を紛らわすことができるのなら、私はそれで構わない。でも、彼らを殺した人間のことだけは許せない。そいつへの手がかりが少しでも分かるのなら、私は土下座してでも遺族から検視の許可をもらってみせる。」

 木下警部は真剣な表情で佐々木警部補と菅原刑事の方を見た。

「山口さん達の弔い合戦です。力を貸してください。」

 木下警部が二人に言った。

「警部、もちろんですよ。言われるまでもありません。すぐにでも犯人を見つけてみせます。」

 佐々木警部補が言う。

「匿名の通報は公衆電話でした。すぐにどこの公衆電話だったのか調べ、その公衆電話の周辺の防犯カメラを探します。三人の仇は必ず取りますので。」

 菅原刑事も力強く言った。


 木下警部、菅原刑事と共に山口龍平、宮本彰吾、玉橋里美の三人の遺体と対面した佐々木警部補は、蔵岡警察署に向かうため乗ってきた覆面パトカーに戻った。パトカーの助手席には岩松節子が乗っており、佐々木警部補のことを待っていた。

「大丈夫ですか?」

 岩松が佐々木警部補に聞いた。仲間の死に対面した佐々木警部補の顔は青白く、死人のようだった。

「すみません。少し待ってください。」

 ドアを開け、運転席に乗った佐々木警部補はハンドルに手を握ると、そのまま頭を下に下げたまま動かなくなった。いや、動いてはいた。彼の身体は震えていた。

 木下警部から三人の遺体が見つかったとの連絡をもらって、佐々木警部補はこの場所に来た。しかし、実際に自身の目で見るまで彼はこの残酷な事実を信じることができなかった。そして、その凄惨な地獄を目にした結果、彼はまさに心臓を悪魔にわしづかみにされたような酷い衝撃を味わうことになった。

「あまり無理をなさらないでください。」

 岩松はそう言うと、丸まっている佐々木警部補の背中を優しくさすった。この何気ない岩松の行為だけで佐々木警部補は体温を取り戻し始めることができた。精神が不安定になった時に誰かが寄り添う。異性経験がない佐々木警部でなかったとしても多くの人間がその相手に絶対的な好感を持つことは当然であった。

「岩松さん、ありがとうございます。」

 佐々木警部補は嗚咽混じりに岩松に感謝を述べた。この瞬間、佐々木警部補の中で岩松に対する信頼は彼の両親に匹敵するほど不動のものとなったのである。

「犯人が単独にしろ複数にしろ、いずれにしても必ず捕まりますよ。なんせ警察官に手を出したのですから。警察は威信にかけて犯人を必ず追い詰めるでしょう。」

 岩松が佐々木警部補に言った。

「ええ、当然です。絶対にそうなります。」

 佐々木警部補も涙を袖でぬぐいながら岩松の意見を肯定した。

「それで岩松さん。今後の予定なのですが・・・。」

「はい。とりあえず私はいったん家に帰った方が良いでしょう。それで日中に改めて蔵岡署にお邪魔しても良いでしょうか?今回の警察官を殺害した犯人が二年前の連続殺人事件に関係していないはずがありません。おそらく何らかの形で二年前の事件に関わっているのではないでしょうか?それで佐々木刑事の上司である木下警部でしたか。彼にも私たちが調べていたことを一応報告した方が良いと思うのです。」

「でも遠藤明に関しては、彼女が二年前の事件に関わっていたという直接的な証拠が全くありません。今はまだ時期尚早ではないでしょうか?」

「たぶん誰かが彼女が事件に関わっていた事を示す証拠を全て消してしまったのだと思います。そんなことができるのは蔵岡署の人間しかいません。」

「蔵岡署の中に遠藤の共犯者がいるということですか?」

「その可能性は高いと思います。そういう意味もかねて蔵岡署には私も一度足を運びたかったのです。お願いです佐々木刑事。私を蔵岡署に入れていただけないでしょうか?」

 岩松は佐々木警部補のことをまっすぐに見つめて懇願した。今の彼女に頼まれたら佐々木警部補はどんな願いも聞き入れてしまっていただろう。すなわち、彼の答えは決まっていた。

「もちろん良いですよ!こちらの方こそお願いしたいくらいでしたから。」

「ありがとうございます。」

 佐々木警部補の返答に岩松は微笑んだ。それだけで佐々木警部補は嬉しくなってしまった。

「でも岩松さん。日中に蔵岡署に来るのでしたら、あなたもほとんど眠れないのではないでしょうか?私は警察官なので徹夜での長時間勤務に慣れていますが、あまり無理をなさらない方が良いのでは?」

「ご心配には及びませんよ。」

 佐々木警部補の気遣いに感謝しながら岩松は答えた。

「事件の早期解決のためにも私たちはすぐに行動しなくてはなりません。それに・・・。」

 岩松は何か言いかけてから車窓から湯野岬第二トンネルの方を見た。トンネルは大量のパトカーの赤色灯を反射して赤く点滅していた。

「こんな状況で熟睡できるような人間はいませんよ。」

 岩松は静かに言い、蔵岡警察署を訪れる時間を佐々木警部補に伝えた。岩松を家まで送り届け、名残惜しそうにその後ろ姿を見送った後、佐々木警部補は蔵岡警察署へと向かった。

 この夜の蔵岡市はパトカーのサイレンの爆音が消えてからはとても静かで心地良いものであった。遠藤明は過度な肉体労働よる疲労と明日の作戦実行に備えるために8時間しっかりと熟睡していた。

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