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死期予見  作者: 本郷真人
第九章
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(8)

 午後2時。

 宮本刑事は湯野岬第二トンネル入り口にいた。トンネルの入り口には通行止め用の看板もなく、立ち入りを禁止するためのテープもなかった。蔵岡署による捜査資料では、現場は立ち入り禁止の処理がされているとなっていたので、どうやら何者かがそれらを全て撤去したようだ。宮本刑事は自身の腰に着けているホルダーから拳銃を抜き取ると、もう片方の手には携帯を持ち、そしてライトを付けて慎重にトンネルの中を進んだ。

 トンネルの中は静まりかえり、生き物の気配など全くなかった。宮本刑事はしばらく無言でゆっくりと歩いていたが、しびれを切らしたのか大声を出した。

「約束通りに来てやったぞ!いないのか?」

 宮本刑事の大声の問いかけに反応する者はいなかった。彼の声がトンネル内で反響し、それに伴い風が流れ込む音がしただけだった。宮本刑事はわずかに拳銃を持っている右腕を下げた。しかし、それと同時に彼の左手に持っていた携帯電話が突然鳴り出した。

「うおっと。」

 宮本刑事は危うく携帯電話と手から落としそうになってしまった。彼の携帯に表示された着信相手の名前は山口龍平刑事だった。

「犯人からだ。」

 宮本刑事は携帯のライトを消すと、応答ボタンを押して電話に出た。

「もしもし。」

『やあ宮本刑事。ちゃんと時間通りに到着したね。いや感心したよ。玉橋里美刑事もそうだった。君たちは時間にルーズじゃなくて本当に助かるよ。』

「そうか。玉橋刑事が行方不明になったのもお前の仕業か。お前は一体誰だ?何のためにこんなことをしている?」

 宮本刑事は落ち着いた様子で通話相手に尋ねた。しかし、拳銃を持つ彼の右腕の力はどんどん強くなっていた。

『今から君を私たちのところに案内しよう。』

 その言葉を最期に電話は切れた。

(くそ。いや、ちょっと待て。今、こいつは『私たち』と言った。ということは犯人は複数か!)

 宮本刑事は失敗したと思った。犯人の方が自分よりも一枚上手だったと気が付いたからである。彼は誘拐犯を返り討ちにしようと息巻いていたのだが、誘拐犯は彼を確実に一人だけにするように計画を練っており、そして数的有利な状況をしっかりと作っていたからである。

“ギイイイイイイ。”

 何か金属がこすれる音がした。宮本刑事はすぐさま音の発生源に対して拳銃を向けた。発生源はすぐに分かった。光があったからである。宮本刑事から約40メートルといったところであろうか。金属製の重たいドアが開かれ、そこから明かりが出ている。宮本刑事は携帯電話をポケットにしまうと、拳銃を両手で構え直してから慎重に進み始めた。

 およそ30秒程度が経過したであろうか。ゆっくりとした足取りで開かれた扉までたどり着いた宮本刑事が慎重に部屋を覘くと、そこにいたのは今井雄一だった。

「やあやあ、お久しぶりです。宮本刑事。」

「今井さん?なぜあんたが?」

 予想外の人物がいたことに動揺した宮本刑事であったが、薄気味悪い笑みを浮かべる今井雄一に向けて拳銃を構えた。

「あんたが山口さんを攫ったのか。彼はどこにいる?他に仲間はいるのか?」

「年上には敬語を使うように学校で習わなかったのか?ああ、そうか。警官になって力を持ったと勘違いしているからこうなってしまったんだ。どんなことをしても自分達は許されると。もみ消すことができると。本当に嘆かわしい。やっぱり神は失敗したんだ。人間は神が作った唯一の失敗作なんだ。」

「お前は何を言っているんだ?」

 宮本刑事はブツブツと独り言を言い続ける今井雄一に最大の警戒を向けた。しかし、それが彼の命運を決めてしまった。目の前にいる敵に全意識を集中させてしまったことで、彼は自らの背後にいるもう一人に気づくことができなくなってしまったのである。そのもう一人である遠藤明は、部屋の扉を開けたと当時に部屋の外へと出ていた。宮本刑事が扉の開く音に気が付いて拳銃を向けたときには、彼女は開かれた扉の裏へと隠れていた。そして一本の注射器を手にしながらゆっくりと宮本刑事に近づいた。

「お前達警察は自らの汚点には目を向けない。過去に起こした間違いには目を背ける。」

 今井雄一は落ち着いた声で静かに言った。

「だから自分の後ろに気が向かないのですよ。」

 遠藤が言った。宮本刑事は慌てて振り返ろうとしたが、遠藤はそれよりも速く彼の首に注射器を刺していた。何かしらの薬を打たれた宮本刑事は急に身体が麻痺して動けなくなり、床に倒れ込んだ。それを見た今井雄一はすぐさま宮本刑事が手に持っていた拳銃を蹴り飛ばした。

「呼吸が難しいですよね。身体も動かない。そうです。テトロドトキシンですよ。過去を消し去ろうとした者が過去の遺物によって葬られる。まさに天罰ってやつです。」

 目を見開いて手足を痙攣させている宮本刑事に対し、遠藤明が笑顔で言った。


 今井雄一は一人で宮本彰吾刑事を引きずり、玉橋刑事を殺害した小部屋に運んだ。遠藤明はその様子を嬉しそうに見ていた。小部屋に運ばれた宮本刑事は声も出せず、身体も全く動かない自身の状態に恐怖していた。呼吸さえもいつものようにスムーズにできず、かろうじて動く眼球を利用して、なんとかこの状況から脱出する方法を探そうとした。しかし、めまぐるしく動いていた彼の眼球はすぐに止まった。

(山口さん!)

 宮本刑事の眼球を止めた原因。それは山口龍平巡査部長の死体だった。山口刑事は全裸の状態で床に横たわっていた。よく見ると、彼の身体には数本の点滴やホースが刺さっていた。それらは二つの吸引器に繋がっていた。彼の身体に付いている数本の管からは絶えず血液が流れ続けており、彼の真っ白な顔色から身体の血液を抜き取られ続けていることが分かった。

(なんてことを!)

 宮本刑事は酷い怒りの衝動に襲われたが、その衝動はすぐにかき消された。恐怖によって。

(俺もこうなるのか?)

 宮本刑事は死体となった山口刑事を見続けながら、これまでの自身の人生を振り返っていた。学生時代、学業を終了して警察官になった時のこと、結婚、そして初めて子どもが生まれたときのこと。走馬燈のように彼の頭の中で今までの思い出が駆け巡った。時間にして10秒にもならなかっただろうが、彼にとっては永遠に感じられた時間である。そしてその数秒は彼に一つの決意をもたらした。

(ここではないだろう。こんなところで死ぬわけにはいかないだろ!)

 宮本刑事の決意は固まった。自分をこんな状態にしながらほったらかしにして、同僚であり頼れる先輩、親友でもあった山口刑事の死体を眺め、吸引器をいじりながらその状態を確かめている二匹の悪魔から逃げるにはどうしたらいいのか。もはやそれ以外考えることはできなかった。

(あの女は確かに言っていた。俺に打った薬について。テトロドトキシン。フグ毒だ。ちょっとまてよ。テトロドトキシンってまさか!)

 宮本刑事は一つの毒薬により、一つの推測をするに至った。

(二年前に起こった連続殺人事件で犯人の花村のぼるが使った毒薬もテトロドトキシンだった。テトロドトキシンは一般人が入手するのは困難だ。だから花村のぼるは自分でフグからテトロドトキシンの成分を抽出した。しかし普通の人間はそんなことはできない。つまり、今井雄一とこの女は花村のぼるの関係者か!)

 しかし、この推測に至った宮本刑事にはいくつかの疑問が生まれた。

(でも、この見ず知らずの女はともかく、今井雄一がなぜ?彼の娘を殺したのは花村のぼるだったはずなのに。もしかして何か違うのか?今井雄一に以前会った時は間違いなく自分の娘の死を嘆いていた。何かあるのか?今井雄一がこのような凶行に至った理由は何なんだ?そしてこの正体不明の女は誰だ?)

 宮本刑事は吸引器の様子を見ている遠藤明を見つめた。

(ちょっとまて。この女の顔、どこかで見たことがあるぞ。)

 宮本刑事はテトロドトキシンによって鈍くなってしまった自身の脳みそを必死に使って記憶の中から答えを探した。

(そうだ。そうだった!顔写真で見たんだ。確か花村のぼるが最後の標的にしていたとされている人物、元八雲製作所社員の遠藤明だ!)

 宮本刑事はしっかりと『答え』にたどり着いていた。しかし、現実とは常に非情なものである。どうしようもなく理不尽であり、尚且つ人の思いなんかでは決して変えることが出来ないものなのである。

「よし、大丈夫そうです。この調子ならあと30分ほどで山口龍平から血を抜き取る作業は終わりそうですね。」

 遠藤明が言う。

「それは良かったです。しかしまあ、あなたの考えにはいつも驚かされたばかりですよ。あんな作戦を思いつくなんてね。まさに完璧です。絶対に誰も想像できないでしょうね。」

 今井雄一も笑顔で言った。

 二人何の話をしているのかなんて宮本刑事にはさっぱりわからなかった。しかし、これだけは彼にも分かった。人の血を抜き取る連中が考えていることなんて、きっとろくな事ではないと。絶対に恐ろしく、そして残酷なことであると。

「さてと。」 

 しゃがみながら吸引器と山口龍平の死体の様子を見ていた遠藤明が立ち上がった。今井雄一も同様に立ち上がった。そして彼らは床に倒れている宮本刑事の方を向いた。二人が自分の方を見た瞬間、宮本刑事は再び恐怖に襲われた。先ほど絶対に脱出すると決意したばかりだというのに、彼はまさに蛇に睨まれたカエルのように動けなかった。まあ、もとから動く事なんてできなかったのだが。

「そろそろこちらも処分しなくては。では今井さん。お願いしますね。」

 遠藤明が今井雄一に頼んだ。

「喜んで。」

 今井雄一は笑顔でそれに答えた。

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