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死期予見  作者: 本郷真人
第二章
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(4)

「すみません、失礼します。」

 朝礼が終わり、各自事務作業をしている第二営業部に一人の女性が入ってきた。

「経理部から来ました。遠藤です。来週の水曜日までに伊東ゼネコンへ提出する見積書の打ち合わせに来ました。」

 その女性社員は安藤の所まで行くと、すぐに彼に自己紹介をした。

「ああ、経理部の方ね。話は聞いているよ。あっちの奥の部屋で話そう。」

「よろしくお願いします。」

 安藤に対して遠藤の対応は素っ気なかった。

 やって来たのが無表情の若い女性だったため、彼女に対する安藤の第一印象は『かわいげのない奴』だった。

 安藤は同じく第二営業部の社員である丸山周平を呼び、遠藤を小会議室に案内させた。3人は小会議室に向かっていった。

「それしても予定時間の5分前ジャストに来るなんて、経理部の人たちは皆すごく几帳面なんですかね。」 

 丸山が歩きながら遠藤に話しかけた。

「はあ。5分前行動は普通のことだと思いますけれど。」

「そんなことないですって。そういうことにちゃんと気を遣っている人って好きだなあ、僕。」

 丸山はまるで友人のような態度で遠藤に話しかけ続ける。しかし、それを見ていた安藤はとても機嫌が悪くなっていた。

(何を話しているんだ、こいつは。前から思っていたが馬鹿じゃないのか。)

 安藤は丸山にあきれていた。この丸山周平という男はいつも女性に声を掛けており、それは社内であっても例外ではなかった。そして安藤はこの丸山という部下が自分の部署の中では一番嫌いな人間であった。

 今回、丸山を見積書の作成に起用したのは、わざと丸山にいったん作成の全てを任せ、それを安藤自らが評価し、『丸山は仕事ができない』と部署内にとどまらず社内に認知させ、自分の部署から追い出すためだった。

(丸山はどうせ見積書の作成はきっと上手くいかない。とてもではないが伊東ゼネコンのような大手ゼネコン会社には提出できないようなものを作成してくることは想像に難くないから、それを受け取り、丸山を叱責し、その後自分があらかじめ作っておいた見積書をあたかも急遽作りましたというように社内で見せれば良い。)

 丸山は部署内でもあまり好かれてはおらず、そのため彼を叱責し、左遷させたところで自分を悪く思うような部下はいないだろうと安藤は考えていた。八雲製作所では部長だけでなく課長にも人事評価権があり、そのために計画できるようなことだった。

 安藤はこれまでも自身が課長になってからこのようなことを幾度か行っていた。そのため部署内のほとんどの社員が彼を慕っていた。自分が気に入らない社員を排除していたからである。営業成績はあまり芳しくはなく、それ故ストレスも多々あるが、人間関係に対しては、安藤は理想の社内環境を自身の手によって作っていたのである。

「では、下請け業者からの発送が遅れている部品から考えまして、このまま納品が遅れるような場合であればこちらのAの案、間に合うようでしたらBの案でどうでしょうか?」

 遠藤が資料を安藤と丸山の両名に見せながら言った。どうやら丸山が作るはずであった見積書の仮の案を作ってきたようであった。それも状況に合わせて対応できるように、二つの案があった。

「えっ、もしかして仮の案を作ってきてくれたんですか?しかも二つの場合に備えて。」

 丸山が驚いたように遠藤に言った。彼の表情からは、『自分の仕事が減って嬉しい』と思っていることが容易に想像できた。

「はい。ですので、今日はその確認をして欲しいと思いましてお伺いした次第です。」

「うわー、すごいですね!僕の仕事なくなっちゃいましたよ、安藤課長!」

 丸山は安藤に笑顔でそう言った。

「あの、それはまだ仮のものですので、営業部の方にぜひご確認をお願いしたいと思いまして。」

「ああ、確認ですね!僕が見た感じとても良いんじゃないかと思いますよ!部長はどう思いますか?」

 資料を流し読みしただけの丸山が安藤に聞いた。

「ああ、ちょっと確認するね。」

 安藤は丸山に内心苛つきながらも、決して表情に出さないように努めて資料を受け取った。

(なんなんだ、この女。見積書をもう作成してきただと。ざっと見た感じどちらの案でも伊東ゼネコンに持って行くには十分すぎるぐらいのものだし、うちの利益も大手に受け入れてもらえるぎりぎりのところまで出している。完璧じゃないか。)

 遠藤が持ってきた二つの見積書を読みながら、安藤は驚愕していた。なぜならこの経理部の女性社員が持ってきた仮の見積書は安藤の目からしても文句なしのできだったからである。そして、それと同時に安藤は怒りを感じていた。この経理部の女性社員と彼女が持ってきた資料を見て笑っている丸山に対する怒りである。そして自分の計画通りにいかず、丸山がまだ自分の部署に残るという事実に落胆していた。

(この女のせいで俺が考えていた筋書きがめちゃくちゃだ。)

 安藤は感情が顔に表れないように平静さを必死に装う。笑っている丸山を見ていると無性に腹が立ってくるので、安藤は極力丸山を見ず、遠藤と話すことに集中することにした。

「本当に良く出来たものだと思うよ。両方の案ともこのまま提出しても良いくらいだ。ただ念のため部署に持ち帰って検討してみようと思うよ。遠藤さんは、この後は経理部の方で作業かな?」

「はい。やらなければならない仕事がまだありますので。伊東ゼネコンに提出する資料につきまして何かご不明な点や指摘する箇所などがありましたら、経理部に内線でつないでください。呼ばれたらすぐに来ますので。」

「何から何までありがとうね。助かったよ。私はこれから幾つかの取引先への外回りがあってね。ちょっと出かけるんだ。丸山君、後はお願いして良いかな。」

 安藤は自分の感情を抑えるために早く会議室を出ようとする。

「任せてくださいよ、課長。遠藤さん、今回はありがとうございました。ところで今日のお昼なのですが一緒に社内食堂でどうですか?」

「すみません、経理部の女性社員同士で昼食をとる約束をしていますので、今回はご遠慮申し上げます。」

「そっかー、残念だな。また今度一緒に食べようよ!」

 丸山は安藤が去る最後の最後まで、この不真面目な態度を変えなかった。

(本当に丸山にはイライラする。いつまで学生気分なんだ、このガキは。)

 小会議室から退出するときに聞こえてきた丸山と遠藤の会話を聞いて、安藤はまた気持ちが高ぶった。


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