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死期予見  作者: 本郷真人
第九章
56/69

(4)

 10月8日午前9時。

 この日、宮本刑事と山口刑事の両名はいつもように事件現場の調査に向かっていた。本日の現場は蔵岡市連続猟奇殺人における第三の事件が起きた現場である。

「玉橋さん、全く連絡が付かないみたいですよ。佐々木警部補もなぜか昨日は戻らないって木下警部に連絡入れたそうです。何か発見したんですかね。」

 紺色の覆面パトカーを運転している宮本刑事が、助手席に座っている山口刑事に尋ねた。

「さあ、どうだろうね。玉橋刑事は今までにこんなことが無かっただけに、何かの事件に巻き込まれたんじゃないかと心配だね。そうじゃないといいんだけど。佐々木警部補の方は警部に詳細を伝えなかっただけに現在捜査中ってところだろうね。」

「なるほど。」

 宮本彰吾と山口龍平の二人は、年齢やこれまでの経歴が全く異なるというのになぜか良く馬が合った。それを知っていた木下警部は二人をよく同じ捜査に当たらせた。そして二人が一緒に行動すると、なぜか捜査の進展に結びつくような結果が生まれたりした。

 次第に、彼ら二人は仕事だけではなく、プライベートでも交流するようになった。山口刑事は、自身の愛娘の誕生日に宮本彰吾を呼んだこともあった。このように、二人は互いを信頼し合うまでになっていたのである。

 二人はしばらく玉橋刑事や佐々木警部補のことについて話し合っていたが、話題は次第にこれから向かう事件現場のことに変わっていった。

「これから調べるのは第三の事件についてですね。」

「そうだね。被害者は沖田満、21歳。陰部を切られ、そのまま放置された事によって大量出血のため死亡。凶器は不明。しかし切断痕からしてどうやら大型のニッパーか何かで捻り切られたらしい。」

「なんかすごく痛そうな死に方ですね。聞いているだけで鳥肌が立ってきますよ。」

「まあ、その殺され方からして、蔵岡警察は当初、沖田が過去に起こした事件に関係しているのではないかと考えていたらしい。」

「それは蔵岡警察の捜査資料で見ました。なんでも学生時代に他校の女子生徒をレイプしたんですよね。それで強姦罪に問われ、未成年だったこともあって少年院に送られた。でもすぐに出所してしまったと。」

「そうなんだ。」

 山口刑事が気分悪そうに言った。

「沖田の父親が事件当時、市議会議員の一人でね。被害者にも相当な額の金を払ったらしい。最初は示談に持って行こうともしたそうだ。」

「酷い話ですね。」

「本当にそうだよ。自分の娘がもし同じような目に遭わされたら、私も沖田を殺した奴と同じ事をしただろう。」

 山口刑事は静かに言った。

「でも結局、一連の事件の犯人だった花村のぼるとその沖田から暴行を受けた女子生徒は全く無関係だったんですよね。」

「ああ、そこなんだよね。花村は高校教師だったから、何らかの形で女子生徒か沖田に繋がりがあると蔵岡警察も思ったらしいんだけど、結局これといった関係性は全く見つからなかった。花村がどうして標的の一人に沖田を選んだのか。どうしてあんな殺し方をしたのか全然分からなかったそうだよ。」

「でもあの殺し方は絶対に強姦事件と関係していると思いますね。」

 宮本刑事と山口刑事はその後も第三の事件について意見を交わしたが、これといった進展はなかった。

「というより、一連の事件の殺害方法が滅茶苦茶過ぎるんですよ。同じ殺害方法なんて一つも無い。どれも共通点は被害者にテトロドトキシンを使っていることぐらい。」

「そうなんだよね。だから沖田の殺害についても花村が偶然、沖田が起こした強姦事件に関係がありそうな殺し方をしてしまっただけではないかっていう結論で蔵岡警察はまとめてしまったみたいなんだ。」

「その口調からして、山口さんはその蔵岡警察の推測に納得していないんですね。」

「まあね。だからこの第三の事件を調べるんだ。花村が選んだ被害者達に何らかの共通点が見つかるかもしれないとしたら、この事件が一番可能性が高い。まずは実際の事件現場を見て、その後、周辺や被害者である沖田満の関係者達に聞き込みだ。」

「はい。きっと手がかりが見つかりますよ。」

「そうだといいなあ。」

 宮本刑事と山口刑事が沖田満の殺害現場に到着したのは、それから約10分後だった。


 事件現場に到着すると、まず、宮本刑事と山口刑事は現場周辺の防犯カメラを確認した。同時に周辺住民への聞き込みも開始した。

 沖田満が殺された現場はアパートや住宅が立ち並ぶごく普通の住宅地にあった。とある三階建ての大きな家と14部屋ある県営住宅の間に存在する、少量の松の木で囲われ、小さな地蔵が置かれている公園。しかし、それは公園と言われてはいるが遊具などは一切無く、誰も足を運ばないため、人々の眼中から外れてしまっている別の空間といえる場所だった。


 午前11時。

「だめです。周辺に聞き込みをしたのですが、やっぱり蔵岡警察が二年前に調べた以外の防犯カメラはありませんでした。さらに事件を目撃した人も一切いないみたいでした。」

 周辺住民に聞き込みを終えた宮本刑事が山口刑事に言った。

「まあ、数本とはいえうまい具合に松の木で隠れてしまっているからね。沖田が殺されたのはそのお地蔵様の裏だから通りからも見えないよね。」

 宮本刑事と山口刑事は、現場から得た情報は蔵岡警察の報告書以上のものを出すことは出来ないと判断し、沖田満の近辺へ聞き込みを行うことにした。

 二人の刑事は軽い昼食を済ませ、早速、沖田満の自宅に向かった。沖田の自宅は、父親が元市議会議員であったためか三階建ての大きなものだった。さすがに門まではなかったが、周りの住宅と比べるとその大きさは段違いだった。山口刑事は早速、沖田宅の呼び鈴を鳴らした。

「すみません。先ほどご連絡いたしました、警察庁所属、刑事の山口と宮本です。」

 インターフォン越しに山口刑事が声を掛けると、すぐに返事は返ってきた。

「沖田満の母です。すみません。今、扉を開けますので。」

 返事があってから十秒もかからないうちに沖田満の母親は扉を開け、宮本刑事と山口刑事を自宅の中へと招き入れた。

「どうもありがとうございます。急な訪問で申し訳ありません。」

 山口刑事は沖田の母親に礼を言うと、彼女に案内されるがまま、沖田宅の応接室へと足を踏み入れた。宮本刑事も彼の後に続いた。

「確か今日は満が殺された事件についてですよね。」

「はい。」

 二人の刑事が応接間に入ると、沖田満の母親は彼らに温かい紅茶を準備した。そして、彼らを大きな茶色のソファに座らせ、彼らとテーブル越しに向き合うような形で自らも別に用意していた椅子に座った。

 少しの沈黙の後、沖田満の母親は話し始めた。彼女は息子が殺されたというのに淡々と話を進めていった。

「正直に言って、あの子はろくな死に方をしないと思っていたんです。満の兄、上の子はとても良い子で主人のように立派な大人に育ちました。しかし、満の方は中学生になった途端、クラスメイトにいじめをしたり、万引きで警察のお世話になったりと散々でした。」

「そうだったんですか。」

 山口刑事は、自分と向かい合って話しているこの女性が、息子の一人である沖田満をどういう目で見ていたのかがすぐに分かった。

「あの子が何かする度に主人がお金を使ったり、友人に連絡したりして穏便に済ませていました。しかし、あの子はいくら私や主人が言っても全く反省せず、挙げ句の果てに見ず知らずの女子学生をレイプするなんて。本当に愛想が尽きたんです。あの子の所為で主人は議員を辞職するに至りました。それなのに、少年院を出たらすぐに家に帰ってきて、仕事も家事の手伝いも一切しなかったんです。そんな時にあの事件が起きました。私はすぐに気づきましたとも。あれが天罰だと。」

「はあ。」

 宮本刑事は沖田満の母親の話にてきとうな相槌を打った。

「沖田さん。息子さんのことはよくわかりました。息子さんがどんな人間だったのかも。しかし、連続殺人の被害者達の共通点を見つけるためにもご協力お願いできませんか?」

 山口刑事は時間も惜しいので、すぐに本題に入ることにした。

「協力も何も、私は何も知りませんよ。犯人の花村のぼるでしたっけ?歪な正義感からの行動ではないのですか?息子とは全く接点がなかったし、私も知らない人だったので。」

「他の被害者達も花村とは一切関係性がない人達でした。それ故、私は彼らの行動にもしかしたら花村の標的にされた理由があるのではないかと考えているのです。息子さんが殺される前、何か彼に変わった様子はありませんでしたか?どんな些細なことでもいいですので。」

 山口刑事から質問を受け、沖田満の母親は少しばかり考えていたが、何も思いつかないといった様子で口を開いた。

「普段とあまり変わらない感じだったと思うのですが。いつもと同じように昼過ぎぐらいまで部屋でずっと寝ていて、夜に友達と遊びに行って。本当にひどい生活ルーティンでしたよ。事件の三日ほど前も、新しい女が出来そうだとか自慢げに私に話して。ああ、あの子は強姦事件を起こしたっていうのに、全く反省していなかったんですよ。本当に最低な人間だったんでしょうね。」

「なるほど。ちなみにその新しい女性について何か言っていたりしていませんでしたか?」

「写真を見せられましたよ。肩を出した派手な服を着た今時の若い女の子って感じでしたね。名前は何でしたっけ?確か男みたいな名前だったと思うんですけどね。すみません、思い出せないですね。」

「そうでしたか。そういえば満さんの携帯なんて無いですよね?」

「携帯は満が殺されたときに犯人に壊されたじゃないですか。粉々になるまで何度も踏みつけられていたって、当時の警察官が言っていましたよ。」

「わかりました。ありがとうございました。また何か分かりましたら連絡しますね。」

「別に連絡なんてしなくてもいいですよ。私たち家族にはもう関係が無い事件なんですから。」

 沖田満の母親は気怠げにそう言った。

 その後、少しばかりの会話の後、宮本刑事と山口刑事の二人は沖田宅から出た。出てきた二人の表情は、沖田満の殺害現場を後にした時とはまるで違うものになっていた。

「手がかりつかめましたね。」

 宮本刑事が山口刑事に言った。

「そうだね。沖田満の携帯電話は破壊されていた。他の被害者にはなかったことだ。」

「ええ。そして沖田が殺される直前に、彼に近づいてきた女についても気になりますね。おそらく、花村が沖田の携帯を破壊した理由はその女の写真を消すためではないでしょうか?」

「宮本君、私もそう思うよ。やっぱり花村が標的にしていた人々には何かしらの共通点があるはずなんだ。もしかしたら沖田に接触してきた女が鍵になるかも知れない。」

「花村には協力者がいた可能性もありますね。死亡した渡部巡査部長は花村の仲間だったのではないかと蔵岡警察署の連中は結論づけていましたが、実際のところすべて憶測に過ぎません。渡部巡査部長が事件に関与していたかは確定できていませんが、彼以外にも花村と関係していた人物がいたのかも知れないですね。例えば、沖田満に接触した女とか。」

「可能性は大いにあり得る。まあ、とにかく沖田満の携帯電話を破壊したのには何らかの理由があるはずだし、それは花村の犯行動機に結びつくかも知れない。とりあえずは前進したといえる。ひとまず蔵岡警察署にいったん戻って木下警部に報告しよう。」

「はい。じゃあ自分、車取ってきますね。」

 宮本刑事はそう言うと、乗ってきた覆面パトカーを駐車している公園に向かって歩き出した。

「ああ、ありがとう。そうだったね。沖田満の家は車を車庫の中に入れていて、周りの道路も細くて狭いから近くの公園にパトカーを置いてきたんだった。」

「すぐ戻りますので、ちょっと待っていてください。」

「いや、私も行くよ。実はちょうどトイレに行きたかったところだったしね。」

 

 公園に到着すると、山口刑事は宮本刑事をパトカーに残し、自身は園内に設置されている公衆トイレへと向かった。その後、用をすませて洗面台で山口刑事が手を洗っていると、

彼の携帯電話が鳴り出した。

「誰からだ?」

 山口刑事はポケットから自身の携帯電話を取りだしたのだが、画面に表示されている電話を掛けてきた相手の名前を見て、一瞬動きが止まってしまった。

「玉橋くん?」

 表示された着信相手は玉橋里美刑事であった。

「なぜ急に電話を掛けてきたんだ?というより今までどこに?」

 山口刑事は幾つかの疑問があるものの、電話に出てみることにした。

「もしもし?こちら山口龍平です。玉橋くんかい?」

『いや、山口刑事。残念ながら彼女ではないよ。』

 通話相手は山口刑事が全く知らない人物のようだった。ボイスチェンジャーで声を変えており、それ故、声の主の性別さえも山口刑事には分からなかった。

「お前は誰だ?なぜ玉橋くんの携帯電話を持っているんだ?」

『一つ目の質問には当然答えられないけれど、二つ目の質問にだったら答えてあげるよ。山口刑事もうすうす気づいているんじゃない?玉橋里美刑事は死んだよ。私が殺した。だから彼女の携帯電話を持っているのさ。』

 玉橋刑事の携帯電話を持つ何者かは平然とした様子で山口刑事に言った。

「玉橋くんを殺したのか?」

 山口刑事は静かに通話相手に尋ねた。彼の声は若干震えていた。

『そう言ったはずだけど。無駄な質問は止めてもらいたいよ。時間は有限、時は金なりってね。』

「何が目的だ?二年前にこの町で起きた連続猟奇殺人事件に関係しているのか?お前は事件の関係者か?」

 山口刑事が質問をすると、彼の通話相手は小さなため息をついた。

『まったく、質問攻めかい?これだから警察は嫌いなんだ。会話にしろ、何にしろ自分達が主導権を握り、優位に立っていると勘違いしている。はっきり言って不愉快だよ。昔からずっと思っていた。』

「なんだ?急に荒ぶりだして。お前、冷静なふりして、案外、感情制御が下手なタイプだな。自意識過剰な人間によくいるような奴だ。」

『は?』

 玉橋刑事の携帯電話を持っている人物は、どうやら山口刑事が思った通りの性格だったらしい。

『よし、決めたよ。山口龍平。予めに言っておくけど、お前は酷い死に方をする。誘拐され、友をおびき寄せるための餌になり、何も得られずただただ死んでいくんだ。年寄りは早く引退すべきだったね。もう取り返しはつかない。』

「誘拐?」

 山口刑事はふと辺りを少しだけ見回した。

「いつ、どこで、どうやって?」

 彼は小馬鹿にしたように通話相手に言った。

『ふん。山口刑事、君、ホラー映画を見たことは?』

「映画はよく見るよ。サスペンスだけでなくホラーとかもね。でも、それが今、何か関係があるのかい?」

 山口刑事がそう言うと、通話相手は楽しそうに話し始めた。

『ああ、大ありだよ。君も知っての通り、ホラー映画やスプラッター映画において、殺人鬼は神出鬼没な存在だ。どこから来るのか、いつも分からない。捕食者はいつの間にか獲物の背後にいて、そして急襲する。それこそがそういうジャンルの映画の醍醐味であり、お決まりだ。平凡な日常が突如奪われる恐怖は、計り知れないものだとは思わないかい?私は思うよ。ぞくぞくした古典的な国内ホラーよりも、急激な移り変わりの激しい海外ホラーのほうが、人間の心拍数の上昇率を大幅に上げることを知っていたかい?知らなかったのなら幸運だ。百聞は一見にしかず。実体験をすることで、君はそれを身体で覚えることが出来るんだ。今、まさにその瞬間はすぐそばだ。』

“ボン。”

 山口刑事の背後から車のドアを開ける音がした。彼はすぐさま振り向こうとしたが、それよりも先に彼の首に一本の注射器が刺さっていた。

「今井雄一・・・!」

 山口刑事に注射器を刺したのは今井雄一だった。

「これこそホラー映画の醍醐味だ。」

 今井雄一がついさっきまで乗っていた軽自動車の後部座席に座っていた遠藤明は、そう言った後、玉橋里美刑事の携帯電話の通話終了ボタンを押すのだった。

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