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死期予見  作者: 本郷真人
第八章
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(8)

 小田川町コミュニティーセンターの駐車場を車で出発してから約30分後、玉橋刑事一行はとある場所に着いた。

「ここは・・・まさか湯野岬第二トンネル?」

 車を降りると、玉橋刑事は周囲を見渡しながら遠藤に尋ねた。

「はい、そうですよ。正解です、玉橋刑事。ここは今から12年前に落盤事故が起き、私の叔母が、踏みつけられた虫のように潰れて死んだ場所。そして、二年前に私の元同僚達が焼き死んだ場所ですよ。」

 玉橋刑事に対し、同じく車を降りた遠藤は軽く笑みを浮かべた。

「確かこのトンネルに続く道は封鎖されているはずです。ここに入ることは許されませんよ。」

 玉橋刑事は強い口調で遠藤に言った。

「ああ、そんなことですか。実はこのトンネルに続く道を封鎖していたブロックなどは今から一年くらい前に馬鹿な中学生の不良グループによって取り壊されちゃったんですよ。ほら、ここにたどり着くまで何もなかったでしょう?」

 玉橋刑事はこの遠藤の言葉に気づいたことがあった。確かに玉橋刑事はこのトンネルの目の前に到着するまで、どこに向かっているのか分からなかった。それは彼女が蔵岡市の住民ではないため、土地勘がなかったということもあったが、それ以前に立ち入り禁止を伝える立て札や障害物が何もなかったからに他ならなかった。

「なるほど。封鎖を伝える物は全部無くなっていたと。しかし、封鎖されているという事実を知りながら、故意にその場所に侵入したら、それはもう違法ですよ。遠藤さん、今回だけは見逃しますから、早く場所を移動してください。」

 玉橋刑事は先ほどよりも強く、そして命令口調で遠藤に言った。しかし、それに対して遠藤は少しも悪びれる様子もなく、にこりと玉橋刑事に向かって笑いかけ、そして彼女にゆっくりと近づいてきた。この玉橋刑事と遠藤の様子を、今井雄一は彼女たちから少し離れた場所でじっと見ていた。

「玉橋刑事は真面目ですね。それ故に上の人間に逆らうことはできないのですね。」

「何のことですか?」

「それはあなたが一番よく分かっているのではないですか?あなたは真面目な警察官であられますからね。」

 玉橋刑事が遠藤の発言に少し不快感を感じた瞬間、遠藤は玉橋刑事の真横にいた。彼女の目線はただただ前を向いたままで、真横にいる玉橋刑事のことは見向きもしていなかった。そして、玉橋刑事は腹部に鋭い痛みを感じ、その直後、すぐに意識を失ってしまった。

「まずは一人目。」

 崩れ落ちる玉橋刑事をちらりと見た遠藤の手にはスタンガンが握られていた。市販に売られている一般的なスタンガンでは、人間を一瞬のうちに昏倒させることは難しい。しかし、彼女が今、手に持っているのは軍事用のロングバトンスタンガンだった。

「このトンネル内には、馬鹿な不良達が残していったがらくたが幾つかあるんですよ。どこで手に入れたかは知らないですけど、まあ、しっかり取り締まらなかったあなたのお仲間には感謝しないといけませんね。」

 遠藤は地面に横たわる玉橋刑事を数秒眺めていたが、すぐに今井雄一に指示を出した。

「これを奥に運びます。今井さん、手を貸してください。」

「喜んで。」

 今井雄一はようやく二年間の思いを晴らすときが来たことを感じ、笑顔で遠藤に応えた。


 玉橋刑事が意識を取り戻したのは、遠藤明にスタンガンを当てられてから約30分後であった。彼女はぼやけた意識の中で、自分が現在椅子に座らされ、背もたれに荒縄で縛り付けられていることを理解した。玉橋刑事を椅子の背もたれにくくりつけている荒縄は何重にもなっており、いくら彼女が動いても全くほどけそうになかった。しかし、玉橋刑事は、自分が今座っている椅子が固定されていないことに気がついた。

“ガタッ。”

「やった!」

 少し前屈みになり、腰を浮かせると、椅子が宙に浮いたので、玉橋刑事は少しばかりほっとした。今、自分がなぜ監禁されているのか全く見当も付かない玉橋刑事であったが、自身をこのような状態にした人物達に考えの焦点を向けた。

(間違いなく私を気絶させて監禁したのは、私が気絶する直前まで一緒にいた遠藤明と今井雄一の二人。でも何のために?目的は?彼らは二年前の蔵岡市連続猟奇殺人事件の関係者だ。遠藤明は、事件の犯人だった花村のぼるが最後に標的にしていた人物だ。そして、大勢の被害者を出した八雲製作所の元社員。今井雄一は、娘の今井佳枝が事件に巻き込まれて死亡している。彼女は現役の警察官だった渡部斉紀巡査部長に誘拐され、彼の自宅に監禁されていた。)

 玉橋刑事は必死になって思考をめぐらせた。

(私を誘拐することに一体何の意味が、あの二人にとってメリットなんて・・・。)

 いくら考えても彼女の思考は一向にまとまることはなかった。しかし、彼女が今とるべき行動は既に決まっている。

「とりあえずあの二人がいない間になんとかしなくては。確か二年前に大量殺人があったトンネル内で誘拐されたはず。ここは一体どこ?」

 玉橋刑事は回りを見渡した。彼女が現在いるのは六畳もない狭い一室だった。壁も床も天井も全てコンクリートでできている。そして赤い鉄板でできた扉が彼女に目に入った。扉には銀色のドアノブもあった。

 玉橋刑事はすぐさまドアノブに飛びついた。椅子に縛り付けられているため動きにくかったが、なんとかそのドアノブを握ることができた。しかし、鍵が掛かっているようで、扉を開けることはできなかった。ため息をついて、玉橋刑事は扉から離れた。その時だった。

“ガチャリ。”

 扉の鍵が開けられた音が聞こえた。そして、『ギィィィ』という鈍い音を立てながら赤い扉が開いた。

「おや、目が覚めたのですね。」

 扉を開けて部屋に入ってきたのは遠藤明だった。玉橋刑事はすぐさま遠藤に飛びかかろうとしたが、彼女が入ってきた後に続いて、今井雄一も部屋に入ってきたため止めた。

「きっと玉橋刑事は自分がこのような目に遭っているのか分かりませんよね。」

「ええ、分かりませんね。遠藤さん、そして今井雄一さん。今すぐに止めてください。まだ引き返せます。これは誘拐に監禁。そして暴行もありました。重い罪になりますよ。何が目的かは分かりませんが、これ以上罪を重ねるべきではありませんよ。」

 遠藤に対して、玉橋刑事は毅然とした態度で応えた。しかし、この二人の様子を見ていた今井雄一はどうやら我慢の限界を迎えたようだった。玉橋刑事を初めて目にしたときから、彼の手はずっと震えていた。原因は怒りである。復讐心に燃える野生動物と変容した今井雄一は、理性よりも本能の方が強かった。獲物を前にしてここまで我慢できたことが奇跡であった。

“ドン。”

 少し鈍い音がした。それは音というのにはあまりに小さかった。人を殴った際に生じる音は、殴られた人物の軟らかい肉に吸収され、消滅する。平手打ちなど、間に空気が多く入れば話は別だが、握り拳で殴った際に出る音はなかなか聞き取れないものである。

 そう、この音をしっかりと聞き取った人物はただ一人である。左頬を成人男性に本気で殴られた玉橋刑事のみだった。

「ぐう。」

 玉橋刑事の口からうめき声が漏れる。殴られた瞬間、彼女は自分の身に何が起きたのか全く理解できなかった。耳が良く聞こえず、一瞬、意識が飛んでしまったかのような浮遊感を味わった。玉橋刑事は口の中に何か異物があるのを感じ、それが己の抜けてしまった歯であると知った瞬間、彼女は自分が今井雄一に殴られたことに気がついた。

「ぐうう、なんてことを!絶対に許さないから、後悔させてやるから!」

 玉橋刑事が甲高い声で半狂乱になりながら大声で叫び、暴れ始める。しかし、彼女によるこの些細な抵抗はすぐに終わった。今井雄一が、殴られた拍子に床に倒れ込んだ玉橋刑事を何度も蹴ったからであった。

「黙っていろ、この悪魔が!権力に媚び売る人間の屑が!許さないのはこっちだ、塵め。死ね、死んでしまえ!」

 遠藤明は、この発狂しながら無抵抗の女を蹴り続ける獣をしばらくの間眺めていたが、そろそろ頃合いかと思い、今井雄一にすり寄った。右腕を今井雄一の肩に後ろから回し、そして余った左手を彼の胸に当てた。そして彼の耳元で囁いた。

「もう大丈夫ですよ、今井さん。落ち着いてください。当初の計画をお忘れですか?」

 荒い息を上げていた獣は、調教師になだめられた結果、次第に落ち着きを取り戻し始めた。しかし、今井雄一の両目は未だ血走り、唇がめくれて歯がむき出しのままだった。

「遠藤さん。」

 今井雄一は遠藤に気がつき、涙を流し始めた。

「こいつが、こいつらが全部奪ったんだ。私から何もかも奪ったんだ!許せるわけがないじゃないですか。こんな塵が何で平然と暮らしているんですか。私にはもう何もないのに!」

 遠藤は今井雄一の肩に回していた右腕を引っ込めると、彼の頭を優しく撫でた。

「大丈夫ですよ、今井さん。全部奪われたなら、彼らからも奪ってしまえばいいんです。これが因果応報というものです。あなたは何も間違ったことは言っていないし、してもいないんです。ですので、もう安心していいんですよ。」

 そう言うと、遠藤は今井雄一から少し離れた。そして持っていたショルダーバックに手を入れ、どこにでも売っていそうな安物のトンカチを取り出した。

「私もいますからね。」

 遠藤は今井雄一に向かって微笑んだ。その瞬間、今井雄一には、このトンカチを持ちながら笑顔で自分に微笑みかけるこの女性が、アフロディーテよりも美しい女神に思えた。

「さあ、始めましょうか。この女が持っていた手帳に東京からやって来たメンバーの名前が全部書いていました。目標は彼女を含めて六人。彼女がいなくなっても他のメンバーに聞けば問題ありません。」

 そう言って、遠藤は今井雄一にトンカチを手渡した。その様子を見ていた玉橋刑事は酷く怯えた。痛みが走る身体を必死になって動かし、なんとか逃げようとした。しかし、無駄だった。その行為に何の意味も無かった。

「待って、待ってください!お願いだから殺さないで!何でもしますから!私が悪かったなら謝ります。ごめんなさい!だから殺さないで!」

 泣き叫ぶ玉橋刑事に今井雄一は静かに近づいた。そして遠藤は横たわる玉橋刑事をしっかりと座り直させた。そして彼女が固定されている椅子の背もたれをしっかり持ち、動けなくした。

 発狂しながら顔中から液体を出し続ける玉橋刑事の耳元に遠藤明は背後から近づき、そして囁いた。

「もう遅い。残念でした。」

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