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死期予見  作者: 本郷真人
第八章
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(6)

 10月6日午前9時。

 この日、警察庁から蔵岡市にやって来た再捜査特別チームの一人である玉橋里美刑事は、蔵岡市に来てから一回目の休日を謳歌することを楽しみにしていた。

 玉橋刑事は自身が独身であることになんの劣等感も感じておらず、むしろ今の生活を非常に楽しんでいた。警察庁の中でもエリート集団である捜査一課の刑事である彼女は、他の同年代の人達よりも少し多めの給料をもらい、それを自分一人だけが使えることを非常に好ましく思っていた。

 月に数回はエステに通い、少しランクが高い中華レストランに頻繁に足を運ぶ。そして、ブランド品を休みの日毎に一つか二つ買うことができるぐらいの余裕が現在の彼女にはあった。玉橋刑事は財産の貯蓄が苦手な人間であったが、本人は十分な退職金制度もあるので、それ程老後については考えておらず、むしろ今現在を楽しく生きることに重点を置くようにしていたのである。

 このような性格であった玉橋刑事は、滅多に訪れないであろう蔵岡市での休日を十分に満喫しようと、前日から市内の飲食店や娯楽施設をインターネットで調べ、既にしっかりとした行動計画を立てていたのである。

「さあ、まずは東京のテレビでも報道されていたクラゲアイスクリームが食べられるっていう港のレストランにでも行こうかしらね。11時には昨日調べた煮干し系ラーメンのお店に行かないとだし。あのお店、昼時に行ったら既に混んでいるみたいだから。」

 玉橋刑事は普段から独り言が多い人間だった。ずっと独り身だったからであろうか。しかし、誰も玉橋刑事のこの癖を指摘しないので、彼女自身も全く気に掛けることはなかった。

 このように、残酷な連続殺人事件の再捜査のためにこの蔵岡市に来たというのに、のんきに独り言をつぶやきながら港のレストランに向かおうとしていた玉橋刑事であったが、一本の電話によって彼女の本日の予定はすべて崩れてしまった。

 玉橋刑事が浮き足立ちながら、15分前に呼びつけたタクシーに乗ろうとしたとき、電子音が彼女が身につけていたウエストポーチから鳴り響いた。それは彼女が所有している携帯電話の着信音だった。

「はあ、何なのよ休日なのに。仕事の電話だったら本当に鬱だあ。」

 ため息をつきながら、彼女は携帯電話を見た。相手は公衆電話から彼女の携帯に電話を掛けていた。

「誰?」

 彼女は少し警戒しながらも、念のため電話に出てみることにした。

「もしもし、こちらは警察庁捜査一課所属、玉橋巡査部長です。どちら様でしょうか?」

 彼女は名乗った後に、発信者に尋ねた。休日に電話が掛かってきたこともあり、少し強めの口調になってしまっていた。

『突然のお電話、大変申し訳ありません。この間お会いしました遠藤明です。玉橋刑事にどうしてもお話したいことがあってお電話しました。』

「遠藤さん?」

 玉橋刑事は予想外の相手の正体に少し驚きながら、一気に仕事モードに切り替わった。

「いえ、大丈夫ですよ。何かあったのですか?」

『何かあったというわけではないのですが、以前、玉橋刑事とお話した際に言わなかったことがあったんです。二年前の事件についてです。あなたと別れた後、しばらく考えたのですが、やはり話した方が良いと思いまして、あなたに教えてもらった携帯番号に掛けた次第なんです。』

「事件についてですか。」

『はい。どうしても玉橋刑事と二人だけでお話したいのです。この後会えないでしょうか?』

「急ですね。」

『お忙しい中、このような無理を言ってしまって申し訳ありません。』

「いえ、大丈夫ですよ。」

 玉橋刑事はせっかくの休日を邪魔されたことに気分を害したが、電話越しの遠藤の様子から絶対に話を聞かなければならないような気がしたため、遠藤の提案を快諾した。

「場所はどうしますか?」

『それについてなのですが、私のことは匿名の情報発信者として扱って欲しいのです。』

「匿名ですか。」

『ええ。話の内容が内容ですので、そのようにして欲しいのです。それ故、場所も人がいない場所であるとありがたいです。』

「わかりました。あなたのことは匿名扱いにします。」

『ありがとうございます。他のお仲間の刑事にも私のことは秘密でお願いします。もちろん、私の話を聞いて必要だと思った場合は、私のことを報告して構いません。でも、それまでは誰にも言わないでいただけないでしょうか?』

 この遠藤の発言に対し、玉橋刑事も不信に思った。

「それほどまでに隠匿したいことなのですか?」

『はい。正直に言いまして、あなたにお話しするかもとても迷いました。しかし、言わなければならないとも思っていました。私は花村のぼるという人間について事件の前から知っていたんです。』

「それは本当ですか?」

 玉橋刑事は内心驚きながらも、それを声色に出ないように努めた。

『はい。しかし、あまり人には言いたくない内容なのです。だから女性であるあなただけに話したいのです。』

 先ほどまで遠藤に対して少しばかりの不信感を抱いていた玉橋刑事であったが、この遠藤の『女性であるあなただけに』という言葉を聞いた瞬間に、その不信感は綺麗に消えてしまった。そればかりか、たったこの一言で、玉橋刑事は遠藤に対して情を持つようになってしまったのだ。

「わかりました、遠藤さん。今日はいつでも空いていますので、つきましては場所が決まり次第、また連絡してください。」

『玉橋刑事、本当にありがとうございます。またすぐに電話します。あなたがいてくれて、本当に嬉しいですよ。』

 そう言うと、遠藤は電話を切った。

 通話を終えた玉橋刑事は、本日の予定などきれいさっぱり無かったことにし、遠藤のために心を切り替えた。

 彼女は呼びつけていたタクシーに料金を払うと帰ってもらい、滞在しているビジネスホテルの部屋に戻った。そして、仕事用のスーツに着替えると遠藤からの電話を待った。次に掛かってくる電話が生涯最後のものになるなど、玉橋刑事には知る術もなかった。

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