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10月3日午後6時30分。
遠藤明はとある人物に電話を掛けていた。その人物は遠藤が電話を掛けてから、10秒も掛からないうちに電話に出た。
『はい、今井です。』
遠藤が電話を掛けた相手は、二年前に渡部斉紀巡査部長の自宅で焼死体となって発見された今井佳枝の父親である今井雄一だった。
「もしもし、突然のお電話で申し訳ありません。私は遠藤明といいます。」
『遠藤・・・確か佳枝、娘の葬式に来てくださった方ですよね。娘の同僚だったという。』
「はい。その遠藤です。実は今井さんにお話ししたいことがありまして。とても重要なことなんです。」
『重要なことというと、娘のことでしょうか?』
「はい。あなたの娘さん、今井佳枝さんについて、どうしてもお話しなければならないことがあります。」
遠藤は話し始めた。今井佳枝の件で東京の警察官が訪ねてきたこと。そして、それについての自身の憶測を。遠藤の長い話を今井雄一は静かに、一回も声を発さずに聞いていた。
(今井家はとても熱心なキリスト教信者だったはずだ。実際、今井佳枝の葬式も市街地の中心にあるプロテスタント教会で行われていた。今井佳枝自身も十字架のネックレスを付けていた。更衣室で一度見ただけだけど。)
遠藤は、電話で今井雄一に、彼女自身が一時間近く掛けて考えたシナリオを話ながら、内心少し不安になっていた。
(さあ、信じるか?宗教家は大半が馬鹿だけど、こいつはどうだ?こいつが使えなかったら結構面倒だ。他の犯人を作り出さなくてはならない。最初はただの思いつきだったけど、この今井雄一ほど使いやすい奴はいない。それに、私の話を聞いた今井雄一が勝手な憶測をして、この電話の内容を警察に話す可能性もある。そうしたら、さらに面倒なことになる。やっぱり、今井雄一に信じてもらうしか確実な道はない。)
最新の携帯電話を握る遠藤明の手に汗がにじんだ。
(お願いだから信じろ!信じなかったら殺す。いや、信じてもそうだけど。でも信じろ!)
遠藤の話がようやく終わった。しかし、彼女が話し終えたというのに、今井雄一は未だに一声も出そうとはしなかった。沈黙は5分ほどもあったが、遠藤明にとってはさらにひどく、まるで永遠に沈黙が続いているような感覚が彼女を襲った。
(早く話せ。何黙っているんだ。)
今井雄一が無言でいると、遠藤は苛立ち、今井佳枝の死体をもっと酷いものにしておけば良かったと考えたりした。
静寂が二人の間を支配してから六分が経過しようとする時、今井雄一がようやく口を開いた。
『あなたの話は本当に事実なのですね?』
その一言に、遠藤はなんとも言えない重みを感じた。
「ええ、今は推測の段階でしかありませんが、私は間違いなくこれが真実だと確信しています。」
遠藤はすぐに返答した。
「おそらく、近いうちにあなたのところにも刑事が訪ねてくるでしょう。彼らが蔵岡市の人間ではなく、別のところ、警察庁からやって来た刑事だったら、私が言ったことが正しいとあなたにも分かるでしょう。私の考えもただの憶測ではなくなります。」
遠藤は笑い声を出さないように必死だった。受話器を持つ彼女の手は少し震えていた。
『分かりました。あなたの考えが正しかったら、今度はこちらからご連絡します。今は少し考えさせてください。』
「ええ、大丈夫ですよ。急にこんな話が来て混乱しない人はいませんから。では、また。次にお話しするときは、私がなぜ警察に対して不信感を持ったかもお聞かせします。詳しいことは後ほど話しますが、私もあなたと同じなんですよ、今井さん。私も大切な人を二年前に失ったんです。私の、学生の頃からの親友を奪われたんです。」
遠藤の声は少し震えていた。その震えは、ただの笑いをこらえている故のものであったのだが、今井雄一がそれに気づくことはなかった。
遠藤は電話を切った。そして今まで我慢していたものはき出した。
「あははははははは!」
遠藤は久しぶりに大声で笑った。彼女はいつになく気分が高揚していた。大学生の時に一度だけ試したハシッシュを吸った時に似ていると、遠藤は思った。




