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死期予見  作者: 本郷真人
第六章
37/69

(3)

 その人物は死んでいた。彼の表情はなんとも言えない無表情だった。口からは唾液があふれ、泡になっていた。死因は窒息死だった。彼の最期の表情は、彼の感情に起因するものではなかった。首を絞められたため脳に酸素が行かなくなり、思考が停止し、やがて表情にもそれが表れたためにできた能面だったのである。

「はあ、はあ、はあ。」

 渡部刑事は花村のぼるの死体の横に座り、荒い息を整えようと努めた。しかし、なかなか呼吸は治らなかった。

「くそ、くそ、くそ!」

 彼は悪態をつき、花村の遺体を座ったまま蹴った。一度蹴ったが、さらに怒りがこみ上げてきたので、その後三回蹴った。

「は!ざまあみろ。屑人間が。お前はこうなって当然なんだ。それだけのことをお前はしたんだ。それにこれは正当防衛だ。最初に手を出したのはお前なんだから。」

 渡部刑事は前髪を後になで上げ、汗だらけになった額を手でぬぐった。しかし汗をぬぐったところから、また新たな汗だまりができた。彼の手足の毛も少し逆立ち、彼はなんとも言えない寒気を覚えた。

 やがて彼はゆっくりと立ち上がると、床でただの肉の塊と化した元クラスメイトを見下ろした。しばらくその遺体を見下ろしていた渡部刑事であったが、少しは落ち着いてきていた。しかし、しばらくするとまた感情が抑えられなくなり、その遺体を何度も何度も踏みつけ始めた。しばらくすると、遺体の顔面は青色に染まり、幾本か歯が欠け、高かった鼻は奥へと沈んでしまった。

「はは。無様な姿だな、花村。」

 渡部刑事は軽く笑うと元来た道を引き替えそうとした。しかし彼の足はふと止まった。何故ならトンネル内にパトカーのサイレンが大音量で響いたからである。

 その音を聞いた渡部刑事は、最初のうちは安堵した。しかし、足下にある惨状をどう言い訳したらいいかと悩んだ。少し考えた後、彼は全てがどうでもよくなった。そこで下手に取り繕わずに正直に全てを打ち明けることにした。

「渡部斉紀巡査部長、そこで止まれ。そこから一歩も動かずにいろ。」

 トンネル内に入ってきたパトカーは三台だった。パトカーから降りてきたのは、本部から応援にやってきた捜査官三名。そして、青い制服を着た警察官三名の計六名だった。

「私は逃げも隠れもしません。復讐は果たせました。この後のことは、もうどうでもいいんです。早く逮捕するなりしてください。」

 渡部刑事は力なく、投げやりに言った。

「その前に渡部巡査部長に聞きたいことがある。君の自宅から見つかった、四体目の遺体の身元についてだ。いったいそれは誰なんだ?」

「ああ、彼女のことですか。ここで死んでいる屑野郎に狙われていたため、私の自宅で保護していたんです。でも間違いでした。そのせいで私の息子は、両親は殺されたんです。関わるべきじゃなかった。」

 渡部刑事は後悔するようにうなだれた。しかし、その後に捜査官の一人が発した言葉によって彼は混乱することになった。

「嘘が下手だな、渡部斉紀。君のその実に特殊な趣味の犠牲者のことを聞いているんだ。」

「はい?何のことですか?」

「君のバックから半分ミイラ化した人の指が出てきた。手足の合計20本だ。どこにでもあるようなタッパーの中にガーゼと一緒にな。」

 渡部刑事の顔がみるみるうちに変わった。

「ちがう、俺じゃない。」

「四体目の身元不明の遺体には指が一本もなかった。間違いなく何者かに切断されたんだ。そして、お前は花村が指名手配される前日に、彼と連絡を取り合っていたな。花村のぼるの自宅で見つかった彼の携帯電話にお前との通話履歴があった。」

「それは奴が高等学校の生物の教員だったため、テトロドトキシンについての助言を奴に求めて連絡しただけです!」 

 渡部刑事は全力で否定したが、現在、彼に銃口を向けている六人は全くそれを信じなかった。

「お前と花村は、その特殊な趣味のお仲間だった。そしてお前が花村を裏切り、警察に彼のことをリークしたため、彼はその報復としてお前の家に放火した。その結果、お前の家族とお前の趣味による被害者は死んだ。そうだろ!」

「お前らはどれだけ馬鹿なんだ!」

 一人の捜査官の発言に対し、渡部刑事は激怒し、叫んだ。

「何でそんな発想になる!ふざけるな!」

 花村は叫びながら歩き始めた。その先には地面に転がった彼の銃があった。

「動くなといっているだろう!」

「黙っていろ!俺にとってはお前らのほうが危険だ!」

 渡部刑事がさらに足を一歩踏み出そうとしたとき、トンネル内に銃声の大音量が響いた。その直後、渡部刑事は自らの右足に違和感を覚え、その場に崩れ落ちた。彼は自分に何が起こったのか瞬時に理解することは出来なかったが、地面に崩れ落ちた後、自身の右足大腿を見て悟った。彼の足には一つのぽっかりとした風穴が空き、そこから血液が噴き出していた。

「この能無しが!何をしてるんだ!」

 渡部刑事は大声で叫んだ。そして転倒した場所の近くに落ちていた一本の警棒を拾い、片膝をついて立ち上がった。これは花村のぼるが渡部刑事を殴打するときに使っていたものだった。そう、彼が転倒した場所は、花村のぼるの死体の真横だった。

「何か持っているぞ!」

 誰かが叫んだ。そして、その直後に四発の銃声がトンネル内に大音量となって響いた。それは落雷にも似た響きだった。

 渡部刑事は再度、花村のぼるの死体の隣に倒れ込んだ。その直後、渡部刑事の視線とただの肉塊となった花村のぼるの視線が合わさった。花村の顔は青痣が出来ていたり、鼻が陥没していたりと散々だったが、死にゆく渡部刑事には、花村が笑っているように思えたのだった。

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