(9)
9月3日午前3時。
完全に焼け落ちた渡部宅にて、必死の捜索活動が行われていた。そのころ、渡部刑事は自身が乗ってきた覆面パトカーのボンネットに腰をかけ、四,五人ほどの警察官に囲まれていた。
「ここにいたぞ!四人見つかった!」
渡部宅の中から大声が聞こえてきた。声の主は現在連絡が取れなくなっている渡部刑事の両親二人、息子一人、そして彼の知人女性一人の捜索をしていた消防士の一人だった。
「これはひどい。もう救急車の生命維持装置の電源は切っていい。全員死んでいる。」
在ったのは、大人三人と子ども一人の四つの遺体だった。真っ黒で、もはや誰か識別することは目視では不可能な姿だった。所々欠けている部分もあったが、全員が手足に結束バンドのようなものを付けられているようだった。
「どうやら四人とも拘束されていたようでした。犯人は四人を身動きできなくしてから、家に火を付けたようです。残忍にも程があります。」
渡部を囲んでいた捜査官達は遺体の確認を始めた。しかし、あまりの悲惨さに一人は走って群衆から離れ、道端に嘔吐した。
「渡部刑事、つらいのはわかります。しかし遺体について教えていただけませんか?一刻も早く犯人を捕まえるためにもすぐに情報を集めなければなりません。」
文字通り心ここにあらずといった状態の渡部刑事に捜査官の一人が話しかけた。渡部刑事はB級映画に出てくるウォーキングデッドのようにのろのろと立ち上がると、救急車に乗せられた四人のもとに歩み寄った。
「おそらくこれは母です。そしてあちらの救急車に乗せられているのが父です。」
渡部刑事は震える唇で話し始めた。そして彼は三つめの救急車に向かう。
「そして、そして、これが・・・息子です。私の一人息子、翔太です。」
渡部刑事は変わり果てた息子を見て我慢できなくなったのか、その場に膝をついて倒れ伏した。それから30秒ぐらいが経過しただろうか。しかしこの場にいる全員にとって、その30秒は数時間に感じられた。
「最後のご遺体です。」
捜査官の一人が渡部を四つめの救急車に移動させた。
「この遺体だけ、見てわかるような外傷が複数在りました。遺体の手足全ての指が欠損しており、また、半分炭化しているためはっきりとは言えませんが、無数の切り傷のような線がいくつもあります。おそらくひどい拷問のようなことをされたと考えられます。体形的に女性のようだと思われるのですが、こちらの人物に心当たりはありませんか?確か渡部刑事は息子さんとご両親との四人暮らしだと聞いていたのですが。」
渡部刑事は遺体を見た。遺体は男か女かが分かりにくいほどであったが、確かに手足20本の指がなくなっていた。
「彼女の名前は・・・。」
渡部刑事が遺体の名前を言おうとした時だった。
“プルルルルッ。”
彼のポケットから携帯の着信音が鳴った。
しかし彼は電話に出ようとはしなかった。
「あの、渡部刑事。携帯が鳴っているようなのですが。電話に出る気分ではないのは分かりますが、こういうときだからこそ、大事な電話の可能性が高くありませんか?」
渡部刑事の近くにいた警察官が、おそるおそる彼に話しかけた。渡部刑事は少しイライラした様子で、それまで話していた捜査官達に一言言うと、群衆から離れて電話に出た。
「はい、渡部です。」
『遅いよ。もう出ないかと思ったよ。』
声の主は変声期で声を代えていた。それ故、渡部刑事にはその人物が男か女かさえ分からなかった。
「誰だ、お前。」
渡部刑事は強い口調で聞いた。
『君の家に火を付けた犯人。お前にはもう分かっているんじゃないか?』
その瞬間、渡部刑事は心臓をドライアイスが入った袋の中に入れられたような感覚を覚えた。凍傷になって身体の細胞が破壊されていくように、彼の理性が壊れていった。
「花村、今どこにいる?殺してやるからそこで待っていろ。」
『奇遇だな、渡部。俺も今、おまえと同じ事を考えているよ。湯野岬第二トンネルだ。一人で来い。でなきゃおまえの大事な相棒の足立司警部はファラリスの雄牛の声帯担当だ。おまえのせいで俺は愛する天使に手をかけることになった。許せるわけがない。』
「安心しろ、花村。おまえはただ殺すだけじゃすまさない。自分から『殺して欲しい』と言わせてやるよ。」
渡部刑事の発言を最後に、電話は途切れた。渡部刑事は携帯をゆっくりとポケットにしまった。彼は燃え落ちた彼の自宅に集まっている同僚達を横目に、近くにあった白黒パトカーに乗ると、真っ暗な夜道を猛スピードで走り出したのだった。