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死期予見  作者: 本郷真人
第五章
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(6)

 その日、渡部刑事は久しぶりに定時であった17時に仕事をあがることができ、18時には帰宅することが出来た。ここ一年間、彼を自宅で待つ人間は三人だった。彼の両親と彼の一人息子の翔太である。普段、渡部刑事は勤務が不定期であるため、なかなか一人息子との十分な時間を取ることができないでいた。それ故、彼は久々の息子との時間を楽しみにしていた。そして、彼がもう一つ楽しみにしていることがあった。

 一昨日から、彼を自宅で待つ人間は四人になっていた。四人目の人間は遠藤明だった。喫茶店での打ち明け話の後、彼女はその日のうちに渡部刑事に連絡してきた。二人はしばらく相談し合ったが、結論から言うと、犯人が捕まるまで遠藤は渡部刑事の自宅で暮らすこととなったのである。


「ただいま。今帰ったよ。」

「お父さん、お帰りなさい。」

 渡部刑事が自宅に帰ると、すぐに息子の翔太が駆け寄ってきた。彼は息子の頭を優しく撫でると食堂に向かって歩き出した。

「お帰りなさい。今日は早かったですね。」

 食堂に入ると、遠藤明が声をかけてきた。どうやら彼女は渡部刑事の母親と一緒に夕食を作っていたらしい。

「遠藤さんが手伝ってくれて助かったわ。彼女、とても料理が上手なのよ。」

 母親の言葉を聞きながら、渡部刑事は離婚する前までの生活を思い出していた。

 二日間という短い期間だったが、遠藤は渡部の家にすっかり溶け込んでいた。特に渡部刑事の母親は、遠藤のことを渡部刑事から詳しく聞いていたので、すっかり同情してしまっており、彼女のことを常に気にかけていた。


 食事を終え、風呂にも入り終えた渡部刑事は、息子を寝かしつけると、両親も寝てしまっていたようなので、居間で一人、テレビを見ながらくつろいでいた。

「渡部さん、少しいいですか?」

 客間にいた遠藤が彼に話しかけてきた。

「遠藤さん、どうしましたか?」

「いや、ただお礼が言いたくて。」

 遠藤はしどろもどろに言った。

「本当に何から何までありがとうございました。渡部さんに相談して本当に良かったです。もしかしたら、今頃はもう死んでいたかもしれなかったですし。」

「こちらこそ、あなたのおかげで犯人の目的がわかりました。犯人についても、もう既に目星は付いていますのでもう少しの辛抱ですよ。この家にいるなんて、あいつも絶対に思わないでしょうし。」

 渡部刑事は遠藤をリラックスさせようと優しく言ったが、彼女は少し悩んでから自身の提案を言い始めた。

「実は明日、一日だけ外出しようと思っているんです。その、明日は新しい仕事の面接がありまして。私、独り身なので早く仕事を見つけなければいけないんです。」

 渡部刑事は少し驚いたが、一日とはいえ殺人鬼がまだ捕まっていないというのに、そいつの一番のターゲットともいえる遠藤が一人で出歩くのを心配した。

「面接はとても大事だと思います。しかし、以前見せた私のスケジュール帳を覚えているとは思うのですが、明日は午前10時から夜遅くまで私は仕事です。あなたを警護する人間がいなくなってしまいます。もしも外出するならば、やっぱり誰か警察官を近くにおいて欲しいのですが、厳しいですよね。」

「警察官のほとんどの人が悪い人ではないということは知っているんです。でも、あなた以外の警察官のことはなかなか難しくて。」

 遠藤の発言に対し、渡部刑事はやっぱりかとうなずき、数十秒ほど悩んだ末に一日だけ遠藤の一人の外出を許可することにした。

「遠藤さん、明日一日だけです。明日だけだと約束してください。そして明日は17時までには帰るようにしてください。私の自宅は住宅地から少し離れたところに建っているので、夜遅くは本当に危ないと思います。警察は現在、犯人を必死になって追っています。だからもう少しだけ我慢してください。」

 渡部刑事は遠藤の肩に手を置き、やさしく諭した。

「ありがとうございます。本当に渡部さんは優しいですね。こんな私にもとても良くしてくれます。」

 遠藤は渡部刑事の頬を手で撫でた。急なことに彼は驚いたが、同時に嬉しくもあった。

 その後も彼らは一五分ほどの談笑を楽しんだ。渡部刑事は遠藤と一緒にいると数年前に離婚した妻と一緒に暮らしていた時を思い出していた。

 談笑を終えると渡部刑事は自身の寝室に戻っていった。遠藤はそんな渡部刑事を見送った後、洗面所に行くことにした。彼女が現在、寝室として使っている客間には鏡がないからである。一日でも鏡で自身を見なければ、彼女は不安で仕方がなかった。

 洗面器に設置されている鏡に映った遠藤の顔は、少しばかりクマができてはいたが至って普通に見えた。しかしそれは一般人に見える光景である。

「渡部に話してから死に方は変わったけど、やっぱりまだ死ぬのか。」

 遠藤は震える右手を左手で押さえた。多くの死に関わってきたからこそ、彼女にとって死はひどく恐ろしいものに思えていた。

「いや、死に方が変わったということは、死までの時間も少しは伸びたということ。」

 二回深呼吸をすると、決心したように鏡の中の自分に話しかけた。

「勝負は明日だ。明日で全てが決まる。大きなリスクだけれども、あの塵の今までの行動から考えれば大丈夫なはずだ。」

 彼女は右手で前髪を少しいじった。これは彼女の幼少の時からの癖だった。

 


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