(3)
「こんにちは。少しいいですか。」
渡辺刑事は遠藤の突然の来訪に驚きながらも、了承した。
「ええ、大丈夫ですよ。遠藤さん、突然どうしたんですか?急に警察署に来るなんて。何か相談事でもあるんですか?」
渡部刑事は遠藤のことをあからさまに警戒していた。何せ彼は遠藤がこの連続殺人に関わっていると思い、また、自身の上司である足立司警部の行方を知っているかもしれないと考えているからである。
しかし、遠藤はそれに気づいていながらも特に気にする様子はなかった。彼女は肩にかけていたショルダーバッグを少し前に突き出しながら答えた。
「実は渡辺さんに相談があるんです。私、藏岡市で起きている連続殺人事件の犯人をおそらく知っていると思います。」
遠藤がそう言った瞬間、その場の空気が凍り付いた。渡辺刑事は我を忘れて口をぽかんと開けてしまっていた。それに気づくのに数秒かかったか。
「いったい何を言っているんですか?」
沈黙の後、渡辺刑事の口から出た言葉だった。
遠藤明と渡辺刑事は警察署から500メートルほど離れた喫茶店に移動した。
「私、半年ぐらい前からストーカーにあっていたんです。」
注文したダージリンティーが入ったティーカップに二回口をつけてから、遠藤は話し始めた。
「最初は常に誰かに見られているような視線を感じるようになったことから始まりました。人ごみの中にいる時も、一人の時も、どんな時でも誰かの視線を感じるんです。」
「視線ですか。」
「はい。初めのうちは私も気のせいかと思っていたのですが、尾行に気づいてからはそれが気のせいではないとわかりました。夜中に自宅でカーテンを少し開けて外を見てみると、外から私の家をじっと見て立っている人影があったんです。警察に通報しようと思った時もあったのですが、両親の自殺の時の警察の対応がひどかったので、あまり気乗りしなかったのです。」
遠藤の話を聞いて、渡辺刑事は足立司警部と一緒に見た彼女の資料を思い出した。
「ストーカーに気づいてから二か月ぐらい経った時、一件目の事件が起きました。ニュースで見た被害者は、事件の一週間前、道端で私をペンで刺した女性でした。彼女は何か手帳のようなものを書きながら歩いていたのですが、私とぶつかりまして、その時に彼女が持っていたペンが私の腕に当たりました。結果は少し血が出ただけだったのですが、私のストーカーは彼女を許さなかったみたいでした。」
「第一の被害者、新妻夏美さんですね。」
「はい。二件目の被害者は、歩きたばこをしながら歩いて私に灰をかけた男性でした。そして三件目の被害者は、急に私に声をかけてきた男性にそっくりでした。」
遠藤の事件の被害者の説明を聞いて、渡辺刑事は被害者達の殺され方に納得がいった。全て彼らが遠藤明に行ったことへの刑罰だったのである。常識人ならばそのようなことは考えないが、少なくとも彼女のストーカー、事件の犯人はそう考えていると渡辺刑事は納得した。
「安藤課長の事件で私は確信を持ちました。間違いなく犯人は私のストーカーであると。」
「遠藤さん。話してくださり、本当にありがとうございました。」
渡部刑事は遠藤に礼を言った。彼は事件が解決に向けて一気に進展したことを感じていた。これまで一貫性がないと思われていた犯人の犯行目的がわかったのである。とんでもない急展開だ。
「貴方が勇気を持って、話してくださったおかげで事件解決に大きく近づきました。また、貴方の身の安全は我々警察が責任を持って保証いたします。貴方は犯人に狙われている可能性がとても高い。これから蔵岡警察署に行きましょう。今の説明を署でもう一度してくだされば、貴方の警護に警察官を付けることが出来ます。」
「申し訳ないのですが、その提案はお受けできません。先に言ったように私は警察とは本当は関わりたくないのです。渡部さんにこのことをお教えしたのは、貴方なら信頼できると思ったからです。」
「信頼ですか?」
「はい。」
遠藤は隣の空席に置いていたショルダーバックを机の上に置くと、渡部刑事に柔らかな声で語りかけ始めた。
「渡部さんにとっての私の第一印象はあまり良いものではなかったと思います。私も普段から警察を良く思っていません。それで渡部さんともう一人の刑事の方が、会社に聞き込みに来た時にあのような態度を取ってしまったと思います。本当に申し訳ありませんでした。」
「いえ、私たちの方こそ態度が悪かったかもしれません。こちらこそ、すみませんでした。私はあなたのことをずっと誤解していました。」
渡部刑事は自分が思い込みにとらわれていたことに気づいた。彼の遠藤に対する考えが大きく変わっていった。
遠藤は渡部刑事に微笑みかけた。渡部刑事は少し己の心音が速まったのを感じた。
「私、あなたのような人、結構好きです。」
「え、それはどうゆう・・・。」
「そのままの意味ですよ。あなたは優しくて頼りになります。私、初めてですよ。警察官にこのような気持ちになるなんて。」
遠藤はダージリンを少し飲んでから、少しうつむきながら少し黙った。一〇秒ほどの沈黙の後、遠藤は再び口を開いた。
「先ほど言ったように、私は警察が苦手です。警察の保護が無ければ自分の身が危険なことはわかっているのですが、やっぱり他の警察官の方を信頼出来そうにありません。」
「そうですか。」
「でも、あなた個人なら信頼できます。」
遠藤のこの発言に渡部刑事は目を見開いた。
「それってどうゆうことですか?」
「そのままの意味ですよ。あなたが迷惑でなければ、是非あなたに頼りたいのです。渡部さんはもう知っていると思いますが、私には親族が誰もいません。そのため、今は田んぼに囲まれた小さな集落の古民家に一人で住んでいます。周りの人達はとてもいい人ばかりなのですが、なにぶん犯罪とは無縁の人ばかりなので防犯意識も薄い。私、夜になるといつも不安になるんです。いつあの犯罪者が家に来るだろうかと考えてしまうのです。」
「確かにそれは恐ろしいですよね。女性の一人暮らしはただでさえ危険だというのに。ましてや遠藤さんは恐ろしい連続殺人鬼に狙われている。」
渡部刑事は自分で注文したカフェラテを少しのむと、意を決したかのように提案を始めた。
「もし、遠藤さんがよろしかったら私の家に来ていただいても大丈夫ですよ。安心してください。普通の一軒家なのですが、私一人で住んでいるのではなく、私の両親と私の五歳の息子も住んでいます。お恥ずかしいですが、私はバツイチのシングルファーザーで両親に助けられながら子育てをしているんです。」
「そうだったんですか。いえ、決して恥ずかしくはないと思いますよ。人それぞれですし。立派にお子様も育てられていて、むしろ素晴らしいお父様だと思います。」
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。」
渡部刑事と遠藤は笑い合った。渡辺刑事は持っていた鞄からメモ帳を取り出すと、ページを一枚破って自宅の住所と電話番号を書いた。
「こちらが私の自宅の住所です。何かあったときに限らず、いつでも来てくださって大丈夫ですので。両親にも伝えておきます。」
「御丁寧にありがとうございます。渡部さんに相談して本当に良かったです。」
その後、遠藤と渡部刑事の二人はしばらく談笑した後、それまでいた喫茶店を出て別れた。
遠藤はバス停に向かって歩きながら、肩にかけているショルダーバックを少し持ち上げてつぶやいた。
「私、渡部さんに恋をしてしまったかもしれないですね。」




