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その男はあることの準備をしていた。仕事も「風邪をひいた」とありきたりな嘘でごまかし、忙しなくウロウロと八畳の部屋を歩き回いながら計画を賢明に練っていた。
「さてさて、どうしたものか。今回は大人数だ。テトロドトキシンはもう残っていない。そしてこれ以上、女神の身近な人間が被害者になると女神がさらに警察にマークされ、心に傷を負ってしまう。これ以上女神に負担を掛けないためにも、また死体は見つからないようにしなければならない。」
狭い工具だらけの部屋をぐるぐると回りながら、ブツブツと男は独り言を言い続ける。
「別に死体が見つからなかったとしてもなんの問題も無い。女神はいつも僕を見てくれているんだし。彼女だけが僕の成果を知ることができるから死体はリスクを負ってでも残す必要も無い。」
そうつぶやくと男は破顔していた。当たり前である。神が自分を見てくれていると知っているからである。人は誰もが神というあやふやな存在を一度でも考える。いや、考えたことがない人間などいない。例えそれが、ただの人による己の精神安定のための創作物だとしても人は考えざるを得ない生き物だからである。しかし、その神の存在を確実に実感でき、そしてその神が己を見ているという事実を知ることが出来たならば、メシアの水上歩行を目撃するといったように信仰が現実になったならば、それを知った人間は真の意味で『天にも昇る』と言えよう。この薄暗い小さな部屋で笑みを浮かべる男はまさにこれだったのである。
「さあ、仕事だ。女神直々による天命だ。神を軽んじた愚かな人間に神罰を。」
詩人じみた独り言を言いながら、男は黒いリュックサックを背負うと部屋を出て行こうとした。しかし、その男の足が、部屋のドアの前で急に止まった。
「ああ、もういいや。一気にやってしまおう。天罰とは、時に大胆なものでなくてはね。」
くるりと回り、ドアに再び背をむけた男は新たに計画を練り直すのであった。




