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「遠藤君、ここ座って。」
経理部長室に入った遠藤は、経理部長からパイプ椅子を渡されて、そこに座った。
「最近この会社で君についての噂が広がっているのを知っていると思う。それでちょっと君が大丈夫かと心配になってね。」
遠藤の直属の上司である経理部長はやさしく彼女に語りかけた。
「はい、心配いりませんよ。根も葉もないただのくだらない噂です。別に気にもしていませんよ。」
「そうだったか。それはよかったよ。」
経理部長は笑顔でそう言ったが、少し間を置いてから気まずそうに本題に切り出した。
「その噂なんだけどね。誰かがSNSにリークしたみたいで、うちの会社に事件の重要人物がいるってネットの一部で話題になっちゃったみたいでね。うちとしては、君は優秀だし非常に残念なんだけれども、できれば依願退職をお願いしたいっていうかね。いや、君が悪いわけではないんだけど、うちみたいな地方密着の中小企業は世間体も気にしないといけなくてね。さすがにこの話題だけはやっぱりまずいんだ。」
この経理部長の話を聞いた遠藤はしばらくうつむいたままだったが、その後ゆっくりと経理部長の方を見て言った。
「幾つか問題は起こると思ってはいましたが、こうなるとはさすがに予想外でした。ああ、気にしないでください。こっちの話ですから。それとお話についてはしっかりと理解できたつもりです。今週末までには退職届を提出しますので。」
「わかってくれて嬉しいよ。本当にすまないと思っているんだよ。」
申し訳なさそうな態度を続ける経理部長を横目で見ながら遠藤は今後どうするべきかと早速次のことを考え出していたのだが、ふと思い出したように経理部長に向き直った。
「ちなみになのですが、この噂の出所はわかっているんですか?それとその人達の処遇などについても出来れば教えて欲しいんです。やっぱり私だけこのような扱いでは納得することが難しい部分があります。」
遠藤のこの発言を聞き、数秒悩んだすえに経理部長は口を開いた。
「本当は言ってはいけないんだけどね。でも確かに君の言い分はもっともだ。僕も優秀な部下をこんな形で失うことについては腹が立っていたんだ。」
経理部長は何度も遠藤に『この話は他言無用だ』と言い聞かせてから話し始めた。
「なんでも、ことのきっかけは刑事達がうちに訪問に来た日の昼休みに、亡くなった安藤課長が在籍していた第二営業部の若い人達が食堂で君と警察の会話について話していたことらしいそうだ。そして確証も持てなかったから彼らは今のところおとがめ無しだ。」
「なんの処分もなかったんですか。」
「残念ながらそうなんだ。本当にごめんよ。僕の力不足も影響していると思う。それに営業部は常に人手不足だから、若手を一気に辞めさせるわけにもいかないってことらしい。」
「なるほど。とても理にかなった合理的判断ですね。それはそれは。」
経理部長はしばらく遠藤の様子を観察していたが、居心地が悪くなり、遠藤に部屋からの退出を促した。そして遠藤も素直にそれに従った。
部屋から出た遠藤は寄り道もせずに自身の仕事場である経理部のオフィスに向かった。
「多少のリスクがあるとは思っていたけれど、次の仕事を探すなんて面倒なことになるとはね。仕方がないとはいえ、ちょっとくらい仕返ししたって構わないでしょ。」
オフィスに向かう道中で、そうつぶやいた遠藤はどこか楽しそうだった。




