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死期予見  作者: 本郷真人
第三章
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(8)

 目を覚ました足立警部の瞳に一番に映り込んできたのは薄暗い豆電球だった。その豆電球はフィラメントが弱いせいか、ただでさえ弱い明かりが時々さらに落ちたりしていた。

「なんだ、ここは?」

 後頭部に鈍い痛みを感じながらも足立警部は辺りを見回した。どうやら彼は椅子に座っているようだった。まわりは錆びてボロボロになったトタン板で覆われたプレハブで、彼はここがどこかの使われなくなった山小屋などの廃屋ではないかと考えた。ガタガタと四方八方の壁が揺れ、風を直に受けていることから、この建物はこの一部屋だけだと彼は悟った。

「なにがどうなって・・・!確か俺は車が動かなくなったとかいうあの男に呼び止められて・・・。それからどうなった?」

 足立警部は座っていた椅子から立ち上がろうとしたのだが、身体がびくともしなかった。すぐに彼は自分が木製の古い椅子に手足を縛られて座らされているという事実に気がついた。

「まさかあの男がやったのか?でも何のために?」

 足立警部は徐々に焦りを感じ始めていた。彼をこの部屋に拉致したであろうハイエースの持ち主は足立警部のことを知っていた。つまり彼が警察官であると知っていて拉致したのである。そんな人間がまともなはずがない。足立警部は身の危険を感じて必死にもがいたが、彼を椅子に固定している荒縄は幾重にもぐるぐる巻きになっており、全く効果は無かった。

 足立警部が目覚めてから30分が経過した時、『ギイイイイ』と鈍い音を立てて、足立警部の後ろにあった扉が開いた。

「あれ?起きたんだ。おはようさん。」

 部屋に入ってきた男はフランクに足立警部に話しかけた。

「まあ、まだ寝てたら水でも掛けて起こそうと思っていたから丁度いいや。」

 男は「ふう。」と一息つき、背負ってきたリュックサックを床におくと、足立警部の正面であぐらをかいて下から彼を見上げた。

「何でこんなことになっているかわかるかい?」

 男が話しかけると足立警部は男を睨みつけて言った。

「おまえ、あの時の男だな。車が動かないっていうのは嘘だったか。おまえ、こんなことしてどうなるのかわかっているのか?俺は警察の人間だ。そんな俺にこんなことしていいと思っているのか?」

「はあ、これだから警察は嫌いなんだ。ただの公僕のくせになぜか偉そうに威張り散らかしてさあ。君、今の状況わかってる?君が僕に指図できると思っているの?今ここでは僕がブッチャーで君は哀れな家畜。豚が人間に向かってなんて口をきくのかなあ?」

 男は床に置いていたリュックサックの中からポータブルDVDレコーダーを取り出すと足立警部の前に置いた。男がそのポータブルDVDレコーダーの電源を入れて再生ボタンを押すと一人の小学生ぐらいの女の子が映った。

「愛子!」

 それは足立警部の愛娘である足立愛子だった。おそらく隠し撮りであろうその映像にはランドセルを背負った彼女が友人と一緒に学校に向かって登校している様子が映し出されていた。

「最近この街で騒ぎになっている連続猟奇殺人事件。あの事件について警察が今現時点でわかっていること全て話せ。」

 男はさっきまでの気さくな様子から一変したように真剣な表情になり、声を強めて言った。

「お前はもうわかっているだろう?そうだ。僕が一連の事件の犯人さ。全部僕がやったんだ。そんな僕に捕まっちゃったら、娘さんどうなるのかなあ。」

「おまえ・・・!」

「ほら、早く言えよ。こっちもあまり暇なんじゃないんだよ。22時ジャストが女神イナンナのバスタイムなんだ。早く戻って聞かないといけないんだよ。あと2時間しかないじゃないか。ここから僕の家まで30分もかかる。だから残り1時間30分で全部終わらせないといけないんだ。人を待たせるってことがどれほどその人にストレスを掛けるのかわかるかい?約束の時間に待ち合わせ場所に来ない恋人。そんな恋人はミキサーでどろどろにして堆肥と混ぜて田畑にばらまくべきだ。家畜のクソが混じった堆肥にね。時間とは人の行動を決める基準の一つであり、人が絶対に厳守しなければならないもの。いわば世界の法律なんだ。だからさ、早く話せよ。朝っぱらからずっとあんたに付きっきりだったからいい加減限界なんだよ。」

 男が膝を上下に揺すりながら早口でそう話すと、足立警部は恐怖でどうにかなりそうになるのを必死で我慢した。しかしこのような中でも彼は意外にも冷静に思考ができていた。

(こいつ、いかれてる!何を話しているのかさっぱりわからない。というかなんで俺が狙われたんだ。捜査状況を聞き出すだけなら俺じゃなくてもよかったはずだ。なぜ俺を選んだ?なにか捜査状況のこと意外にも理由があったのか?)

 足立警部が無言でうつむいて考えをめぐらせていると、男は立ち上がって足立警部が座っている椅子の脚を蹴った。

「おい!時間が無いってさっき言っただろう。何でまだ何もしゃべらないんだ!・・・。わかった。今からお前の家に行ってもう帰宅しただろうお前の娘をここに連れてくる。ついでにお前の妻も連れてこよう。」

 そう言って部屋から出て行こうとする男を、足立警部はすぐに呼び戻した。

「わかった、全部話す!今警察が知っていること全て!だから俺の家族は止めてくれ。手を出さないでくれ!」

 足立がそう言うと男は急に笑みを浮かべて彼に振り返った。

「わかってくれてありがとう!最初からそうしていればここまでこじれることは無かったんだよ。」

 そう言って男はまた足立警部の正面であぐらをかくと、ボイスレコーダーをリュックサックから取り出した。

「さあ、話しておくれ。ちゃんと記録を取っておいてあげるから。」

「わかった。話す。」

 足立警部はそう言うと深いため息を一つついてから話し始めた。

「まず、現時点での捜査状況だが、全くといっていいほど何もわかっていない。事件の被害達の間には何のつながりもないし、凶器にもこれといった共通性もない。唯一わかっていることは被害者達が全員テトロドトキシンを使われていたっていうことだけだ。それ以外は何もわかっていない。本当だ。これだけしか今は情報が無い。」

「ふーん。やっぱりか。確かに自分でも細心の注意を払って今までことに及んでいたし、手袋だけでなく、マスク付けたり、毛髪一本も残すまいとシャワーキャップもしっかり付けていたしなあ。でもだんだん慣れてきたけれども最初の頃はばれないかと心配で心配で仕方がなかったんだよ。」

 ほっとしたように胸をなで下ろした男は足立警部のことを見上げて笑みを浮かべる。

「でもそういうことならおそらく警察は唯一の手がかりであるテトロドトキシンから犯人を調べようとするだろうなあ。でもそれだけならいくらでも対策はできる。ありがとう、足立司警部!君のおかげで今夜は枕を高くしてゆっくり女神の声を聞きながら安眠できそうだよ!」

 男は嬉しそうに立ち上がってくるくると回ってステップを踏んだ。

「なあ、俺が知っていることはもう全部話しただろう?お願いだからもう家に帰らせてくれ。お前も知っているだろう?俺には妻と娘がいるんだ。たのむ、もう帰らせてくれ!」

「ああ、それはだめだ。まだ本題が終わっていないからね。」

「本題?」

「そ、本題本題。」

 そう言って男は足立警部の後ろに回り込むと彼の首に一本の注射器を刺した。

「何を・・・!」

 足立警部は声を上げて暴れようとしたが、すぐに彼は自身の身体がどんどん痺れて動かなくなっていくのを感じた。

「本題はここからなんだよ、足立司。もう自分が何を打たれたかわかっているだろう?」

 男は空の注射器を足立警部に見せながら言った。

「そうさ、皆大好きテトロドトキシンだよ。コイツを打たれたってことはどういうことかわかっているよね。君はこれから罰を受けなくちゃならない。おや?なぜって顔してるね。それはね、君が女神を苦しめるっていう大罪を犯したからなんだよ。女神は必死に僕にすがっていた。僕のことを天使って呼んで!」

 息を荒げながら男は足立警部の顔を撫で始めた。足立警部は恐怖で一杯だった。

「さあ、罪を償う時間だ。君は意味不明な間違った考えで女神を苦しめた。つまりだ。君の目がいけない。物事を間違った視点で見てしまう君の目が悪いんだ。だから君の罰はその目に重点を置こう。君も最期には己の愚に気づくはずだ。さあ、始めようか。」

 リュックサックをあさっている男を見ながら足立警部は男が言う女神という人物について一人の女を思い浮かべた。それが彼の最期のまともな思考だった。


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