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8月6日。
足立司は今年で47歳になる蔵岡警察署の警部である。彼は昔から人に好かれる人間ではなかった。そんな彼は40歳になる直前でようやく念願の警部になることが出来た。しかし警部になり、多くの部下を抱えることとなった足立であったが、部下に対して傲慢な態度を取ることが多かった彼が信頼されることはなく、それ故、署内で彼は常に孤立していた。彼は毎日孤独を感じながら働いていた。
「これより蔵岡市内猟奇殺人事件の捜査会議を始める。まずは現時点での事件の概要を渡部斉紀巡査部長より報告します。」
蔵岡警察署の第二会議室では、県警本部から来た刑事、蔵岡警察署の刑事達による合同の捜査会議が開かれていた。
「事件は一昨日の事件と合わせてここ三ヶ月の間に5件。第一の事件は5月14日。被害者は新妻夏美、24歳。深夜、蔵岡市南公園で何ものかによって殺害されました。凶器は大量のボールペン。テトロドトキシンを注射され、その後ボールペンを身体の至る所に深く刺され、そのまま放置されたようです。その後出血死したとみられています。この蔵岡市南公園は住宅地とは少し離れた場所にあり、夜になると人通りはほとんどなく、事件の時も目撃者は一人もいませんでした。」
スクリーンに一人の女性の顔写真と彼女の遺体の写真が映し出される。遺体の写真の顔は、その右側の血色のよい明るい顔写真とは似ても似つかないほど真っ白で、唇も青紫色であった。
「第二の事件は6月1日。被害者は青山順平、三五歳。死因はネズミに腹部を食い破られたことによる出血死。第一の事件と同様にテトロドトキシンで身体の自由を奪った後、犯人は被害者の腹部にネズミを置き、その上に鍋を置き、さらにその鍋を火であぶったようです。それによって熱から逃げるためにネズミは被害者の腹部を食い破って身体の中に入ろうとしたようです。」
スクリーンに出された写真は凄惨そのものだった。
「これは聞いたことがあるな。中世の拷問にこんなのがあった気がする。」
「あ、自分も聞いたことがあります。『鍋責め』ですよね。」
「ああ、それだ。ひどい殺し方しやがる。正気じゃない。ヤクザの拷問の方がまだましに思えてきたよ。」
様々な凄惨な死体を見てきた本部の殺人かに属する刑事達にとっても、今回の犯人は異常に思えた。まだ二件目だというのに、この会議室から早く出たいとほとんどの者が思っていた。
「三件目の被害者は沖田満、20歳。このあたりでは有名な男だったようで、学生時代には強姦事件も起こしていました。少年院を出所した後、行方をくらましていましたが、6月25日午前4時に遺体となって発見されました。死因は陰部を切断されたことによる出血多量です。テトロドトキシンと大量の抗凝固薬を注射されていました。」
三体目の死体がスクリーンに映し出される。
「コイツは知っています。私が4,5年前に院に入れた少年です。高校生だったときに別の学校の女子生徒を強姦した罪で捕まえました。」
足立警部が声を出した。そう、三人目の被害者を数年前に逮捕したのは、他でもない足立司警部だったのである。
足立警部の発言の後、「もしかしたら犯人は強姦された女子生徒の知り合いかもしれない。」、「その生徒の知り合いに当たってみた方が良いかもしれない。」などの会話が飛び交った。
「報告を再開します。」
少しの間を置き、渡部刑事が事件の概要報告を再開した。
「四件目の被害者は7月20日早朝に遺体となって発見されました。名前は緒方敏、48歳。死因は刺し傷による出血多量によるもの。特徴は眼球がえぐり出されていたことです。また、彼からもテトロドトキシンが検出されました。」
「そして一番新しい五件目の事件は8月5日に発見された、安藤興介42歳。死亡時刻は8月4日の午後10時から12時の間と推定されています。死因はこれも大量出血によるものです。凶器はペンチ、釘、トンカチといった工具類。検視の結果から凶器は八点のようです。西工業団地の路地裏で発見されました。」
最後の事件の報告が終わり、捜査官達はようやくこの地獄のような時間から解放された。吐き気を我慢する者、犯人に憎悪を感じる者、被害者に感情移入する者など彼らの反応は様々だった。しかし、この残虐なシリアルキラーを捕まえなければならないという使命感は全員が感じていた。
「犯行動機は不明。凶器も様々。共通点は被害者全員がテトロドトキシンという神経毒で身体の自由を奪われた後、長い時間を掛けて拷問され、その末に死亡したこと。犯人は相当被害者達に恨みを抱いていたものと思われる。捜査方針としてはまず被害者達の共通点を探ること。被害者の周りの人間の聞き込みから行っていく。一刻も早くこの事件を起こした犯人を捕まえろ。捜査会議は以上とする。」
穏やかな地方都市で突如として起こった連続殺人事件。それぞれの思いを抱えながら捜査官達は動き出した。




