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波間の恋

お風呂場を舞台にした人魚と青年の恋の物語を描きました。

ミステリアスの人魚との恋、王道ラブストーリー人魚姫を現代版にアレンジしてみました。

純愛だからこその喜劇と悲劇をお楽しみください。


27歳、初夏。猛烈な暑さの中、サラリーマンにもまれて帰宅するもどうも体調が芳しくない。

玄関口を開いて、靴を脱ごうとしたとき、視界がぐにゃりと回った。

「ゔっ…」

もう一歩も動けない。自分の熱のせいか、外気温のせいなのか体がぐつぐつと煮え立つようだった。

異常気象だろ…水が飲みたい…せめてエアコンをつけなければ死んでしまう。

匍匐前進で進み、エアコンのスイッチは手に入らなかったものの何とか扇風機をつけることが出来た。

水が飲みたい…みず…水…もうすでにすべての体力は使い果したので動くことはできない。あきらめて意識を手放すことにした。扇風機にあたり、地元の海風を思い出しながら。


彼女もこんな気持ちだったのだろうか

夏のこの時期、風邪をひくといつも見る夢がある

まどろんでいた昼下がり、脱衣所から透き通った歌声が聞こえてくる

夏のじめじめとした風呂場で僕はあの時、誰と話していたんだろう

キラキラ光る鱗、ビー玉みたいな瞳、真っ赤に染まった頬、つやつやの髪をなびかせながら一人の女がふわりと微笑みを浮かべる

どれも鮮明に覚えているはずなのに

彼女の顔だけがかすんでしまって思い出せない


彼女との出会いは22歳の時、僕は海辺の小さな町に住んでいた。

一年のうち何度かは何でもないのに眠つけなくて気が付いたら朝になっていたなんてことがある。そんな日は決まって1日ぼんやりと過ごすことになるのだが、その日はなんだかすっきりと目が冴えて早朝の散歩に出かけた。僕はこの時間が好きだ。夜の静けから人々のにぎわう朝へ切り替わっていくこの瞬間が優越感に浸れる。波の音と共に心地よい風が心を休ませてくれる。


海岸でひとり海を眺めていると、大きな波にさらわれ、驚いた拍子に、思わず息を吐いてしまって大量の水が口の中へ流れ込んでくる。


「息が!!苦しい、空気、何かつかむもの!!!」


もがけばもがくほど海の中へ引き込まれていく。

海は好きだ、けれど俺は泳げない。小さな町だから一応泳げるようになれと親、親戚含め学校でも特訓させられた。それでも泳げないのだからもう向いていないのだ。そのおかげで、父は漁師の仕事を継げと言わなくなるほどだから、不幸中の幸いと思っていた。だだ、今溺れるのはまずい。早朝の人気が無い今助けに来る人はいない。

 このままだと死ぬ!!!

そう思ったとき、唇にぬるりとした何かが触れた。慌てて目を開けると、そこには透明な波間を泳ぐ美しい人魚がいた。彼女の長い髪は水中で揺れ、キラキラとした鱗が太陽の光を反射して、輝いていた。

人魚の人工呼吸で目を覚ますなんて、

「あっ、あの……!」呼吸を整えることに精一杯で、次に何を言うべきか考えずに声をあげた。一瞬、自分が幻を見ているのではないかと疑うが、ビー玉みたいな瞳に見つめられて美しい人魚が彼の目の前に姿を現したことを確信した。


>>>


「なあ、今日朝からずっと気になってたんだけど、お前なんでそんな濡れてるの?」

今朝のいきさつを話すと親友の直人が

「波にさらわれた挙句にんぎょにあった???」

一瞬眉をひそめてから、それはお前酸欠で幻覚でも見たんだよと大爆笑

「母さんに死ぬほど説教食らって乾かす暇がなかったんだよ。心配させたのだと思うけれどあそこまで怒らなくてもいいのに。」

「そりゃあ、かなづちのお前が波にさらわれたとあっては、おばさんも心配するだろ」

いつもなら親友の直樹にには馬鹿にされ、母には叱られ散々な日だと落ち込むところなのだが、どうだってよかった。ただ、あの人魚にもう一度会いたい


学校帰りに海岸へ行った。

直人の言う通り、幻だったのかもしれない。でも彼女はそこにいたという根拠のない確信があった。

あのキラキラと光る人魚の姿が今でも鮮明に蘇る。自分の唇に触れたあの感覚は幻のはずがない。


何時間海岸を歩いても、一向に人魚の姿はない。

日も暮れてきて、寒くなってきた。

「いるわけないか」

おとぎ話でもあるまいし、帰ろう。


「今朝はごめんね」

遠くから女の声がした。

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