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第6話 新米二人の捜査線!?(前編)

一目で塵一つないことが判るほど煌びやかに整えられた通路は人の手がしっかり行き届いていることを示している。このホテルではこれが普通であり、フロントまでの全ての通路や階段は絵画などの美術品や生花などで華どられ、宿泊客の目を楽しませている。そして、客室も質素だが決して不衛生さ・不便さを感じさせない快適な空間を比較的手頃な料金で提供していた。

なによりホテル全体に活気があり、ここで働く従業員は皆生き生きとしている。一日何百人といる宿泊客一人一人の送り迎えをしているのにかかわらず疲れた顔を一切見せず、きめ細やかなサービスを提供し続けている。サービス業の鏡のような従業員たちとそれを教育したホテルの経営陣に思わず感服してしまう。


「ここの従業員のつめの垢を煎じて法都の宿舎の連中に飲ませてやりたいぐらいだよ。そう思わないかい? シャンディ」


シャンディと呼ばれた女性は男の呼びかけを無視して、先程まで泊まっていた部屋のドアの鍵を回していた。シンプルながらもシックなロングコートにロングブーツの恰好はファッションセンスの良さを示している。と同時に意固地になってしまう側面も表していて、あらゆる意味を含めて似合っていると男は思った。しかし今、彼女の全身からは触れるのを躊躇うぐらい黒いオーラがにじみ出ている。


「ホントここに来てよかった。しかもコレでも自分の財布も痛まないんだから尚イイね。経費で落ちるってサイコーだよ、ね?」


男は必死に話かけるが彼女は無視して玄関ロビーに向かって歩みだしてしまう。これから仕事に向かうというのなら誰もが納得の雰囲気だが、生憎これから向かうのはテーマパークでであり、行楽である。一応、建前は。

このままフロントに向かえば流石に訝しまれる。疑われる方向は違うだろうが、計画が始動する前にほんの些細なことでも疑念に思われるのは避けたい。男はため息を一つして、彼女の前を遮るように向かい合った。


「君に黙って僕と君の間柄を夫婦ってしたのは謝るけど、これも任務の円滑に遂行するためだ。二人まとまってた方が都合がいいし、丁度近い年齢の男女だから夫婦って間柄で通した方がまかり通りやすい。それは君でも理解できるだろ?」

「少佐の指摘はズレています……、私は別に勝手に夫婦にされたことに腹を立てているのではありません」


シャンディは肩まで伸ばした髪をいじくりながらボソッと呟いた。少佐と呼ばれた男は一瞬キョトンとした表情を浮かべ、聞き返した。


「なら、どうしてそう険悪な雰囲気を纏っているんだい? それじゃ何かありましたって言ってるようなもんじゃないか」

「何もなかったから険悪な雰囲気を纏っているんです、この鈍チン。一晩のドキドキを返してくださいよ」

「何かよくわからないけどごめん。けど何もないことは一般的に考えて善いことなんじゃないの?」

「そうでしょうね、少なくとも少佐にとっては」


とシャンディは少し声を荒らげて会話を打ち切った。険悪なものから普段の意固地な態度に変わった彼女を見て男は安心した。


「そうそう、それからシャンディ。『少佐』って呼ぶのは止めなよ。僕はもう少佐じゃないし、何より今は任務中。僕はライト、君はシャンディという名前を語っているんだ。これからはそっちで呼ぶように」

「私、少佐と呼んでいましたか?」

「うん」

「申し訳ありません。感情が昂ってつい……」

「まあ、僕もこの偽名はピンとこないし、なんなら「あなた」とかの代名詞で呼んでもいいよ。一応、今は夫婦って設定なんだし」

「あ、あなた……」


シャンディは頬を赤らめながら俯いてしまった。流石にエセ夫婦の設定を無理矢理つき合わせているのにそこまで要求するのは酷かと思ったライトは慌てて言葉を継ぎ足した。


「あっ、そこまでリアリティを要求しないから。普通にライトって呼んでも構わないよ」

「いいえ、駄目です!! それじゃ全然夫婦っぽくありません!!」


シャンディは力強く否定した。


「いいですか。今から私は少佐のことを「あなた」って呼びます。いいですね?」

「う、うん」


と少し気迫に押されながら頷くライト。また感情が昂って自分のことを「少佐」と呼んでいたがそれを指摘するのは蛇足であろう。なにより部屋を出た直後よりも彼女の雰囲気は格段良いものに変わっている。今にもスキップしそうなほど上機嫌な彼女にわざわざ冷や水を被せることはない。するとフロントの青年が朝の挨拶と共に「何かいいことがあったんですか?」とシャンディに尋ね、「今、いいことがあったの」と上機嫌に答えながらシャンディは部屋の鍵を青年に預けていた。その青年が夫妻とカウンター越しで向かい合い、話しかけてきた。


「ブライズ様」


ブライズとは二人が名乗っているファミリーネームである。ライト・ブライズ、シャンディ・ブライズというのが今二人が偽っている名前である。


「当ホテルには夜の鐘が鳴るまでにお戻りになられてください」

「わかってるよ。そうしないと安全が保障できなんでしょ。大丈夫、隣の地区のテーマパークで遊ぶだけだから」


ライトは金髪で碧眼だが純血ではない。それはライトがヴァンピールという種族で無いからだ。それは横に控えているシェンディも同じである。彼らは常夜の国「オーエント」の外からきた者、つまり普通の人間であり、ヒト族であり、観光客である。


「左様でございますか、なら安心ですね」

「テーマパークと此処には直通の馬車が何本も行き来してるもんね。それじゃ、行ってくるね」

「いってらっしゃいませ、ブライズ様」


フロントの青年と挨拶を済まし、二人はホテルの玄関をでた。すると、業者がやって来て馬車を利用するか尋ねてきたので、利用すると答えた。業者は「馬車を用意するから少し待ってな」と言い残して馬小屋の方へと向かっていった。

待ちぼうけすることになった二人はこれからの予定を少し小声で話し合う。それは通路やフロントで話してたような口調ではなく、淡々としたものだ。ライトの端正な顔立ちも彫像のように硬質なものへと変化する。


「テーマパークで最後の詰めを話し合うんだだったかな?」

「はい、といってもほとんど事後報告のようなものです」

「あれ? でも、『契約』そのものは上手くいったとは言い難いものだったという報告を受けたけれど?」

「ですが、今回の実験そのものに影響のあるものでは無いと判断しています。事実、現時点までは実験は順調に消費しています」

「それはそれは。優秀な部下たちを持って僕は嬉しいよ。でも、程ほどにするように注意しないといけないかな。そろそろ足が付きそうな気がするよ」

「また直感ですか」

「そ、といっても『契約』そのものが上手く機能してないならそろそろ潮時だろう? 今回の実験はあくまで『契約』の効能を測るものだし、その目的はほとんど達成したんだ」

「上は効能の限界を知りたがっています」

「今、『計画』が露呈するリスクを背負ってやることじゃないよ。少なくてもそれは『契約』が上手く機能してからさ」


ある程度会話に区切りをつけた頃には、業者を馬車の準備を終えてこちらに馬車を向かわせている。それを確認したライトはホテルの方を振り向き、ホテルを見上げるようにボソッと呟いた。


「闇夜に彷徨う異類どもに導きの光を」


それは気持ちを切り替えるための暗示のような言葉だ。自分たちが任務に就いていること自覚するための戒めでもある。


「お客さん、もう馬車に乗れるぜ」


業者の呼びかけにライトは先程までの雰囲気を全く感じさせない明るい声音でお礼を言い、シャンディと共に馬車に乗り込んだ。そして、行き先を業者に告げ馬車は目的地へと歩みだす。

ゆっくりとゆっくりと、馬車に乗り込んだものが不快を感じないように慎重な足取りで。

けれど、徐々にスピードが出て、駆け足になっていく。彼らを乗せた馬車がホテル「シェルトン・ザール」に留まっていたのはほんの僅かな時間であった。



     ☆☆☆☆☆       ☆☆☆☆☆      ☆☆☆☆☆



「あ~、メンドくせ~」


とボヤキながらカルナヴァルは呼び出された部屋の前まで立っていた。

今、カルナヴァルが立っている場所は普段いるザール地区ではない。ダイン東部エリア第5分署の副署長室前である。第5分署はテュリアやカルナヴァルが配属されたザール地区交番所を管轄している分署である。ザール地区交番所に配属された者はこの第5分署の地域課に所属している巡査官という扱いになる。要は此処の分署の地域課がザール地区交番を管理しているのである。カルナヴァルも第5分署の地域課には月に何度も顔を見せている。本来ならカルナヴァルのような立場の人間はそう頻繁に分署に立ち寄ることはない。しかし、ザール地区交番所では違う。上司であるイストリアが極度の面倒くさがりで定例報告や被疑者の護送などは絶対にしないからだ。ゆえにそのお鉢が部下に回ってくる。

上司がしない以上、直属の部下であるカルナヴァルがしないといけない。(←イストリアの説得は時間の無駄でしかないことを経験上知っているため)

報告書の類は郵送で済ませられるが手続きや護送などはそうもいかない。だから馬車で一刻も掛けてやって来ているのだ。今日は定例の弾薬などの備品補充の手続きのためテュリアも連れてやってきたのだが、カルナヴァルが分署に入ると同時にまるで狙い撃つかのように呼び出しが掛かった。仕方なく手続きはテュリアに任せ、カルナヴァルは呼び出された副所長室の前に立つ運びとなった。

正直、バックれたい。呼び出されて自分にプラスに働いたことなど何一つも無いのだ。カルナヴァルも経験上それを悟っていた。しかし、無視すれば後が怖い。仕方なく覚悟を決めてドアノブを回した。


「失礼します」

「やっときたか」


少々老気が混じった男の声が響いた。部屋の中には呼び出した張本人である副署長の他に黒髪でポニーテール風に髪を束ねた女性警官と神経質そうな顔つきの男性警官が先客にいた。

最後に入室したカルナヴァルは不本意にも注目を浴びる形になった。


「どうしてここに呼び出されたか分るか?」

「正直、心当たりが多すぎてわかりませんね。ああ、あれですか。副署長と話すとき視線が常に頭にいってるとかですか?」

「もういい。黙って席に着け」


老気だった声に怒気が含まれた。副署長の頭には髪型といえる程の髪が無いのである。本人はそれを隠そうとせず、堂々とさらけ出しているのだから男の中の漢である。が、流石にそれを指摘すると怒りはする。カルナヴァルは軽く肩を竦めて、言われるがままに席に着く。本来副署長室には応接用のソファーなどはなく、パイプ椅子がわざわざ用意されたようだ。その数は三つ。つまりカルナヴァルが来たことで全員揃ったことになる。

副署長は自分一人だけ皮をなめして作られた上質な椅子に腰掛け、本題を切り出してきた。


「先日、市民からの訴えがあった。その内容は警査官が誤認逮捕した挙句、取調べの際に暴行を働いたというものだ。心当たりは?」

「おいおい、俺は警査官じゃないぞ。俺に全く関係ないことじゃねぇか」

「貴様、どの口でそんなことがいえる!!」


カルナヴァルに噛み付いてきたのは副署長でなく、隣の席に着いていた神経質そうな男性警官だ。階級を見ればカルナヴァルの二つ上の階級である「警査」であった。一般的に警察官には「警査官」と「巡査官」という区分けがある。カルナヴァルのように交番所に勤めたりする地域密着型の職務に就く警察官のことを「巡査官」といい、傷害・殺人・強盗などの凶悪犯罪を追い詰めていく独自の専門性を要求する職務に就く警察官のことを「警査官」という。本来は職務内容の違いを示す言葉だった「警査官」と「巡査官」だが、市民の認識では「警査官」はキャリア組、「巡査官」はノンキャリア組という上下意識を含めた意味で使われる。この認識の差は「刑事課」「警備課」「組織犯罪対策課」という警査官職務の課に配属されるためには職務内容上、調査権の限定解除がなされる「警査」以上の階級が必須なためだ。また警察官になるにも警査から始る公務員特殊Ⅰ種試験と巡査から始る公務員特殊Ⅱ種試験ではハードルが段違いで違う。


「貴様があの時、報告を挙げていれば俺はあそこまでしなかったんだ……」

「はあ? 初対面だろ。俺とお前は」

「違う!! 貴様が此処に女売人を送検した時にあってる」

「女売人って、この間のロリっ娘売人の時のことか」

「そうだ、思い出せないなら話してやる……」



          ―――・・・――――・・・―――・・・―――



ザール地区で警査官が麻薬売買の被疑者を検挙できたのは二十数年ぶりだと聞いた。何でもザール地区の巡査官の人事異動が行なわれてからは警査官が検挙するよりも先に巡査官が検挙してしまうそうだ。しかし、巡査官より優れているのは自分にとってそれは当然のことであり、試験を受ければ受かると言われている巡査官と比べられること自体許しがたいものであった。加えて現行犯で逮捕したにも関わらず、被疑者の一人は何の事だか分らないとシラを切る始末だ。正直さっさと自白させ、次の案件に移りたい。そんなことを思っている折だった、カルナヴァルという名が聞こえたのは。


組織犯罪課ココに何しに来やがった、カルナヴァル」

「別に用は無い。が、久しぶりにウチの地区でホシを挙げた連中の顔でも拝もうかと思ってな」

「相変わらず舐めた口を利きやがるな、お前は」


カルナヴァルと先輩警官が話していた。カルナヴァルという名はザール地区の巡査官を表す名である。目付きの悪さが育ちの悪さも表し、いかにも程度の低い巡査官といった雰囲気を纏った男だった。

先輩警官はこちらに気付き、「ああ、こいつが検挙したんだ」と顎でしゃくって自分を指し示した。


「どうも」

「うわっ、細かいことを気にしそうな顔だなぁ」


いきなりの不躾な物言いに多少ムッとした。しかし、相手をするのもバカらしいのでそのまま無視して仕事に戻ろうとすると、


「取調べ、難航してるだろ?」


いきなり内心を突かれた。視線をカルナヴァルに向けると彼はニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべながら声を掛けてくる。


「概ね、現行犯で捕まえたのに自分は知らない、無実だってわめき散らしてるってとこか」

「まるで見てきたように話すんですね」

「お、そういう反応ってことは図星か。俺の推察眼も捨てたもんじゃないな」


後で分ったことだが、この時点でカルナヴァルはロリッ娘売人から事情を聞きだしていた。なので、組織犯罪課で取り締まっている一人が事情を知らない市民であることを知っていたのである。組織犯罪課にやってきたのはその女売人を分署に送検した帰りだった。


「取り調べ方が甘いんだよ、サクサクやらないと仕事が溜まるばっかりだぞ」

「分ったかのような口の利き方ですね」

「ば~か、俺はお前より取り調べた回数は多いんだ。やり方があるだろ。自白したくなるようなやり方が。色々と」

「やり方?」

「そうか、警査官殿は教科書通りのおりこうさんなやり方しか知らないか。いや~、悪い悪い。なら、のんびり取り締まってくれ」


バカにしたかのような笑い声を残してカルナヴァルは組織犯罪課を立ち去った。



         ―――・・・――――・・・―――・・・―――


「あの時、貴様がしっかり報告してれば俺は……」

「したよ。地域課に。いや~、このタイムラグは縦割り組織の悲劇だな」

「かなり作為的なものを感じる悲劇だがの」


副署長も会話に参加したことで活力を得たのか、その警査官はさらに愚痴じみた小言を連ねてくる。


「大体、貴様があの時俺に報告してれば俺は殴ったりはしなかったんだ」

「おいおい、そりゃ責任転嫁甚だしいだろ。仮に言ったところ素直に聞いたとは思えないぞ。今、議論すべきはテメェのスカスカな脳みその積載量と副署長の死んだ毛根の数のヤバさだろうが」

「貴様!! 真剣に取り合う気がないな!!」


といきり立った警査官がカルナヴァルの襟を掴んだ。カルナヴァルはコレといった抵抗はせず、が挑発しきった目で警査官を見つめている。


「やめんか!! ばか者がっ!!」


副署長の一喝で警査官は渋々ながらもカルナヴァルの襟から手を離した。だが、全く不満を解消していないことは明らかだ。


「ガイ警査、お前はまた懲りずにこの場で暴行事件を起こす気か?」

「そ、それは……、申し訳ありませんでした。ですが、カルナヴァル巡査長にも落ち度があるのは明白です」

「落ち度か……、私にはガイ警査の方があるように見えるがの。ガイ警査、お前は巡査官のことを下に見てないかの?」

「下に? その言い方ではまるで対等に見ろと言っているみたいですね。何のための階級ですか。上下関係を明らかにし、下の者は上の者に集めた情報を伝え、上の者は下の者のために指揮を執り、手足のように動かす。それが階級制度でしょう? カルナヴァル巡査長が「警査」ならいざ知らず、上司であるはずの私に報告を怠った……、それが問題なのです」

「だから、俺は報告したって言ってんだろうが。地域課の上司さまによ。警査官殿の気泡だらけの脳みそじゃ理解出来ないんですかね」

「きっ、きさまぁ~!!」

「もう止めんか!! ガイ警査。お前には一週間の謹慎を命じる。今からだ!! よいな!!」

「ぐっ、分りました。カルナヴァル巡査長も謹慎ですか?」

「こやつに問題があった点は認めるが、それが暴行事件と直接関係しているようには思えん。ゆえに本件においては不問とする」

「そんな……」


と信じられないといった視線を向ける警査官。すると、もう一人のポニーテール風に髪を束ねた女性警官が手を挙げて発言した。


「私にはどのような沙汰が下るのでしょうか?」

「マイカ警査もコレより謹慎三日とする。理由はわかっておるな。ガイ警査と同じ取調室にいたにも関わらず同僚の凶行を止められず、呆然としておるだけ。それでは何のために二人で取り調べていたのか分らん」


取調べは本来二人一組で行なわれる。交番所のように人員に限りがある場所では例外だが、それが一応警察の内規となっているからだ。一人が取調べをし、一人が調書をとる。今回のような不足の事態に備えるための仕組みである。おそらくこの女性警査官は調書をとっていたのであろう。


「ストレートで警査になった奴はいざって時に使いものにならないっていう典型だな」

「きさまっ!!」


というカルナヴァルの挑発に神経質なガイ警査は勿論、声にこそ出さなかったがマイカ警査も顔を歪めて睨みつけてきた。


「ガイ警査、マイカ警査。二人はもう下がってよい。これ以上、こやつの相手をして謹慎を延ばしたくはないだろう」


警査官の二人は副署長に促され、部屋を退室した。二人の様子は謹慎を受けて反省しているという態度ではなく、副署長がいなければ殺してやるといった剣呑としたものであった。


「じゃ、俺も」

「お前にはまだ言うことがある」


と部屋を出ようとするカルナヴァルを副署長は呼び止めた。


「ああ、はいはい。拝むですね」


パンッと手を合わせて副署長を拝むカルナヴァル。


「今日も一日健康な生活が送れますように」

「拝むな!! 御来光ではない!!」

「そう怒るなよ、怒ると健康に毒よ。ハゲル副署長」

「パケルだ!! いい加減にしないと減給に処するぞ」


カルナヴァルも流石に押し黙り、真面目に副署長と向き合った。


「で、話は何。警査官の愚痴を聞かせるっていう遠まわしな嫌がらせだけじゃないのか?」

「あれは階級で誰もが言うこと聞くと思っている戯けにお灸を据えてやっただけだ。お前を呼び出したのはこれから話す事が本題だ」


副署長は立ち上がり、自身の机にダイン東部エリアの地図を広げた。地図には×と印が|という線を描くように印された。


「何ですか、これ?」

「連続バラバラ傷害事件の発生現場だ。ご丁寧に上から下に向かうように事件を起こしておるわ」


副署長の話だとここ最近、一人で行動してる人を無差別に襲い、怪我を負わせている事件が多発しているそうだ。襲そわれた人は打ち身から腕や足の切断といった負傷を負うが死人はまだ出てないらしい。というのも、ここオーエントでは殺人事件はそうそう起きない。国民のほとんどが生命力が半端なく高いヴァンピールという種族であるためだ。


「こんな分りやすい行動パターンで犯人が捕まえられないのか?」

「事件を起こした本人は捕まっとるよ。流石に被害者が健在でこうも分りやすいパターンで事件が起きればの」

「妙な言い方だな」

「事件を起こしてる人間は常に違うんじゃ。加害者が常にバラバラ、それでバラバラ傷害事件といっておるんだ」

「そっちの意味のバラバラかよ。てっきり被害者の五体がバラバラにされたみたいに受け取っていたよ。ん、なら単純に別々の事件が偶然似通って発生しただけじゃないのか?」

「見事な直線を描くように犯行が起こるか?」

「ま、ありえないわな」

「それに犯行に及んだ人間に共通点がある。犯行に及んだ者は皆、凶行に及ぶ前の記憶を失っておる。あと、擬似血液製剤を服用しているのに関わらずゾンビ化したそうだ」

「なんだそりゃ? 新手の病気か何かか?」

「病気では直線は描かんだろうよ。我々はドゥルグが事件に絡んでいるとみている」

「ああ、確かにそれが一番濃厚だな。けどドゥルグの幻術でゾンビ化を引き起こせるものなのか?」

「それは専門家に問い合わせている最中だ。お前を呼び出した理由はこの直線の先を見てみろ」


副署長に言われるようにカルナヴァルは直線の先を見た。×で描かれた直線の先を見つめるとザール地区という文字が飛び込んできた。


「成程ね、次はウチの地区で起こるってわけか」



         ☆☆☆☆☆     ☆☆☆☆☆    ☆☆☆☆☆



テュリアは手持ち無沙汰にしていた。テュリアが第5分署に来たのは今回が初めてである。

今後、書類の手続きやらで利用するから付いて来いとカルナヴァルに言われ付いてきたら、当のカルナヴァルは呼び出されてしまい、結局手続きの類はテュリアに押し付けられる形になってしまった。非番であるのにも関わらずだ。

本当はカルナヴァルに誘われた時点で既に非番であったが、断ると後でネチネチと言われそうなので付いてきたのである。

断ればよかったと思う反面、分署を一度見てみたかったという気持ちもあったので全くの不本意というわけではなかったのが救いである。

とはいえ、手続きを済ませ、簡単に分署内を見回って時間を潰すにも限界がある。いくら興味があったからといっても基本的殺風景な分署内の光景を見て楽しめるはずはない。

テュリアは分署の玄関に戻ってきたが、カルナヴァルの姿が無いことを確認すると、そのまま帰るべきか、それとも待つべきかの選択に迫られた。

どうしよう、どうしよう。勝手に帰ったら先輩怒りそうなんだよね~。けど、今は非番なんだし帰ったって責められる筋合いは無いはずだし……。

などと思考を巡らしていたため、自分に向かってくる人影に反応出来なかった。

「きゃっ」と小さな悲鳴を挙げて、テュリアは床に倒れこんだ。


「ごめんなさい。前を見てなくて……」


と仕事の出来そうなハキハキとした女性の声を耳にしながら、差し出された手を借りてテュリアは立ち上がった。


「いえいえ、こちらこそ考え事してて周りをよく見てませんでしたから……」

「えっ、テュリア?」


急に自分の名前を呼ばれた。名乗ってもいないのに。

テュリアは慌てて、手を差し出してくれた女性の顔を見つめた。


「もしかしてマイカちゃん?」


手を差し伸ばしてくれた女性。人によっては冷たい印象という与えてしまう切れ長の瞳に黒髪をポニーテール風に纏めた女性は、テュリアの警察学校時代の親友その人のものであった。









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