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第4話 デビル・プレゼント

警官として憧れを感じるのは巨悪と戦う瞬間ではなかろうか。

例えば、凶悪なテロ組織がホテルなりを占拠し、人質を取りながら立て籠もる事件が発生し、たまたま居合わせた警官が正義心を燃え上がらせ、テロリスト達の裏をかきながらテロリストをバッサバッサ倒していくとか。

例えば、殺人事件が起こり駆けつけた警査官がボンクラな巡査官を引き連れながら、犯人の施した偽装工作を見抜いていき、犯人を追い詰めて殺人の自供をさせるとか。

勿論、上の二つの例はフィクションの話だし、実際はそんな活劇など起こるはずはなく、テロが起きれば数の勝負で片が付き、殺人事件が起これば靴底をすり減らすような地道な捜査で犯人を追い詰めているにしか過ぎない。だが、例えフィクションのような華が無くとも悪を追い詰めた時に警官としての本分のようなものを感じるはずだ。

少なくとも知性を失っていたとはいえ暴徒と化した市民に対して躊躇なく殴りつけ、「あ~、ダルかった」と呟きながら肩を回し、市民の屍を踏み越えていく某先輩警官のようなものを見て警官の本分を感じることは無いだろう。というか断じて無い。

今、テュリアはある民家の前に立っている。テュリアの他にも上司であるカルナヴァル、同僚であるノットン巡査の二人も同行している。目の前にある民家でヤクの取引が行なわれたというタレこみがあったのだ。カルナヴァルがノットンに手話で逃亡阻止のために裏口に回るように指示を送った。テュリアはベルを鳴らし、最初に相手と応対する役割を担っている。何でも男性が応対するより女性が応対した方が警戒心を抱かれにくいのだそうだ。カルナヴァルはテュリアの傍にいるがドアから死角になる位置取りをしている。ゾンビ掃除のせいで尊敬など出来ない先輩だが荒事になりそうな今回に関して傍にいてくれると安心できる。

テュリアは緊張しながらも興奮していた。着任早々、いきなりこんな本格的な事件に関われたからだ。勿論、巡回や地理案内などの職務が警官として重要な役割をもっていることは理解している。理解しているが小説などであるような事件にめぐり合い解決に関わりたいと思ってしまうのだ。今回の事件は規模こそ小さいがテュリアが過去に読んでいた書籍に近い。だからこそ、不謹慎ながらも普段よりも意気込んでしまう。

カルナヴァルがテュリアに合図を送った。ガサ入れ開始の合図である。

チリンチリン

呼び出しのベルを鳴らした。家の中より人が近づく気配がする。居留守を使ってやり過ごすということはなさそうだ。

玄関の扉は無用心なまでに呆気なく開けられた。


「わたしはザール地区交番所からきた……」


「パパ!!」という甲高い声がテュリアの声を打ち消した。

思わずテュリアは言葉を失い、キョトンとしてしまった。テュリアの応対に出たのは五歳ほどの年齢の少女だったからだ。少女はテュリアの姿を見るとしょんぼりと肩を落とし「パパじゃない……」と呟いた。

さらに奥から母親であろう女が出てきて「マリアちゃん、どうしたの?」と様子を見に来た。女が出てきたリビングには『マリアちゃん五歳のお誕生日おめでとう』という段幕が張られていた。

この様子を見た時、テュリアには嫌な予感しかよぎらなかった。



          ☆☆☆☆☆    ☆☆☆☆☆   ☆☆☆☆☆



時間を少しばかり遡る。

テュリアがザール地区交番所に配属され、「ゾンビ掃除」から二日経った朝。

テュリアは掃除を終えた直後に意識を失い、そのまま非番の丸一日を仮眠室で寝て過ごしてしまい、明くる当番の日に目を覚ました。

目を覚ましたテュリアに対してカルナヴァルは「おはよう、テュリア巡査。仮眠室の寝心地はどうだった? 因みに君は非番の丸一日を寝ていた訳だから、今日は当番の日だ。さっさと身支度して職務につけ」と明らかにおちょくり交じりの口調で告げてきた。


「あのわたし、まだ一度も自分の寮に行ってないのですが……」

「お前は着任早々から遅刻する気か?」

「……何でもありません」


不満は一杯ある。が、カルナヴァルが言うように着任そうそうに寮に戻って遅刻というのは避けたい。幸い、ザールに着いてからから直接交番に寄ったため手荷物のほとんどが交番にある。テュリアは交番に備え付けられている簡易シャワーで汗を洗い流し、制服もシャツだけ着替えてそのまま職務につくことにした。

職務につき、しばらくはデスクワークがほとんどだった。カルナヴァルの話だと黒猫部長は今日は非番で、もう一人の巡査はテュリアが身支度している間に巡回に出てしまったようだ。報告書を読み終え、引継ぎが完了してからしばしの間は手持ち無沙汰にしていたが、親とはぐれてしまった幼い男の子が交番に連れて来られたからは忙しかった。男の子は親とはぐれてしまったことに泣くばかりで何も答えてくれず、どうしたものかと上司であるカルナヴァルに視線を向けると、露天商の方で店主と客が喧嘩しているという通報が舞い込んで来たためそちらに向かってしまった。忙しくなるときは重なるもので子供をあやしていると年配の女性がやって来て友人宅の場所を尋ねてきた。地図を広げながら説明するが女性は要領を得ないようで、そうこうしているうちに男の子の泣き声が一層強くなった。完全に新米であるテュリア一人では回し切れない状態になっている。

すると、一人の青年が見かねて声をかけてきた。服装を見るとテュリアと同じ漆黒の制服に

身を包んでいるので同僚であることがわかった。銀縁眼鏡を掛けているため生真面目そうな雰囲気を纏っているが人当たり良さそうな笑みが好青年というイメージを補強した。青年警官はテュリアと年配女性の間にスラリと入ってきては、女性の話を聞き、なにやら手から妖精(フェアリー)を出してはそれに道案内をさせた。さらに巡回中に泣いている男の子の両親と鉢合わせしていたのか、男の子が「ママ、パパ」泣きながら青年が連れてきた男女に抱きついていた。


「あの、助かりました。先輩っといってよろしいんですよね?」

「君が新しく配属されたテュリア巡査か。僕はノットン・モンラム、階級は君と同じ巡査だからわざわざ先輩なんて呼ばなくていいよ」

「じゃあ、ノットンさんと呼びますね」

「うん、好きに呼ぶといいよ」


とノットンは軽く頷きながら交番に戻っていった。


「ノットンさん、さっきの妖精(フェアリー)は精霊魔術ですか? もしそうならやり方を教えてくれませんか?」


あの魔術があれば地理案内が容易になると期待に目を輝かせて尋ねたテュリアだが、返答は裏切る内容だった。


「残念だけどアレは精霊魔術じゃないよ。ドゥルグの幻術さ。君の系統はドゥルグかい?」

「ノーンです……」とやや気を落としてテュリアは答えた。

「なら無理だね。年配の女性は地図を見るのが苦手な人が多いから地理案内の時は簡略した地図をメモにしたためた方がいいよ」


「ありがとうございます」とテュリアは頭を下げた。気のせいか、初めてアドバイスらしいアドバイスを受けた感じがする。少なくともテュリアよりも階級が上であるカルナヴァルや黒猫部長はアドバイスらしいものをしなかった。何よりも二人よりもノットンの方が品行方正で警察官らしい警察官のような気がする。あの二人と違って。

などと思っているとカルナヴァルが戻ってきた。


「今からガサ入れをやるから準備しろ」


戻ってきて間入れずの一言であった。



      ☆☆☆☆☆    ☆☆☆☆☆    ☆☆☆☆☆



時間を戻して、ガサ入れのためにズカズカと上がり込むカルナヴァル。その直ぐ後ろを申し訳なさそうな表情を浮かべながらテュリアが続く。少女の母親はテュリアたちが無理やり上がりこもうとしたことに憤慨し、追い出そうとしたがカルナヴァルが警察手帳を見せながらガサ入れであることを告げると渋々従った。少女とその母親をリビングに押し戻し、家にある物は決して触れないようにと告げた。少女は一体何が起きているのか理解できず、ポカンとしており、母親の嗚咽を漏らしながら少女の肩に手を置き勝手に動き回らないようにしていた。その様子がテュリアには妙に痛々しいものに見えた。


「先輩、ホントにここがそうなんですか? 何かの間違いじゃないんですか?」


親子の様子に耐えられず、テュリアは思わずカルナヴァルに尋ねた。


「住所はここであってるし、間違いかどうかは今から判断するんだろうが」


カルナヴァルは気ダル気に答えた。テュリアのように親子の様子を見ても心を痛めてないようだ。


「先輩はあの様子を見ても何も感じないのですか?」

「感じてるぞ。俺の燃え上がる正義心がさっさとブツを挙げて親子をブタ箱にぶち込めって騒いでるからな」


悪魔だ、この人。警官の皮を被った悪魔がサディズムという鎌を持っている。


「ねぇ、ママ。パパはどうしたの?」


と無邪気にママに問いかける少女。


「パパはパクら(逮捕さ)れたんだ、現行犯で」


悪魔は平然と鎌を振るった。それも少女に対して。


「ちょっとおおおおお、せんぱいぃぃぃぃ!!」


思わずテュリアはカルナヴァルに掴みかかった。カルナヴァルもテュリアのこの行動に目をパチクリさせていた。


「どうした?」

「どうしたじゃありませんよ。どうして言うんですか」

「事実だろ」


確かに少女の父親が売人からヤクを購入した際に張り込んでいた警官に現行犯逮捕され、その父親にヤク売買の常習性が見られたという情報をカルナヴァルはどこからか掴んだそうだ。


「だからって言うことないじゃないですか。彼女、今日が五歳の誕生日なんですよ」

「いいじゃねぇか。この先、何百回とある誕生日の一回がパパがパクら(逮捕さ)れた日になっても。もしかしたら将来、わたしの五歳の誕生日にパパはパクら(逮捕さ)れましたという作文を書くほどのいい思い出になるかもしれないじゃないか」

「それは思い出じゃなくてトラウマって言うんです!!」

「先輩、裏口からの逃走者はいませんでした。って、どうしたんです?」


裏口を張っていたノットンが戻ってきた。テュリアがカルナヴァルに食って掛かる様子に驚いたようだ。

「なんでもない」とカルナヴァルは区切り、本格的なガサ入れの指示をした。テュリアは夫妻の寝室と子供部屋を、ノットンはリビングにいる親子の監視、カルナヴァルは残った部屋を全て捜索するそうだ。テュリアは薬を合法・非合法を見分けられる程経験を積んだわけではないので、怪しいものを見つけたらノットンかカルナヴァルの元に持ってくるように別途指示された。

テュリアは夫妻の寝室を探したがそれらしいものは見つけられず、次の子供部屋を探すことにした。子供部屋は五歳児の割にはよく整頓された部屋だった。将来のことを見越してのことだろう勉強机まで置かれていた。机の上に置かれたノートを見るとピッシリした文字で日記が書かれていた。テュリアは人の日記を読むのはまずいと思い、直ぐにノートを綴じて部屋の探索に当たった。が、めぼしいものは目付けられなかった。

テュリアが成果を挙げられず、リビングにいるノットンの元に戻ると何やら重苦しい雰囲気が漂っていた。重苦しい空気の発生源は親子ではなく、意外にもノットンである。

ノットンはパーティ準備が整っているテーブルの席に着き、肘をテーブルに置きながら語っていた。


「あれは幼い頃ことだ。僕も誕生日会を開いたことがあるんだ。自分で友人一人一人に書いた招待状数々、そして迎えた誕生日当日。一人で鳴らしたクラッカーの音の虚しさ……」


「ノットンさん……」と声を掛けたがノットンは既に自分の世界に入っているために聞こえていない。


「初めて知った。友達という優先順位のシステム。自分と同じ誕生日の友人がいたからそっちに皆行ったってなんなんだよ!! しかも、誰もそれを僕に教えてくれないってどういうことなんだよ!!」


感情が高ぶる余り、バンッとテーブルを叩くノットン。


「落ち着いてください、ノットンさん。それはもう過ぎたことなんでしょ」


どうどうっと暴れ馬を諫めるようにノットンと接するテュリア。


「ああ、確かに。もう過ぎたことだ。もう大丈夫だよ、テュリアさん」

「はぁ、よかった。どうしたんです? 急に語りだして」

「ケーキやパーティの準備を見ていたら昔の記憶がフラッシュバックしてね。そういえばテュリア君、君は綺麗な銀髪をしているね。そう、彼女もウエーブの掛かった綺麗な銀髪だった……」


また遠い目をして語りだすノットン。


「僕が青春時代を謳歌していた頃だ。同じ学校に通う綺麗な銀髪を腰まで伸ばしてる娘に僕は恋をした。一目惚れだった。僕は校舎の裏に彼女を呼び出して告白したんだ。好きです、付き合ってくださいって。すると彼女はこう言った。わたしに貴方のエゴをぶつけないで下さいって。エゴってなんだよ!! 恋ってエゴのぶつかり合いだろ!! そこから全否定するのかよ!!」


とノットンは興奮気味にテュリアの肩を掴み、シェイクした。


「お、落ち着いて」

「お前はいつまで過去の失恋を引きずっているんだ、バカ」


とカルナヴァルが背後からノットンの頭を軽く叩き、正気に戻した。


「たく、いい加減発作を起こすのは止めろよ」


小言を言い、テュリアと向かい合った。


「どうだった?」

「こちらは何も」

「こっちもだ。……おかしいな」


そこまでして、この親子を牢屋に入れたいのだろうか。この人は。


「何の根拠も無しに言ってるじゃないんだぞ」

「どこから仕入れたか分らない情報を元にいわれても」

「そういうわけじゃないんだが……」


すると母親がこちらにやってきて「もうよろしいですか」と尋ねてきた。カルナヴァルは「ご協力感謝します」と言いながら母親と握手した。

そして、そのまま別れるのかと思いきや。カルナヴァルはそのまま握った手を離さなかった。


「先輩……?」

「ああ、そういうわけね。どおりで違和感がしたわけだ」


と呟き、カルナヴァルは母親の手を引っ張り、ノットンの方へと突き飛ばした。


「ノットン、その女を保護しろ!!」


「了解」とノットンは女性を庇うようにしながらリビングを出て行った。


「あの、先輩。いくら証拠が挙がらないからって無理やり逮捕するの違法ですよ」

「馬鹿、よく聞け。俺は保護しろって言ったんだ。逮捕しろとはいってないだろ」

「えっ、それってどういう意味ですか?」


カルナヴァルはズカズカとした足取りで少女の前に立った。


「やっぱりだ。匂いがプンプンするぜ。お前、何かを持ってるな」


少女は首を傾げながら、「コレの事?」と白い粉が詰まった袋を取り出した。


「ママがコレを持ってなさいって言ったの」


白い粉を受け取ったカルナヴァルは少女に質問した。


「ママとはこの家でずっと一緒にいたのか?」

「うん、ずっと一緒にいたよ」


少女は無邪気な顔で答えた。


「じゃあ、どうしてママにはこの家の匂いが染み付いてないんだ?」


「えっ?」とキョトンとしながらカルナヴァルを眺める少女。

カルナヴァルはヘシュムの系統だ。ヘシュムは身体能力が群を抜いて優れている。それは嗅覚とて例外では無い。


「家に入った時からヤクの匂いはしてたんだ。けど一番怪しい母親から匂いが無いからてっきりどこかに隠してるのかと思ったんだがな」

「なんの話をしているの?」

「おいおい、惚けるなよ。こっちは手札を見せたんだ。そっちも手札を見せるのが筋ってもんだろ。どうせ見た目どおり年齢じゃないんだからな」


「えっ!?」とテュリアだけが会話についていけない。テュリアのことなどほって置いてカルナヴァルは少女とにらみ合っている。


「先輩、先ほどの女性が気を取り戻しましたよ。どうやら彼女は幻覚を見ていたみたいです」


ノットンがリビングに戻ってきた。


「だろうな。おそらくスケープゴート用の人間なんだろ」

「アハッ、ママを私から引き離したからもしかしたらと思ったけど、やっぱり気付かれてたんだ。わたしの幻術」


少女が背格好と不釣合いの邪まな笑みを浮かべた。


「ふん、やっぱり猫被ってやがったか。お前がヤクの主犯だな」

「ドゥルグの能力で女性に自分の母親と錯覚させ、麻薬所持の罪も被せるとは随分卑劣なやり方だね」

「だけど、貴方達がここに踏み込まなければ彼女は何も知らずに解放されたんだよ。今日だけのスケープゴートだから。ちなみにパパさんもね」

「なるほどな、ここを拠点に不特定の男女二人を定期的に操っていたわけだ」

「そうだよ、もし警察に感づかれてもスケープゴートが連行されるの。わたしはこのなりだから悠々と逃げれるわけ。警察って馬鹿だからこの姿だと直ぐ油断するんだもん」

「馬鹿なのはお偉く留まっている警査官だけだ。巡査官を舐めてんじゃねぇ」

「そうかな~、私から言わせたらどちらも一緒だよ~。ねぇ、おねえちゃん」

「先輩……」


カルナヴァルが振り向くとテュリアが拳銃を抜き、自らのこめかみに当てていた。


「なんで直接会話してる俺じゃなくて、テュリアがドゥルグに当てられてるんだ?」

「おそらく彼女の幻術を掛ける要が親切心などの善心なんだろうね」


ドゥルグであるノットンがカルナヴァルの疑問に答える。


「困った人が間近に見れるという理由で警官になった奴に善心は期待できねぇわな」

「先輩の勘定には自分は含めないのですか」

とノットンが返した。


「そんなことはどうでもいいの。さあ、わたしを見逃しなさい。でないとこのおねえちゃんは自分の拳銃で頭を打ち抜くことになるよ」


少女の脅迫にカルナヴァルとノットンはお互い顔を見合わせた。


「二階級特進するテュリア巡査に敬礼」

「ああっ、この二人。わたしを見捨てる積もりです!!」

「冗談だ、大体ヴァンピールは頭を撃ち抜かれたぐらいでは死なんから安心しろよ」

「人質に対して言うことがそれですか」


カルナヴァルはテュリアの必死な様子が余程壷なのか、ニヤニヤと笑みを溢しながら少女とテュリアに向かい合っている。


「テュリア、お前はいつ人質になったんだ?」

「さっきからですよ。自分の意思で身体が動かないんです。わたしだって拳銃自殺なんてしたくないんですよ」

「ほう、俺にはお前が指鉄砲を自分のこめかみに突き指しているようにしか見えないぞ」


カルナヴァルの言葉に慌てて視線を拳銃を構えている手に向けると指を鉄砲の形にしているだけだった。テュリアが思い浮かべていた拳銃などは握られていなかった。テュリアの拳銃はホルスターに収まっている。


「そんな!? 確かにおねえちゃんを操ったはずなのに!?」

「この部屋にはお前を含めてドゥルグが二人いるんだよ」


少女がテュリアの拳銃が消えたことに動揺した。そんな好機をカルナヴァルが見逃すはずもなく一瞬で少女との間合いを詰め、少女が反応するよりも早く首に手刀を叩きつけ昏倒させた。

テュリアは腰を落としてへたり込んだ。こめかみから指鉄砲を外し、指を解こうとしたとき、


「ああ、まだ指は動かさないが……」


というノットンの呼び止めもむなしく、

バンッと指鉄砲が爆ぜた。


「君の手にはまだ拳銃が握られているんだから……」


ノットンは拳銃を握らせたように幻覚を見せたのではなく、握られた拳銃を指鉄砲に見せるように幻覚を見せたのである。つまり、少女が自棄になって発砲を命じていたらテュリアの頭に穴が開いていた。テュリアの脳が徐々にそのことを理解していくにつれて、テュリアは肝が冷えていくのを感じた。



       ☆☆☆☆☆    ☆☆☆☆☆    ☆☆☆☆☆



ガサ入れから数刻後、カルナヴァルは通りに面したオープンカフェに来ていた。同僚には巡回と言ってきている。カルナヴァルがカフェの席に視線を向けると先客は既に席に着いていた。


「お疲れ様にゃ。首尾はどうだったかにゃ?」

「主犯は検挙したよ。どうやら取引の時だけドゥルグが幻術を使って見知らぬ男女を親子に仕立て上げ、父親にヤクの取引に行かせていたみたいだ。んで、警察が嗅ぎ付けた時は自分は無垢な子供を装ってトンズラをこくってわけだな」

「やっぱりかにゃ。あそこの家を定期的に猫たちに見張らせていたのが功をそうしたにゃ。普段は無人の気配がするのに定期的に人が集まっていると聞いて怪しいと思ったにゃ。それで今日、家から出てくる男の後を付けてみたら取引してるところで警査官に確保されてたにゃ」

「ああ、それで俺に情報を流したのか」

「早くしないと警査官に手柄が奪われるからにゃ」

「非番の時なのによくやるよ。まあ、こっちも警査官が顔を歪めるのを拝めるから気分がいいけどな」

「思いっきり彼らの顔に泥を塗ったからにゃ~、しかも彼らが挙げたホシは囮だったわけだし」


ケラケラと笑う黒猫部長。


「んじゃ、そろそろ職務に戻るわ」


ザール地区交番所、イストリア・マーサ巡査部長は猫に変化し、近所に住む猫たちとコミュニケーションが取れる。そのおかげでザール地区で起こる些細なことは全てイストリアの元に集ってくる。これは動物に変化するタルウィの中でも類稀な能力なのである。




 

 




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